星の海に愛をこめて1

 一応大陸の平定を成したホルストであったが間もなくその実質的支配者であるジーキンスの訃報がもたらされた。

 公にはドーシックと同じく老衰と伝えられたが真偽の程は不明であり、一部では暗殺されたとの噂も誠にしやかに囁かれるも、その死を悼む者は誰もいなかった。彼の死後、ホルストがこれまでの姿勢に反発するよう急激に柔和政策を進めていった事を考えると、ジーキンスは余程目の上のたんこぶであった事が窺える。実際、賢士や上級国民の中には存外人権意識に芽生えていた者もいたのだが、ジーキンスの独裁的な強硬姿勢の前にたじろぎ表に出せないでいた。それがバーツィットとトゥーラの戦闘員虐殺により潜在的にあった反権威主義の思想が瞬く間に展開され、ジーキンスの死に伴い、もしくは死に至らしめる事も含めて国に反映されたのかもしれない。

 ホルストは低奴を廃すと同時に国民の等級を上中下から一位、二位に改め、バーツィットの農奴にも程度の権利を与えたうえ、バーツィット本国においても原則不干渉としたが、これは先に述べたように巨大な権力を持っていたジーキンスへのカウンターとしての側面が強く、皆が皆、賛成的な立場を表明したわけでもなければ人権推進派が一枚岩となり一致団結というわけではない。ホルストはこれから容易には解決できないしがらみを内部に抱えながら時代を歩むことになる。


 また、ひとまずの平和が訪れたホルストにおいては今日までのでき事を記録していく余裕が生まれ、暇な賢士が後世に歴史を残そうと挙って筆を執ったのであるがその内容は欺瞞に満ちており、後の人間は当時の事件を大きく誤って認識するようになる。例えばホルスト、トゥーラ、バーツィットは史実より大きく表現されており、大規模な合戦が繰り広げられたと書かれた。その戦端はジーキンスが広げ他の賢士は平和を望んでいたとされている。また、バーツィットの属国化においては和睦したと記しており、ホルストは(特に著者である賢士自身は)いち早く人道的な精神に目覚めというような印象を与えよと画策するなど、実にホルストにとって都合よく改竄されていったのであった。

 それと同時に、倉庫に積み上げられたアミストラロピテクスの遺跡の解読に取り掛かるようになるが、これには時間が必要であり全貌が明かされるのはまだ先である。




 なんにせよ、紆余曲折あったが大陸が平和に向かうのは大変めでたい話である。些かいびつとはいえ人道意識が急激に加速しているのは事実だし、人類はこのまま友愛の街道を慢心するかもしれぬなと感慨に耽っていたのだがどうやらそうはいかないらしかった。


「フェースとドーガの船が交戦しました」


 俺はジョンの報告に耳を疑った。そんな馬鹿なと思ったがしかし、考えてもみればさもありなん。奴らは、というかこの星にはまだ国旗掲揚の風習もないし、そもそも国旗の文化もない。海上で見知らぬ船が現れれば困惑するだろうし、ホルストの侵略者と勘違いしても仕方がない。


「まぁお互いの元首が旧知の仲と知ればすぐ解決するだろう。死んだ人間は災難だが、そこまで大きな問題にはならないのではないか?」


「それがそうでもないんですよ。実は、戦死した中にあのカリムが含まれていたんです」


「カリム……あぁ、あの女水夫の……それの何が問題なんだ」


「……石田さん。貴方は神としての自覚が足りない。もっと星を隅々まで見て各国の情報を把握しておくべきです」


 小うるさい事を言う。だいたいこの星はホルストのある大陸。いや、大大陸だいたいりくがメインではないか。フェースもドーガも国として成立してはいるだろうが気にかける程の発展はしていまい。であれば、余計な情報に記録と処理リソースを割くのは非合理的であり、大事に注目して成り行きを見守るのが正道であろう。


 と、そう思っていたのだが現実はまったく恐ろしく俺の予想を遥かに裏切ってくれていたのだった。


「今日までに両国が如何に発展し、今何が起こっているか、ご確認ください」


 ジョンはそう言って端末を渡してきた。モニタには再生マーク。俺は追跡型広告など仕込まれていないだろうなと警戒しながら、画面中央に表示される横三角をタップするのであった。





 バグとその一行によりフェースと名付けられた国は美しい自然に囲まれた島である。

 その面積はホルストに及ばないまでも決して小さくはなく、バグ達が子孫繁栄を目指すに申し分ない大地を有していた。

 バグ達は上陸後にまず井戸を掘って水を確保し、田畑を耕し自給自足を可能とした。移民者達は指導者たるバグの的確かつ迅速な判断と豊な土壌により、早々にエリート農耕民族の道を歩むようになる。そうして十分な食料を確保すると人々は陸地と沿岸航行により島を開拓し生活領域を広めていくのである。


 しかしその過程で問題が発生した。なんと島には、既に人間が住んでいたのである。




「え、人間自動生成されるの?」


「時間経過と新種の数が一定数を超えた事によりアンロックされました」


「あ、そう……」




 先住民は人の形こそしているが無学無教養であり、いわゆる蛮族であった。彼らは未知の存在であるバグ達を恐れ危害を加えるようになる。

 実のところ、大陸の人間とこの島に住む人間との遺伝子は多少異なる。何故なら大陸人は元々改造ムリラの子孫であり、フェースの先住民は自然発生したナチュラルなのだ。違うのは当然であり、種族間競争が勃発しても不思議ではない。

 しかし竹槍と腰蓑こしみのが基本装備の彼らが(当時の水準では)文明人に勝てるはずもなくすぐさま一網打尽となり教育を受け、仲間として迎え入れられたのであった。

 無論、中には彼らを良く思わない者もいたが、清廉潔白たるバグは差別を許さなかったし、原住民達も新たな生活に喜びを覚え特に問題は起こらず同調していく。その結果、フェースの拡大は加速度的に速まっていき、僅か二十年足らずでホルストに勝るとも劣らない大国を築いたのであった。

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