星の海に愛をこめて4

 動画の再生が終わると俺はジョンに端末を返却しわざとらしく溜息を吐いてみせたのだった。


「なるほどよく分かった。どうやらこの星の連中はよほど血に飢えているらしい」


「石田さん。何度も申し上げますが……」


「いい! 聞きたくない! 貴様の生物闘争遺伝子保有説は沢山だ!」


 俺は両手で耳を覆い断固拒否の姿勢を示した。奴の持論は耳にタコだ。聞く気も失せる。


「しかしこのボタンの掛け違いは悲劇ですな。アンロックされたナチュラルヒューマンが好戦的というか向こう見ず過ぎました。ステータスに偏りが発生している気もするのでフィードバックを行い、次回発生時には厭戦的かつ思慮深い個体も複数発生するよう調整いたします」


 機械的に酷く非倫理的な事を言う。やはりジョンは人間的な感情を著しく欠いているようだ。だが、それよりも考えねばならないのはフェースとドーガの戦争を阻止する事である。ドーガはもはや攻勢一色のムード。滅多な事では止まらぬ時流ではあろうが、起こる悲劇を未然に防ぐのも神の務め。ホルストの謀略を止める事はできなかったが、あれはアルバートの覚悟を尊重した結果であり、ひとまず平和のためでもあった。が、此度においては事故のようなもの。互いの誤解を解けばきっと和睦は可能に違いないし、俺はそのために善処せねばならなかった。


「今より俺は平和に尽くす。戦争など起こさせん。二国は手を取り、未来永劫良き友として肩を並べるべきのだ」


「それは素晴らしいお考えですが、如何にして」


「……同舟相救うという言葉を知っているか?」


「孫子ですな」


「そうだ。今回俺は、ドーガとフェースが手を組むよう、第三の勢力を戦場に引き込む。両国が協力してこれを撃退し、早々に和解するよう仕向けるのだ」


「二国間の争いに。ホルストを参戦させると?」


「ご明察だ。話が早いな」


「しかしそれは返って危険ではないですか? もしホルストが一方に肩入れすれば、もう一方は必敗となりますが」


「馬鹿な。奴らはホルスト憎しで出ていったんだぞ。今更同盟など結びはしないだろう」


「どうですかな。一度戦争となれば犠牲者が出るし金も資源も急激に消化されていく。自国の利を考えれば、個人の内にあるわだかまりなど些末な問題となるでしょう。例え全国民が同じ意思を持っていたとしても、天秤の対に人命と生活が乗れば、どちらに傾くかは……」


「……いや、やはりそれはない。お前の考えはフェースとドーガのみに当てはまる都合だ。ホルストにしてみればわざわざ手を組む必要がない。不利と見ればさっさと撤退して大陸に篭っていればいいんだ。国際条約もないような世界なら補償もないしやり逃げ上等。ここは上手くいっちょ噛みさせて、平和的団結のための贄となってもらおう」


「そういい具合に事が運びますかな」


「分からん。分からんがしかし、今回は先に起こった大陸での紛争と異なり収束の目処がつかない。動かねばならないだろう。神として」


「……」


 なぜジョンが黙ったのかこの時俺は考えもせず、名案と信じきったホルストの参戦を決定したのであった。




「それで、どのようになさるおつもりですか?」


「そうだな……テスト航行中の新造艦が両国の海戦に遭遇。流れ弾が当たり被害が発生した結果交戦。いずれも被害は小さく死傷者は出なかったが、この事件をきっかけにホルストが両国に対して危機感を覚え討伐に乗り出すようになり、ドーガとフェースが協力してこれを打倒していく。というシナリオはどうだろう」


「……いいのではないでしょうか」


「よし。それでは早速始めよう。まずはホルストに艦を新造させるところからだな……」



 こうして始動した作戦を俺はオペレーション 招かれざる客ゲストと呼称。早速行動に移す。


 まずはホルストに艦を造らせねばならなかったが、これは容易であった。というのも、ホルストはかつてチェーンとバグに謀られ逃げられた際、彼らが密造した攻撃船に手酷くやられた事によりしばしば国内で海上兵器の開発が議題に上がっていたのである。その頃はまだ大陸内でトゥーラ、バーツィットと敵対しており、海の外側などを案じている場合ではなかったので実現には至らなかったが、未開の地があるとはいえ事実上大陸の平定を成し得た後であれば当然領海外の進出も考えられるわけであり、そこに「不測の事態」というワードを怪電波で挟み込んでやれば満場一致で可決するに間違いなかった。


 次にドーガとフェースの戦闘に関してであるが、これが難問であった。

 先にも述べたが、チェーンの命によりドーガの開戦ムードは高まっており、すぐさま兵を派遣してカリムの弔い合戦を行わんと皆が声を上げていた。敵の正体も場所も掴めていなかったが速やかに航海へ乗り出せる状態。もしフェース本国を発見してしまえば殺し合いは避けられぬだろう。

 一方フェースの方は正体不明の敵船(原住民はホルストと言い張っていたが確証がなかったためバグは断定せず公に発表した)を撃破したとの報があり疑心に駆られていた。

 もし相手がホルストであればまだいい。海上に出てきたとはいえ対策は打ってあるし、そもそもが戦う前提だったのだ。予想の範囲内である。しかし、もし違っていたら、どこにいる、どのような相手と戦わねばならないのかすらも分からない。先行き不明と後手後手の対応にならざるを得ないのがバグの心労を加速させ、安易に索敵に乗り出しかねない精神状態となっていた。一度海に出ればいずれドーガの船と鉢合わせるのは必至である。


 これらを鑑みると戦闘自体を起こすのは簡単であるが、しかし。ホルストの新造艦が完成するまでは踏みとどまってもらわないと困るのである。


「しかたない。飢饉を起こそう。ただし、人が死なない程度にな」


「……偽善的ですな」


 ジョンの正論を無視し環境を悪化させた俺は、無事ドーガとフェースに軽度の食糧難を起こさせる事に成功。彼らが二度目に争う時期は大幅に延びたのであった。

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