星の海に愛を込めて2

 ドーガにおいては人手不足に悩まされてしばらくはその日暮らしを余儀なくされる。バチェーンの指揮と治世により生活はできていたが、大規模な建築や農地の計画は適任者がおらず実行できなかった。

 それを解決したのが奴隷制である。ムリランド事シャボテン孤島を防衛拠点兼中継地とし、彼らはホルストの漁船を拿捕。船員を拘束し、かつてホルストが行なっていた低奴制に倣い船員に肉体労働を敷いたのであった。


 奴隷といっても苗字を名乗らせなかったくらいで(チェーンは上陸後に船員にセカンドネームを与えた)無闇に搾取するような真似はせず、労働を強制する手段としての一応の制度という形で敷いたわけであるが、後の遺恨として残るのは当然であったし、どのような理由であれ人が人を一方的に従わせるという行為を、人が許容できるわけがなく、奴隷でない人間も時折その非人道性に異を唱える事があった。そうなるのをチェーンも理解はしていたが、やむを得ぬとしたのである。


 このようにチェーンはしばしば不信感を抱かれていたのだが、奴隷もそうでない者も、等しく一人の人間には敬意と親愛を寄せていた。その者こそカリムである。


 彼女はチェーンと同様に勇ましく苛烈でありカリスマがあったが、性別が女という点において絶対的な差異があり、また好まれる原因となっていた。この時代、荒くれた男は強い男を見る機会があっても強い女を見る機会は少ない。女だてらに船を駆り、部隊を率いて国を離反したカリムは象徴的な存在で、男は彼女に性欲と羨望を掛け合わせたような異様な情を抱いていたのである。


 そのカリムの人気を知ったチェーンを彼女を現場を統括する采配を行う。これがまた妙手であり、奴隷も市民も粉骨砕身に労働へ従事していた。


 そんなものだから、カリムがチェーンの子を身篭ったと知ったとき、人々の心は一様に落胆し悪態をついたのだった。皆は異口同音に「あのスケコマシやりやがったな」と笑ったり泣いたりしていたのだが、実のところ最初に誘ったのはカリムであったし、なんならチェーンは余り乗り気ではなかった。というのも、民衆に人気のあるカリムと関係を持てば人心が離れる危険を考慮した面もない事にはないが、一番は彼自身がカリムを相手に真っ当な恋慕を抱いてしまう可能性があったからである。


 チェーンの色魔ぶりはホルストでは有名であり、権力に物を言わせた強姦などは見られなかったにしろそれに近い行為は多分に認められていた。そのくせ飽きるとすぐに縁を切り、少なくない恨みを買っていたのだった。

 彼は基本的に女という生物を信じず徹頭徹尾軽んじていたのであるが、それは出自に起因したものである。

 賢士の家庭に生まれたチェーンは不自由なく生活できていたのだが母親が病気がちであり母子の交流が極端に欠けていた。傍にはいつも医者がおり、話しかけるのさえ許可が必要であった。幼いチェーンは母性に飢えていたが、病気ならばと堪え忍び、勉学や喧嘩を代替行為として生活していた。だが何をやっても心の隙間は埋まらず、日に日に母と話し、共に食事をし、街を歩きたいという欲望に駆られていった。


 彼は母親に対してやや理想を抱きすぎていた。母は無償の愛と際限のない慈しみを無条件に与えてくれると信じ、自分だけにその資格があると思っていたのだ。しかし母は残酷に女の性をチェーンに見せる。ある日、母が父親以外の男まぐわう、自分以外を愛おしそうに抱く姿を、チェーンは見てしまったのだ。

 不貞の相手は医者であった。あの、いつも母親の隣にいた青白い肌をした男である。


 チェーンは愚かにもその情事を父親に告白してしまった。人間の悪意と図太さを未だ知らぬ少年は、改心と修復を期待して母の裏切りを口にしてしまったのだ。


 チェーンが母と父を生きた姿を見るのはその日が最後となる。父は母と医者を殺し自害したのだ。遺書には母への恨み言が長々と認められ、最後に財産と権利を子に譲ると一行だけ書かれていた。

 


 この星においては人類が発展するにつれ自殺者の数は増加している。文化水準に比例して犠牲者の割合が高くなる傾向があるのだ。これは何もこの星に限った話ではないのだが、人間。というより知的生物が感情を持ち成熟していくと、しばしば精神面での均衡を失い破滅を誘発するようになる。それは闘争を伴わぬ生への警鐘であるのか、はたまた哲学めいた無用な思案により命への拘りが希薄となるのか。原因は定かではないが、如何なる要因であれ残された者の心に傷を残すのは確かであり、それはチェーンも例外ではなかった。母父の死後、彼は女を軽視し侮蔑の目で見るようになる。女は皆、血に淫奔の因子が含まれており誰彼構わず肉欲を求めるのだと断定し、ならば相応に扱ってやろうと決めたのだった。


 これまでチェーンは幾人もの女を抱き、そして捨てていったが、心は満たされないばかりか荒んでいく一方であった。女とまぐわい、その痴態を見る事によって過去の自分に罵倒されているような気分になるのだ。

 そんな彼が初めて女を愛するという気持ちを知った時、自らを嫌悪せず、また認めざるを得なかった。自らも女という軽薄な生物の毒牙に、進んでかかる俗物であったと。


 葛藤や逡巡はあったが結局チェーンはカリムを受け入れ、新たに宿った命を祝福すると誓った。それは本心からの決断ではあったが、事が世に広まった際、どちらがより心象を損なわないかという打算がなかったわけではない。


 ともあれ二人は無事に番いとなる。


「俺は女は好かんが、お前は別かもしれん」



 それは彼がカリムに対して言った、最大級の告白であった。





 懐妊発覚後間もなく。カリムはシャボテン孤島への連絡船へ乗船する事になる。

 船員は反対したが、「これが最後さ」と言われると従う他なく、後に無理にでも止めるべきであったと、生き残った人気は悔いるのだった。

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