星の海に愛を込めて6

 三国の艦が相対したのはまだ陽の高い頃合いだった。

 


「識別不能な艦隊が二つ……一方は藍色の旗を掲揚しています」



 ドーガの艦で監視を行なっていた者がそう告げた相手はチェーンである。彼はこの遠征に自ら参じ、カリム仇討ちの覚悟を示すのだった。


「藍色……そっちは恐らくホルストだな(藍色はホルストのナショナルカラーである)。注意しつつ距離を取り、もう一方に接近しろ。ただし、近付きすぎるなよ」


「了解しました」


 ホルストとの接敵を予想していなかったチェーンはやや動揺した素振りを見せたが冷静さを欠く事はなかった。しかし、内心は艦隊に見る事ができるロングアイランド級とテールオブライ級の姿に心胆を震わせたに違いないだろう。また、数の面でもホルストはドーガを圧倒している。中には漁船を改造したような粗末な戦闘船も混ざっているが、包囲されれば十分に驚異となるであろう。


「さすがと言うべきか、おのれと言うべきか、まったく、贅沢ができて結構な事だな」


 チェーンは思わず忌々しげにそう呟いた。


「以前は敵が強い方が良いとおっしゃられていませんでしたか?」


「程度による。勝てる見込みがない相手に対して玉砕を決めるのは趣味ではないのでな」


 チェーンは溜息まじりに嘲笑してみせた。あまりの戦力差に為す術がないといった様子である。

 戦闘艦においてはドーガの方でも蒸気動力式を新造しており、攻守において隙のない設計はあらゆる場面において臨機応変に対応できる柔軟性を持っていたが、性能を上回る敵に対して劣勢となる事は初めから予想されていた。これは相手を正体不明艦フェースに絞っていたためである。その都合上において立てられた建造計画は正しい判断であったのだが、まさかホルストがここまでの物を用意してくるとはチェーンも想像しておらず、戦略を一応から修正せねばならぬ事必至であった。


 しかし今はそれよりももう一方の艦隊であるとすぐさま切り替え、攻撃目標をフェースに合わせる。チェーンはひとまず一撃を加え、早々に離脱する方針を内々に固めていた。本来ならばこのまま離脱するのが得策ではあるがそれでは民が納得しない。とりあえずの戦果を残す事が重要とチェーンは判断したのである。




 これに対しフェース側は判断を迷っていた。

 フェースにおいてもドーガと同様に国主たるバグが陣頭に立っており、彼の乗る旗艦を中心に編成された艦隊の射程距離は接近しているドーガの艦隊に届きつつあった。そのまま前進を続ければ先制攻撃が可能となり、戦術面でのイニシアチブを握る事ができるわけだが、バグは相手をチェーンだと確信めいた予感があり、一戦を交える事に抵抗があった。当初は話し合いの場を設けるつもりであったが、相手の動きが砲撃を予感させるものであり、その余地がないように思われたのである。が、もしかしたらと一縷の望みがバグの判断を鈍らせているのだった。


「正体不明の艦隊が接近。ホルストと思われる方は静止した模様」


「そうか……」


 諦めるように呟いたバグは主砲をドーガの艦隊へと向けるよう指示を出した。後手となったが、迎撃を決めたのだ。

 依然、相手がチェーンの指揮する部隊であるという確証を得る事ができず、また戦端を開いた側であるという意識が決断に対して後ろ向きな感情を生じさせたが、一国を預かるものとして私情を捨てざるを得なかった。

 もし相手の艦にチェーンが乗艦しているとすれば、自分はそれと知らぬままに友を攻撃してしまい、事によると死に至らしめてしまうかもしれない。共に、体制に存在する理不尽と不条理からの脱却を目指した友人をこの手で討つかもしれないと考えると、如何に勇に富むバグといえど穏やかでいられるはずがない。だがそれ以上に彼は彼の庇護するフェースの国民を守り繁栄させる義務があった。清廉潔白。公明正大な為人なればこそ、舵を切る方角は一つしかないのである。


「砲撃準備! 作戦通り炸裂弾で散らした後にライフル砲で各個撃破を行う!」


「我が艦照準合わせ良し! 味方前衛艦も準備完了との事!」


「よし! 射て!」



 フェース艦隊の砲撃が始まり、前衛艦による包囲攻撃がドーガ艦隊に降り注いだ。しかしドーガも新型を前衛に置き防御力を固めている。カリムが乗っていた船とは違い、一撃轟沈というわけにはいかない。


「長距離射程武器か。報告通りだな」


「損傷軽微とはいえ、このまま砲撃を浴び続けるのは危険です。予定通り散開いたしましょう」


「そうだな。各艦にそう伝えよ。それと、敵の狙撃武器対策を怠らぬよう、パターンAの信号を常時流しておけ」


「了解です」



 チェーンがそう指揮するとすぐさま信号ラッパの音が鳴り響き各艦が散開していったのだが、その時、異様なまでに波が高く上がり艦体及び戦隊の姿を隠してしまった。これはチェーンの考案した対精密狙撃用防御システムである。原理は艦底に取り付けられたタービンから海水を汲み取り噴射するいう至極単純なものであり、海水が上がっている場所を狙えば着弾する事はするのだが、視界がさえぎられるためピンポイントでの狙撃は至難となり威力は減少。加えて海水を汲み取る際に生じる渦により微細な上下運動が行われ、照準を合わせるのがより困難となる仕組みとなっていた。


 このチャフのようなシステムを用いた之字運動はフェースの艦隊に大きな動揺と苛立ちを誘い艦隊編成に隙を生んだ。このまま衝突すれば瓦解は必至であるし、そもそも相手の射程外から砲撃を行う戦法を基軸としている以上接近戦は不利。各艦各船の艦長船長もそれは承知しており、一様に動転し判断力を失したのである。



「小賢しい! いや、敵の方が上手という事が……致し方あるまい。炸裂弾で牽制しつつ、撤退準備! 殿しんがりは我が艦が務める! 全艦に伝えよ!」


 フェース側からの信号ラッパが鳴り響くとすぐさま砲撃が始まり艦隊は撤退を開始。火急な判断が迅速に伝わり、一分の無駄なく後退していく。そして、それを見たチェーンもすぐさま命令を出した。


「追う必要はない。ホルストも気になる。一矢報いた事だし、ここは一時撤退だ」


 彼のその判断は正しかった。もし敵が反転攻勢を仕掛けてきたら負けないまでも戦力の消耗は免れない。ホルストの驚異的な軍事力を目の当たりにしたチェーンは、せめて数の面での劣勢を可能な限り避けようと考えたのである。それは戦略上至極当然であり、また理には適っている。

 しかし、一つ誤算があった。ホルストのテールオブライ級高速艦。テールオブライとタフマンの二隻が、戦闘を終えたドーガ艦隊の周りを旋回していたのだ。



「……油断した。しかし、あれだけの距離をこの短時間で詰めてくるとはな……」



 ホルスト艦隊との距離は戦闘の最中目視できない程に広がっていた。実際、並の艦であれば接近など許さなかったであろう。これはチェーンの不覚というよりは、ホルストの技術が圧倒的なのである。


「相手より投文。話しをしたい。だそうです」


「……随分と紳士的なお誘いじゃないか。らしくもない」


「いかがなさいますか?」


「従うしかあるまい。性には合わんがな」




 こうしてチェーンは連絡艇からライオブテールへ乗り継ぎ、ホルストの軍艦、ロングアイランド級ロングアイランドに赴くのであった。








 俺はこの予想外の展開にしばし唖然となっていた。何から何まで計画外のでき事であり、現実味をまったく感じられなくなってしまっていたのだ。


「残念ながら石田さんの作戦は失敗。いや、大失敗ですね」


「……まさかここまで当てが外れるとは思わなかった。しかし、ホルストが対話を求めてきたのは意外だな。これはひょっとすると、雨降って地固まるかもしれんぞ」


「楽観視は結構ですが、今回はその逆に転ぶ可能性が高いでしょう。ほぼ確実にこの星は大荒れします」


「……なぜそう思う?」


「ホルストとしては無理に争う必要はないのですが、海に出た以上は何か成果がなくてはならぬでしょう。故に、ドーガと同盟を結びつつ軍事力で脅し戦陣に立たせ、フェースを叩いて植民地にするという事が考えられます。また、フェースの方においても今回の戦闘で軍事力の強化と戦略の立て直しを図らざるを得ず、秘密裏に大陸へと渡り協力者を募ると思われます。大陸にはジーキンス時代に逃げ延びた者達が点々と隠れ住んでおりまして、バグはそれを見逃しておりましたが、今回それを利用するのではないかと予想します。つまりは……」




「待て。やめてくれ言葉の洪水をワッと浴びせかけるのは。今から端的に聞くから、お前も端的に答えてくれ」


「了解しました」



 一呼吸置き、ジョンに問う。



「……いったい何がはじまるんです?」



「……第一次大戦」



 その言葉にギャッと悲鳴を上げて転び、しばらく立ち直れなかった。加速していく負の連鎖は、まったく強く、断ち切れず、俺は自身の無力を喘ぐのだった。

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