星の海に愛をこめて3

 カリムはシャボテン孤島で下船する予定であったが哨戒にまで同船。「いいじゃないか」の一言に船員は反を示せず、一行は更に海路を進む。予定ではこのままホルストから脱した際に一時停泊した島まで行き、一泊して帰路に着くはずであった。



「……なんだあの船。見た事ないな」



 それはもうすぐ到着するという頃合。船員の一人が、島の向こう側に浮かぶ二船を見つける。


「ホルストの新型船か?」


 船員がそう語ちると、ひょいと現れた人影が彼から望遠鏡をふんだくった。


「いや、違うね」


「カリムさん……」


「作りは似てるが諸々お粗末。戦闘用らしいが、もしホルストが造船するならわざわざあんな貧乏たらしいデキにはしないだろうよ」


「じゃあ、あれはいったい……」


「さぁね。思い当たる節もない事はないが……」


 それはカリムの言う通りホルストの船ではなき、彼女思い当たりの通り、遠く離れた、フェースのものであった。





 フェースは生活基盤を整えて一段落すると海上警備に力を入れるようになった。もしホルストが、もしくは別の国が攻めてきた場合、海に囲まれた土地故にどこからでも上陸できてしまう。それならば海上で戦った方がいいとバグは考え、主に海上哨戒を行う軍を創設。専従というわけにはいかなかったが国防のための人員を割く事にしたのだった。


 船員は原則自薦の者のみと定めていたが程度の強制は止むを得ないだろうバグは考えていた。しかし、思いの外皆積極的に、殊更原住民が自らがと積極的に手を挙げたのだった。それはバグの勇敢さと国主たる者の責の厚さが伝播した事と、好奇心に押されたというのが要因である。

 大陸からの移住者は前者。原住民は後者が圧倒的多数というかほぼ全員であり、知識と道具を試してみたくて仕方がないといった様子であった。彼らは知能が高く気質的に探究心に満ちていた。これまで陸に篭りっぱなしであったが大海への進出という未知への魅力に胸が高鳴り、皆が一様に志願したのである。


 しかしバグは原住民の登用に関し慎重な態度を取る。

 もし彼らが知恵と力を今以上につけてしまった場合、国家が簒奪(最初に奪ったのは他ならぬバグ達なのだが)され支配されてしまうのではないかという懸念が生じたのだ。バグは確かに公明正大であり他者に対して寛大であったが、だからといって無制限に許容するほど愚かではなく、時には裏切りを想定して思案する事もある。自身の責任において善悪と信疑の判断を誤るような真似はしない。国と民の存亡に関わる事象であれば最悪のケースが発生した最初の対応も考えるし、平和を脅かす罪人には極刑も止むを得ないと考えている。もし原住民がとなれば彼は躊躇なくそれを討つだろうが、国を転覆させるだけの勢力となったらと考えると、どうしても信用するわけにはいかなかった。

 しかし、動機もなく疑念だけで他者の意思を排したとあれば反感を買うし、不満が蓄積すればそれこそクーデターへと繋がる一因となりかねない。どうしても、彼らを無視する事はできないのである。


 そこでバグは一計を案じた。

 原住民の志願者を全て一つにまとめ直属部隊として自らが管理したのだ。そうしておいて彼らには二隻の船を与え防衛と哨戒を交代で命じガス抜きと好奇心を満たすために定期的な遠征訓練を実施。これを、原住民は喜んで従事した。

 その結果、彼らの操舵と航海術における連携は極めて高いレベルとなり、より広域へ移動が可能となっていた。また特筆すべきは伝達、伝承の正確さであり、原住民達は二世代間において完璧に操船技術の引き継ぎを済ませたのだった。今回ドーガの船と邂逅したのは、長距離遠征訓練途中である二世代目の一団である。






「船だ。初めて見るな、俺達のじゃないのは」


「本当にいたんだな。俺はてっきりバグ達の作り話かと思ったんだがなぁ」


 国民性なのか戦闘経験がないからなのかは不明だが彼らは能天気で、まるで珍獣でも見物しているかのようにドーガの船を監視していた。

 そのまま眺めているだけならばよかったのだが、一人が要らぬ事を言い出す。


「もしあれがホルストなら敵だろう? 先に攻撃した方がよくないか?」


「それもそうだ」


 彼らは一同に合点するとすぐさまライフリングの施されたパーカッションロック方式大型経口の狙撃銃と長砲身の多薬室式榴散弾砲に弾を装填した。これらの近代的作意に溢れた兵器はバグの考案であり、見敵必殺サーチアンドデストロイ一方砲撃ワンウェイファイアを旨とした基本戦術に即した装備となっている。早い話、フェースの船は遠距離からの精密射撃と範囲攻撃を波状で行えば敵の殲滅は容易であるという極めて原始的かつ単純であり有効な作戦を念頭においたしつらえの最新攻撃船。いや、艦であった。カリムはそれを見て「粗末」と評したが、質実剛健かつ機能性を追求した粗野な外装に惑わされ観察を怠った。彼女がもう少し注意深く観察していれば、ただのボロ船でない事が確認でき、一命を取り留めたかもしれない。




「じゃ、攻撃だ」




 一瞬のでき事であった。散弾とライフルによる波状攻撃がドーガの船を破壊し、船員を殺していく。戦闘を経験していない彼らにとってそれは競技といってもよく、皆笑いながら砲を放ち、銃で射抜いていく。青黒い海が血に染まるのを見ても白痴が如く見据えるばかりで彼らの心は痛まない。敵という存在がいったい何者であるかも分からず、彼らは人間を虐殺していった。



 

「そうか」



 カリムの死を聞かされたチェーンはそう呟くと、逃げ延びた船員に休暇と金を与え、しばらく部屋に篭り思案した。そこで彼が何を考え、何を思ったかは分からぬが、翌日に発布された令に、ドーガの国民は等しく奮起した。


「我が国の海を卑劣にも一方的に鮮血に染め、あまつさえ我が君と子を惨殺せしめた敵に対し我が国は総力を持って尽く滅殺する」


 それが、チェーンの出した答えであった。

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