戦禍、再び……4

 バグ達がフェースを脱したのはそれから十日程経過した頃だった。

 船員は大陸からの移住者とその子孫。防壁設置に精を出すの原住民を尻目に港を出航し、フェースを背に進むのであった(非番の連中に酒を飲ませて眠らせた)。


 難民となったフェース一行の規模はというと艦が二十隻、船が三十隻。数の面では大部隊だが戦えるのは八隻といったところ。残りは民間人ばかりの艦船である。戦闘をするわけではないため問題はないが、万が一ドーガやホルストの哨戒に引っかかればとても守り切れるものではない。故に、俺はそうならないよう配慮し、互いに接触のないよう取り計らった。やはりジョンからは「偽善」との誹りを受けたが、相手が民間人であれば庇護くらいしてやってもバチは当たらぬだろう。不完全な海図があるばかりで羅針盤便りの航海でも彼らが無事ホルストの海域に辿り着けたのも、俺の恩寵あっての事である。


 かくして難民達は大陸に上陸するわけであるが、その際には細心の注意が払われた。時間は深夜。僅かな光を頼りに、何日かに分け小型船で人の船渡し。波は静かであったが暗黒の海はあらゆる物を呑み込むような恐ろしさがあり、女子供は勿論、海夫でさえ時に青ざめた表情を見せていた。




「最善は尽くしますが……」




 人運びの役を担った船頭の一人が口籠もりながら不安を述べる。夜の海は波に拐われる危険や、夜行性の海獣との遭遇が考えられる。死者が出るのを想定しておかなければならないと、彼は言うのだった。


 だがそれは杞憂である。俺の目が黒いうちはこの段階で死者など出すはずがない。難民達が漂う海域を指定し、サメ的な魚類やシャチ的な哺乳類は勿論。未だに絶滅していない恐竜的な爬虫類どもを纏めて遠ざけ、安心安全な潮流を設定し穏やかな波を作ってやった。


「……」


 ここまでやって、俺はある違和感に気がついた。




「……恐竜?」



 そう。未だいるのだ。恐竜が。

 まさかとは思ったが、端末に表示される危険動物の中に、確かにそう記されているのである。見間違いではない。



「え? 絶滅してないの?」


 俺は思わずジョンにそう聞いた。


「はい。寒冷化もしておりませんし、人間が繁栄した結果、個体数が制限され食料を食べ尽くす事もなかったので」


 これは盲点だった。言われてみればたまに巨大な爬虫類がいるのを見ていたが、慣れてしまってまったく気にも留めていなかったのだ。


「このまま恐竜と共存していくのか人類は……」


「そうなりますね。ですが、取り立て問題もないでしょう。恐竜は恐竜で生活圏を確立しており、殊更人類に危害を加えているというわけでもありません。放っておいてもよろしいかと」


「……まぁいいだろう。何やら近代化の途上にある世界観とミスマッチな気もするが、そういうのもありか」



 思えば人類以外にてんで興味がなかった俺は、現存生物と生成可能なユニークユニット一覧を見てみる。それによると随分な数の旧世代生物アニマルと面白珍獣が表示されており愉快であったが、見て見ぬ振りをして観察モニターに視線を戻した。


 異星では数日の時間が進み、無事に全員大陸へと足を踏み入れる事ができていた。皆は「奇跡だ」と言って涙していたが、肝心なのはここからである。如何にして大陸で生活していくのかという課題がつきまとっている以上、喜ぶのはまだ早い。


「喜んでいるところ悪いが、すぐさま動かねばならない。また、全体での行動はリスクが高い故、これからは少数で組みを作り行動してもらう。先に来た者たちは既にそうしているから、皆も早急に続いてほしい」


 バグの言葉を聞いた民主は明らかに動揺し、狼狽えていた。

 フェースの人口はホルストと比較すべもなく少数だったが、それでも万は超えていたし現実問題として揃って団体行動など不可能である。しかしそれは、バグに全てを委ねている彼らにとっては受け入れ難い理であり、目隠しをして綱渡りを行うのと同義であった。


「無理です! 一緒にいてください!」


 一人が泣きつくと、みな挙って声を上げて涙を流し喚き散らした。それを見たバグは「またか」とでも言いたげに溜息を吐く。


「落ちけ。何も無責任に放任するわけじゃない。この大陸において、我々が住めそうな地が四つある。内二つは俺が大陸にいた頃の知り合いが治めている集落で、残り二つは先遣隊が見つけ開拓途中の土地だ。諸君らには後者の一つに向かってもらいたい。当然、先導もいるから安心してほしい。俺もすぐに後を追う」


 その言葉を聞いて多くの者は安堵の吐息を落とした。自分達の生きていける場所があると知り、心底安心したのである。


 バグはこの展開を何度も見てきた。というのも、艦船から渡ってきた人間に説明をすると決まって同じようは反応をするからである。



 扇動したのは確かに俺だが、こうも人任せだと先行きが不安だな。



 心中にてバグはそんな弱音を呑み込んだ。

 先んじて艦から降り、先遣隊として偵察を行い、集落を見つけて移民の受け入れを確約させ、探索隊から定住できそうな場所の発見を聞いたバグはこの大陸回帰が成功したと信じたのだが、連れて来た住民があまりに主体性がないために少々の迷いが生じていた。無理にフェースから脱出などさせず、原住民を粛清した後一部の希望者だけで大陸に渡り、残りたい者は残した方が、彼らのためであったのではないかと今更ながらに思ったのだ。

 フェースをあのまま放っていれば、まず間違いなくドーガとホルストの手に落ちていただろう。しかし、肝心の島に戦闘員がいないのであれば、残った住民を殺しはせず農奴にでもして使役するの可能性が高いと彼は考えた。どうせ苦難があるのであれば、受動的に生きていく方が甘受できる市民もいるだろうと確信めいた仮定がバグに生まれたのである。もっとも彼はこの争いの発端となった戦闘において、ドーガの象徴ともいえる人物であるカリムが死んだ事を知らない。それを認識していれば、多少は心労が緩和され、決断に胸を晴れていただろう。




「では、行ってくれ」




 バグが自身の中に発生した後悔にも似た念を押し込めそう命じると、難民達は多少気後しながらも進んでいった。それを見送ったバグは、まだ陽の上らぬ大陸で数名の戦闘員と共に残り、ようやく一段落といった風に大地へと腰を下ろしたのだった。



「これで終わりならいいんだがな」



 やれやれと愚痴っぽく零すバグに対して、従属の一人が口を開く。


「あの、本当に市民に黙っていていいのでしょうか……」


「……言っても仕方あるまい。それに、知ったところで彼らにどうしろというのだ」


「ですが、もう生きて会えぬかも……」


「それ以上は言うな」


 バグがそう制すると、従属は俯いて押し黙る。


「……貴公らにはすまぬと思っている。しかし、誰かがやらねば、彼らを救う事ができないのだ」


 バグはそう言って立ち上がり、「行こう」と先頭に立ち、足早に歩くのだった。向かう先は住民達がいる集落ではない。彼らには述べなかった、第五の目的地へと、進んでいく。

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