星の海に愛をこめて5

 ドーガとフェースの飢饉が終わり予定通りにホルスト製戦闘艦が完成したのはオペレーションゲスト発動より五年が経過したころであった。


 俺はその間にドーガの怒りが収まらぬかと淡い期待を寄せたのだがまったくそんな気配はなく、むしろ、打つ手のない状況が続いた事で逆に熱が上がっていく有様であり奴隷も市民も関係なくカリムの仇を討たんと団結していったのだった。この時結ばれた強固な繋がりがドーガの後の進展を決定づけたのかもしれない。


 そしてこの動きに呼応するようにホルストも動き出す。急ピッチで開発されついに完成した新造艦はロングアイランド級とテールオブライ級に別れ、それぞれ二隻ずつ建造された。

 ロングアイランド級は大火力と超耐久の鋼鉄艦である。これはバーツィットで出土した鉄を装甲に利用しているいわば戦艦であり、並の兵器では歯が立たぬ仕上がりとなっている。

 テールオブライはスピードに長けた高速戦闘艦で、機雷の設置や艦隊同士の接近戦を想定され設計された。攻撃が当たればひとたまりもないが、小型艦故に的が絞られにくく、当時の海上兵器としては驚異的な速度を実現した事により装甲の薄さをカバーしている。

 この二つのクラスの艦は石炭などの可燃成分より発する蒸気圧を利用したタービン推進を動力しているのであるが、これは当時代の最新技術であり、まさに新型と呼ぶに相応しい完成度を誇っていた。

 蒸気動力というと一見科学力の飛躍的な向上に思えるが、実のところ技術自体は少し前に確立されており、兵器としての利用に関しては大陸を武力制覇しようとしていた頃の企画から転用されたものだった。つまり、構想は以前から練られていたのだが、それがようやく日の目を見る事となったというわけである。また、もう少し後になるがこの技術の副次的産物として電車や気球や車といったものが生まれる事となるのだが、それもまた、戦争で利用されるようになる。




 さて。ホルストとドーガにおいては計画通りに進み、後は開戦を待つだけといった具合になったわけであるが、両国の盛り上がりに反して、フェースの熱は完全に冷め切ってしまっていたのだった。それというのも、バグが先導した人々は元々農夫や女子供が大半で、平和な新天地を目指してきた者達であったからである。彼らと、そして彼女らは生活のための苦ならいざ知らず、争いによる痛みを望んではいない。ただ、安泰な暮らしが欲しいだけなのだ。

 また原住民の方も生来の楽天から既に自分達が砲撃した事など忘れてしまっており、今では飢饉対策のための食品保存加工や苗の交配などに勤しみ、戦いの高揚などとうに消え去ってしまっていた。一応船には乗りはするが興味はもう虚っており、とても戦いに出るような精神状態ではない。





「これはいかんな」


 俺はフェースの平和ボケを見て危機感を覚えた。作戦の失敗はまだいいとして、未だ科学技術も人権意識も途上にある時代においてこの体たらくは極めて危険である。ホルストとドーガを本格的な戦いにけしかけたのは確かに俺であるが、事の発端は奴らの領民がやらかしたためである。それをこいつら他人事のように日和っていては話にならない。飢饉を起こさねばすぐさま戦争状態となり、即座に蹂躙され血の一滴も残らぬ大虐殺が歴史の上に刻まれていただろう。


「これはいかんジョン。これでは共闘どころではない」


「争いもなく過ごせばそうなりましょう。彼らに戦いなどを期待するのがそもそもの間違いだったと思います」


「それは困る。これでは、俺がフェースの連中を殺すために支度を整えたようなものではないか」


「まさにその通りかと。現に、ホルストは蒸気艦を開発し、ドーガは戦闘のための備蓄を準備していたにも関わらず、フェースだけ素知らぬ顔して呑気に品種改良だの塩漬けだの日干しだのに現を抜かしていたわけです。これでは実に見応えが……いや見込みがない。何か手を打つのがよろしいかと」


「手を打つといってもなぁ……いや、なんとかせねばなるまい。原因が奴らにあるとはいえ介入した以上は平和のために勤しまねば神とはいえぬだろう」


 俺はない知恵を絞りフェース存続のために何ができるかを考えた。が、闘争を駆り立てる。先導者を作る。好戦思想を意識に植え付ける。自我を奪い強制的に戦わせる。などなど、様々な手段を講じるもののやはり倫理人道に反する策は避けねばならず、すべて採用には至らず。いや、そもそも戦争自体が非倫理非人道的ではないかという根本的かつ本質的な真理に気付き俺は自らが犯した過ちに頭を抱えたのだった。もっと二国の様子を見ておけば、開戦直後に塾考していれば異星人が血に濡れた歴史を辿る危険のある道を歩まなくとも済んだのではないか。そんなたらればが心を苛む。まったく大変な事になってしまった。



「いかん。駄目だ。なんとかならんかジョン」


「そうですなぁ……いっそ、戦争をさせるのはホルストとドーガだけにしたらいかがですか? 海上で衝突した二国をなし崩し的に戦闘させ、互いに無視できぬ損害を与えるのです。さすれば、如何なる目的があろうと現実問題として対応せざるを得ず、長く戦わねばならぬでしょう」


「いやぁ、長期はちょっと……もっと手軽かつファンダメンタルに解決したい」


「何をやっても戦いは避けられないでしょう。いや、石田さんが完全にこの星を操作すれば人心も意のままですが」


「……そこまで根深いか」


「そこまで根深いですね」


 ジョンに聞いても取り返しのつかぬ場所まで来てしまったと自覚はできたがそれだけだった。異星の世の中は俺の腕を振り切りドラスティックに加速を続けているようで、もはや時流を手繰る事など不可能なように思えた。人は俺がなくとも生まれ、俺が支持を出さずとも生き、俺なしでも星を発展させているのである。そう思うと、好きで始めたわけではなかったがレーゾンデートルが少し挫けるような気がした。


「ジョン。この星は、もはや俺が居なくとも問題ないのではないか」


「その通りです。と、言いたいところですが、残念ながら石田さん。どのような環境であれ、神は必要なのです。何ができるとか何ができないといった問題ではなく、観測する存在がなければ、星は生きていけないのです」


「なんだ。二重スリットか? そんな誤解が広まりまくった理論を今更持ち出されてもな」


「いいえ石田さん。星というのは、あるいは宇宙というのは、常にマクロに見る目があるからこそ存続できるのです。というより、存在する価値が発生するといった方が正しいでしょう。この星の住民は、いえ、我々でさえ、何者かの視線があるからこそ生きている意味を持てるのです」


「……馬鹿な。そんな荒唐無稽な話が信じらるか。だいたい、誰が見ていなくても生きているものは生きているし、死んでいるものは死んでいるだろう。それこそシュレディンガーの猫ではないか」


「石田さん。どれだけ巨大に発展したとしても、星はいずれ滅びます。その歴史を、生物の歩みを、何者かが記録し、また記憶しなければ、そこに住んでいた生物達の命が無駄になってしまいます」


「そんなものはエゴだ。人は、いや生物は自由だ。何者かの干渉などなくともその命は無駄になどなりはしない。産まれて死ぬ。それだけで、生きているものに価値はある」


「それはミクロ的な視点ですね。エゴというのであればむしろそうした自然主義的な思想の方こそ相応しいと考えますが」


「……見解の相違。いや、立場の違いだな」


「いずれ理解していただけると存じます。しかし、それよりも今はフェースをどうするかが先決だと思われます。このまま黙ってみているか、あるいは……」


「……バグに戦いの準備をさせる。奴に閃きを与え、沈めた船がチェーンの国のものであったのではないかという疑念を生じさせた後、それを確かめるべく船を出させる。そこで交戦だ」


 俺はジョンの言葉を振り切るようにして端末に向かいバグに電波を送ったのだがそこに迷いがないはずもなく、自問自答と自己疑問を繰り返すうちに、心が萎んでいくような思いがした。ジョンの言うように、観測だけしていればいいのなら、無理に行動などする必要はないのではないかと考えてしまう。その方が気が楽なのは確かだし、割と俯瞰して、映画でも観るように人間の死を眺める事ができるかもしれないのだから。


 だがそれでいいのかと問われれば、俺の答えは勿論NOであろう。もはやこの星は俺の一部といっても過言ではなく、他人事として捨て置けない存在になっていたからである。

 しかしだからこそ手を出さない方がいいのだろうかという葛藤が生まれ苦しく、どうしたら、何をしたらいいのか分からず、結局惰性的に介入し、事の成り行きを人任せにしているのであった。



 そうして俺の思惑通りにバグは動き、フェースの民も納得して航海に赴く事となった。だが、それが正しいのかどうかは、誰も知らない。

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