戦禍、再び……1

 ロングアイランドに乗船したチェーンのを出迎えたのは端正な顔立ちの若い男であった。


「お久しぶりですチェーンさん」


 その男は気さくな笑顔で右手を差し出すも、チェーンは訝しみ握手に応じなかった。


「……すまないが、俺は貴公に覚えがない」


「無理もない。何せ二十と余年振りですから……私はナグマの息子のムカームです。幼少の頃、何度かお会いした事が」


「あぁ。ナグマの息子か。覚えているとも。いやしかし、成長したものだ……その出で立ち、今では将軍か?」


「はい。新造艦、ロングアイランドと艦隊を任されています」


「そうか。立派じゃないか」


「ありがとうございます……それより、席を設けてありますのでご案内いたします。どうぞこちらへ……」


「……」


 チェーンはこの時死を覚悟していた。ムカームの父ナグマは、彼がホルストを脱する際に海上で殺した賢士だからである。

 ナグマは取り立てて有能ではなかったが曲がりなりにも賢士であるし、逃亡の阻止に当たり死んだわけだから一応国葬扱いで遇されているはずで、遺族に対して死際を報告されているに違いない。故にムカームが父の仇を取ろうと思う事は不思議ではなく、また、命を取られても仕方がないとチェーン自身考えていたのであるが、彼の予想に反し、ムカームは一国の代表としてチェーンを相応にもてなしたのだった。


「随分と丁重な扱いを受けているが、ここまで遇されるのは返って気に入らんな。反逆者、いや、脱走者として然るべく処置すべきではないかな?」


「そうですね。ジーキンスが生きていれば、そうなっていたでしょう」


 その言葉にチェーンは動揺を隠せなかった。時代の流れが変わったと直感したのである。


「……死んだのか。あの男が」



「はい」



 それからムカームはチェーンに大陸の移り変わりを語った。トゥーラの崩壊とバーツィットの属国化から始まり、国民等級の変化などの民主化を目指した動き。また、海外遠征に至った経緯や造艦計画など、明らかに国家機密レベルの内容までナグマは聴かせたのであった。チェーンは事もな気な態度で座していたが、その意味を理解し、内心で不愉快を燻らせていた。


「そこまで話しておいて、貴公が俺に何を求めるのか。気になるところではあるな」


 チェーンは腹の探り合いができないわけではない。しかし、半ば生殺与奪の権が握られた状態で媚び諂うようにして相手の真意を聞き出すのは彼の矜恃に反し、また、堪え難い屈辱であった。


「はっきりと聞きたい。何が目的だ」


 鋭く睨みそう問うチェーンに対し、ムカームは微笑を浮かべ答える。


「そうですね。私達としては無益な争いはしたくないのですが、今後増える人間の住む土地が欲しいと考えています。そのために、力を貸していただせませんか。具体的にはチェーンさんが納めている島……いや、あえて言いましょう。国への入港を認めていただきたい。私達は、新たな大地を求めているのです。そのために中継地点となる場所が欲しい」


 ムカームは次の事をチェーンに説明した。


 ホルストは大陸を平定した後に急激な人口増が見られた。それは国民への権利の付与に起因するもので、抑圧されてきた下層階級の人間達がそれまでの鬱憤を晴らすように連日連夜、不道徳行為を繰り広げたからである。また、バーツィットでも生産量を上げるために子作りが推奨され、三年の間で出生率が五倍となり、トゥーラも含めて開拓人員が飽和する事が予想されたのであった。




「結構な事だな。しかし、大陸には未開拓の地も多くあるだろう。十倍、いや百倍に増えても、さして問題ないように思えるが?」


「確かに仰る通りです。しかし、聡明なチェーンさんに在らせられればご理解していただけるかと」


「……増えた人手で支配圏の拡大と国力強化か。だとしたら、如何にも傲り高ぶった俗物が考えそうな事だ。今手にしている物で満足していればいいものを」


「当たらずも遠からず、といったところでしょうか……確かに現状であれば大陸だけで事足りる。しかしこれから先、ホルストは益々発展と革新を遂げていくでしょう。百年、千年、未来永劫、我が国はより巨大に、より強大に進化していくのです。そのためにも、私達には新たに住む土地が必要になる。それを思えば、我々が貪欲となるのも必然ではないでしょうか」


「妄言の類だな。付き合いきれん」


「まぁこの際、我々の話は置いておきましょう。この提案はチェーンさん達にも理があるはずです」


「……」


「理由は存じませんが、そちらは先に見た謎の艦隊と戦闘をなされている。あの武装と数を見るに、それなりの規模の集団を築いていると思っていいでしょう。一対一で戦えば、勝っても相応の被害が生じる。軽減できるのであればしたいはずだ」


「それで、わざわざこんな辺境の地まで参戦しにきてくれるのか? 生憎と前年まで飢饉でな。そっちに渡す補給物資はないぞ。わざわざ長い補給線を押して助太刀してくれるのか?」


「それはご心配なく。既に手は考えてあります」


「ほぉ……」


「まず、先にに述べたようにチェーンさんの国への入港を許可していただきたい早い話、と交易を結びたいのです。そのうえで、ホルストの戦力を一部お貸ししましょう。物資に関してはホルストから輸送されたものを用いますのでご心配なく。ただ、そちらの港に一時保管させていただきます。その間我々は、新たなる航路と未開地の開拓に乗り出すという算段です」


「なるほど。それは魅力的だな。しかしいいのか? 我々はホルストの船を襲撃し、強制労働させているのだぞ?」


「難破船を救出しその見返りに労役に従させていたと、報告書に記載しておきましょう」


「……わからんな。何故そこまでする。貴公らの話が本当であれば、ホルストは既に泰平の世となっているわけだ。であればこの様な交渉などせず、有り余っている戦力を用いて力づくで奪えばよかろう」


「最初に申し上げました通り、我々は無益な争いは望みません。最小限の損害で最大限の利益を求めています。軍艦数隻と軍人数人で未来が買えるのであれば、安いものでしょう。なんならこのロングアイランドをお貸ししてもいい」


 ムカームの微笑は先程までとは違い、不敵な、あるいは太々しい表情となっていた。それは古来から支配者が見せる、圧倒的な力を誇示する時の笑みと同じであった。




「……分かった。その話、乗ろう」


「良い判断です。さすがチェーンさんだ」


 計画通りといったように手を叩いたムカームに対し、チェーンは「ただし」と付け加える。


「ただし、この艦と同時に、乗組員も貸してもらおう。当然、貴公も含めてな」



「……承知しました」



 こうして、公式な締結はまだ先であるが、ドーガとホルストの同盟が結ばれた。あらゆる観点において後手とななったフェースは滅びの道を行くばかりであるが、その運命を知る事は何人にも不可能である。

 時の流れは依然速度を緩める事を知らず人々を呑み込み、世界を構築していくのであった。

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