戦禍、再び……3

 着々と侵略の魔の手が進む中においてフェースは作物を耕す傍で防壁を築いていた。

 先の海戦でバグは戦力の増強を提案したが住民、というより原住民がこれに難所を示したため、妥協案として海岸線に壁と砲台を設置しているわけであるが作業の進捗は悪い。島全体を囲う壁など、どれほどの月日が掛かるか分かるものではないのは明白であり当然であろう。


 この壁作りは原住民の提案でありまた承認の前に独断で行っているもので、半ば暴走といっても差し支えなかった。この数年、バグ直属の部隊として纏められた彼らはいつしか特権意識を持つようになり他を見下すのをはばからず、何かにつけては暴言めいた汚言を撒き散らして自由勝手を振る舞っていたのであるが、今回もその愚行を恥かしげもなく披露したのである。しかもその失礼千万を自分達の後ろ盾(本人達はそう思っている)であるバグに対してまで働くものだから滅裂。見ていて気持ちの良いものではなく、はっきりといえば不愉快な連中であった。




「なんだあいつら。イキり過ぎだろ頭おかしいのか」


 俺はジョンに文句を述べた。大変醜く、見るも聞くも堪えない。


「文明も文化も持たない知的生物なんてのはあんなものでしょう。自然生成されて間もなく見つかり精神面における社会性の構築がなされておりませんし、致し方ないかと」


「紆余曲折もなくぬくぬくと産まれた連中などそんなものか。いや、今の人類は波乱がありすぎるが……」


「大陸産の人類は獣人の同胞意識の強さとゴリラ型改造生物の知能と、それ故の残虐さ、冷酷さが良くも悪くも強く作用していますね。今は戦乱の世となっていますが、これが終われば案外天下泰平が続くやもしれませんな」


「そうなってくれればいいがな。まぁ、今は明日に成るかもしれん果実に夢を見ている場合ではない。国家間の戦争についてはもはやどうしようもないかもしれんが、せめて内紛の危機くらいは救ってやりたいものだな」


「それに関しては、なんとかなるかもしれませんよ」


 ジョンはそう言ってメインモニターを顎で指したので見てみると、バグが原住民を抜きにして老若人を複数集め話しを聞かせている光景が目に映ったのだった。





「諸君らも知っての通り、今や原住民は我々と共生する気がないばかりか、将来的に使役しようとしているようにも見える。本来俺はこうした言を好まぬが、事が事だけに敢えて皆に聞かせたい。奴らは信用できん」


 公明正大なバグが声を大にして他者を批判するというのは尋常ではなかった。看過できぬ振る舞いに怒り異を唱える場面事態は幾らかあったのだが、当人のいない所で声を荒らげるなど前例がなく、彼を知る者はその異様に驚いていた。


「しかし、どういたしますか。まさか殺すわけにも……」


「そう。殺すわけにもいかん。奴らは罪を犯しているわけではないのだからな。しかし、それが問題なのだ。このままでは奴らが法を作り、こちらが罪人の側として刑を受けないとも限らん。いや、その前に、奴らの独断で動きが取れぬ間に、侵略され皆殺しというのもありうるのだ」


 そこまで言うとバグは一と時目を閉じ、少しばかりの、だが重く、厚い言葉を続けた。




「故に、大陸に戻ろうかと思う」




 一同は一斉に騒めき互いに顔を見合わせた。一度逃げ出した大陸に再び帰参するなど、よもやのまさか、理外の発想だったからである。


「あの、そいつぁ、いくらなんでも……」


 一人が反論しようとするのをバグが制する。


「言いたい事は分かる。しかし、まんざら非現実的な話でもないのだ。少なくとも、ここに住み続けて原住民と所属不明艦、内外の敵を相手にするよりは、まだ希望的な観測が可能だと俺は考える」


 バグは自らの考えを民に話した。


 ホルストが今更海洋に、それもあれだけの軍艦を率いて来たのには二つの可能性が考えられる。

 一つは軍国化が進み、見境なしに領土を手に入れようとしているのではないかという説。もう一つは、大陸に一応の泰平が訪れ、どのようや形であれ統治が行き届き、新たな領土を探す余裕が生まれたという説である。

 バグはこの内、後者が濃厚であるとした。

 もしホルストが暴力に訴えるつもりなら先の海戦で仕掛けてきてもいいはずだし、撤退した際に後をつけてもよかった。それをしないというのは無理をする必要も理由もないという事である。仮に軍国が完成していたら傍観などジーキンスが許すわけもなく、なんとしてでも結果を出さんと果敢に攻め込んでくるはずである。もしかしたら対戦していた正体不明の敵を相手にしていた可能性もあるが、もしその気ならこちらとの戦闘に乗じて挟撃を仕掛ける事も可能だった。それをしなかったというのは、戦闘に対して抵抗があったという事であり、軍国としての性質を考えると矛盾が生じる。

 ここで注意したいのは、戦闘終了後、あの正体不明の敵と接触し、同盟を結んでこちらに攻めてこないとも限らないという点である。フェースの正確な位置は掴めていないだろうが、逃走した方角は記録されているに違いない。近日中に、本国の場所は知れるだろう。

 もしホルストが攻め込んできた場合は十中八九負ける。あれほどの艦隊に抗う術はフェースになく、また、生産力の差も雲泥。物量戦に出られたらひとたまりもない。

 だが、その過程が正しかった場合はそこが返って活路となる。

 奴らもこちらの正体が大陸からの脱走者と気付きかけているかもしれないが、そうなればわざわざ戻ってくるとは思わないだろう。上手く大陸に上陸できれば、後はその辺りにある集落に潜むなり、新たな住処を作ればいいのだ。状況が安定しいるのであれば小さな独自勢力など放っておくだろう。少なくとも大陸の人間であると欺きやすくはある。ここで敵の襲来や乗っ取りを心配するより、はるかに安心できるように思う。


 ここまで話して、バグは語気を強めた。


「しかし、今更大陸へ戻るとなれば皆心中穏やかではいられないだろう。それに若い世代の産まれはこのフェースだ。故郷を捨てるくらいならば戦いを是とする者もいると思う。それを捨て置くのも、俺はよしとしない。彼らが望むのであれば原住民を俺の責のうえで処刑し、可能な限り外敵と戦うつもりだ。しかし、それでは確実に滅ぶ。そうなるくらいならば、フェースを出た方がまだ希望が持てるだろう。皆の意見はどうだろうか」


 バグを見る一同は皆冷や汗を流しながら息を呑んだ。答えが出ず、いや、出したくないといった様子で固まり、誰もが誰かの一声を待っている。


 一度安定した生活を得てしまうとそれを捨てるのは容易ではない。如何に脅威が近付いていたとしても、平和が普段となれば先を見る目を曇らせ、現状に固執してしまうものである。人間とはその多くが容易に決断ができない生き物で、誰かに従い、誰かの判断により動きたいと思うのだ。



 それ故、次に出る言葉が何であるか、予想するのはまったく容易であった。



「皆、貴方についていきます。他の物は、我々で説得して納得させましょう」


 誰かがそう発した時、緊張感が途切れ安堵したような吐息が聞こえた。

 人は往々にして人生の舵を他者に委ねてしまうものである。この時、この場にいる人々は皆、バグに自身の行末を任せ、決断という重圧から解放されたのであった。

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