戦禍、再び……6
小型船で上陸後、バグは黙認していた脱走者の集落へと向かった。距離はそれほど遠くはない。既にホルストに発見され取り潰されている可能性もあったが、行く当てのないバグ達はひとまずそこを目指す事にしたのだ。
幸いな事に集落は潰されず残っていた。しかし、そこはあまりにも悲惨な、残酷な場所であった。欠損者。自立不可能者が往来に座り、至る所で呻き声が聞こえる惨状。とても人間が暮らす場所ではない。
「……これは……これは何とした事だ!
バグは怒り、拳を
「ホルストはとうとう低奴を地に捨て見て見ぬふりをするようになったか! どこまでも腐りきる!」
従者が叫ぶバグに堪えるよう懇願するもその怒りは収まらず、のべつ幕なくホルストへの批判を続けていった。冷静さを欠いた不用意な行いであるが、その人間的な血の熱さこそが彼の慕われる理由である。
そしてそのバグが持つ徳ともいえる性質はが、出会った人間の記憶に刻まれ、忘れ難い存在となるのであった。
「管理官様でございますか?」
そうバグに近づいてきたのは腰が曲がり脚を引きずった男である。彼がバグの名を呼ぶように、バグも彼を、些か老いてしまっていたが、その風貌を知っていた。
「カシオン……貴様カシオンか!」
二十余年ぶりの邂逅であったが、カシオンもバグもその顔と名を忘れてはいなかった。
「ご無沙汰しております。風の噂では、外海へと御身を隠されたと聞き及んでおりますが……」
「故あって帰ってきた。しかし、貴様もよくぞ生きていてくれた」
「死に損なっただけでございます……ところで、何故このような場所へ?」
「あぁ……話せば長くなるのだがな……」
カシオンは「ともかくこちらへ」とバグを集落の奥へと案内しそこで言葉を交わしたのだった。バグが大陸に戻った経緯を知ると、大変落胆したような表情を見せたのが印象的であった。
また、ホルストの現場を知ったバグは大層驚いた様子で、複雑な感情が入り混じった吐息を落としたのだった。
「ジーキンスが死んだか……もう少し長く生きると思っていたが……いや、それはいいとして、低奴制がなくなったのにも関わらず、なぜ斯様な有様となっているのだ」
「恐れながら管理官様……」
「管理官はよせ」
「失礼いたしました。バグ様。確かに低奴は撤廃され、形だけは人民に自由が与えられました。しかし、今まで低奴として使われていた者や障害者を生かす術をホルストは知らなかったのです」
カシオンは次の事を述べた。
ホルストは二位国民に欠損者や白痴の補助をするように求めた。しかしこれが多くの反発を受け撤回せざるを得なくなると、今度は容認していた集落を潰し、そこへ自立の難しい人間を押し込め、カシオンのような逃亡者などに管理を任せるようになった。それこそが、今バグが訪れた場所である集落。第三サテライトである。
第三サテライトはジーキンスの死後発見され咎めなしとされていたが、今度はその恩赦を理由に取り潰しが行われた。人々は他の集落へと移され、障害者ばかりが住まわされた。一応定期的に食料や消耗品などは配られるがそれだけで、家屋の修繕や井戸の補修なども行われず、雨風さえ凌げぬような場所で泥水を啜るような生活を彼らは強制されているのであった。
「馬鹿な! そんな理不尽が許されるものか!」
バグはホルストの邪智に激怒し声を荒らげた。
「許す、許さないはホルストが決めています。私達弱者はただ、従う他ないのです」
諦観した言葉を吐きカシオンはバグを見る。淡々と語る彼の口調は楽器のようであり感情の篭らぬものであったが、その視線には確かな熱と恨みと怒りが含まれており、覚悟めいた意志の強さが感じられる。
「それで、どうするつもりだ」
それを見破ったバグはカシオンにそう問う。
「どうするも何も……申し上げたように、従う他ございません」
「本当にそうか? 貴様は今のまま、ホルストの言いなりになるのを良しとしているのか?」
「……」
「ここにいる人間は生きる事を否定された者達だ。如何に苦しみ、痛みがあろうともその声を無視される者達だ。貴様はそれを見て、何も感ずる事がないのか。そうではないだろう」
「……」
「それと気になっている事がある。街にいる人間は手当てをされているのに、障害を持っていない者がいないのは変だ。よもや貴様一人で治療したわけではあるまい。他に誰かいるだろう。人を集めて、何かを企てているのではないのか?」
「……確かに私達は企てを立てております。しかしバグ様。恐れながら、それを話すわけにはいきません」
「何故だ」
「バグ様とその従者の方を疑うわけではございませんが、事が漏れれば全てがご破算となります。それは避けたい。また、バグ様には大変なご無礼をお許しいただきたいのですが、この問題は私達の事。一度大陸を離れた貴方様には、無関係でございます故……」
カシオンはあえて無礼を口にした。それはバグ達を巻き込まぬようにした配慮であっただろう。
しかしバグはそうした思惑など知らぬと言わんばかりにカシオンに返すのだった。
「関係ない事はない。俺達はこれからまた大陸に住み、しかも貴様の世話になろうとしているのだ。道義の面でも道理の面でも話を聞かせるのが筋だし、俺達にも聞く義務がある」
このバグの言にカシオンは少し狼狽たような表情を見せたが、一つ溜息を吐き、観念するように言葉を漏らした。
「そうですな。そういうお人だからこそ、私は貴方を頼ったのでしたな……」
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