身体は闘争を求める6

 洞窟に大部隊の先端が進入していき、ついにはアルバートだけが入り口に残った。後は仕掛けを起こせば事が済む段階。数分で時代の進むべき道が決する。


「すまんな。しかし他に術はなかったのだ」


 自己正当化の弁を口にしたアルバートが狼煙を上げると、洞窟入り口の上に待機していたホルストの兵が岩肌から露出している導火線に火をつけ間も無く。爆破と共に洞窟の入り口に岩が積み上がり退路が塞がれ、直後にまたまた爆音。これはホルスト側の方で発生したものであり、やはり同じく、大きく開いた出口に岩で蓋がされてしまったのであった。


 洞窟内に残されたトゥーラとバーツィットの人員は何が起こったのかと当然混乱したが一部のものはすぐに察する。これがアルバートの策であり、自分達は嵌められたんだと。


「あのクソジジイ。これを狙っていたのか。自分の国民諸共殺すとは、なんとまぁ救い難い」


 そう唾を吐き捨てるのはアルバートと言葉を交わしたトゥーラの男である。してやられた。という様子で、憎々しく、真っ黒な洞窟内を睨み付ける。しかし彼には何も見えない。光射さぬ暗黒においては、瞳には何も映らないのだ。


 悲鳴がこだまするまで幾らもかからなかった。一人、二人の絶叫が拡散していき、その度に鉄の臭いと湿り気のある音が強くなる。恐怖に狂った者が武器を振り回し、殺傷沙汰に及んだのだ。

 狂気の伝播はまたたくまに広がり、何も見えない世界で殺し合いは拡散していった。誰が誰を攻撃しているのかすら分からない。統率の号令かき消え、恐怖に感染した者の奇声が支配する。手にした武器は確実に誰かのどこかを傷つけ血を流させた。打つべき敵のいない殺戮は生者の存在を許さず、中には自決する者も出始め、目が見えない世界で、一人残らず凶刃により倒れたのだった。





「そうか。やったか」


 作戦成功の報にジーキンスはほくそ笑んだ。


「アルバートも小心ながらに存外働いてくれた。これでホルストも安泰だろう」


 この不意に呟いた一言は現実の元なるが、彼がその未来を見る事はなかった。




 洞窟封鎖後、トゥーラには大軍が押し寄せたが人影は皆無であった。どこかに隠れ潜んでいるかと大規模な破壊を行うも逃げ出す者なども見られず、形だけ残った都はホルストに接収されジーキンスの予定通りプラントとなった。

 バーツィットは降伏勧告に従いホルストの属国となるが自治は認められ、一部の人間がトゥーラの開拓隊として派遣された以外は変わらぬ生活を保証された。

 これらの施策による市民からの反発が予想されたが思いの他従順であった。これはバーツィットに愛国の心を養う土壌が培われていなかった事が要因である。何故かといえば、バーツィットはトゥーラと同じく逃亡者の集落として発展した国ではあったがその精神性はまったくの逆で、開拓の精神を礎とするトゥーラに対し、保身と安寧を求めて築いたのがバーツィットであったからである。ホルストへの不審は燻り続けるであろうが、基本的に民は自らが普通に生きられれば問題はなかったのだ。

 とはいえそれは正しい感覚なのかもしれない。建国から二十年程度で愛国心が根付くようならば、アルバートのような人間が実権を握る事はなかったであろう。弱者救済のためといいながら、必要だったとはいえ打算的な目的で協力者でもない人間を連れてきたのがそもそもの間違いだったと言わざるを得ない。人道的ではあるが信念と根回しの甘さが、この属国化と国民の従属化を呼んだといっても過言ではないだろう。


 さて。影も形も失せたトゥーラの住人がどこへ消えたかといえば、南方にある山岳地帯の、その更に先にいた。テーケーが開拓していた南方である。


 テーケーはホルストの進撃を予見し、一部の者を連れて早くから南方の山にトンネルを掘っていた。

 計画では完成はもう少し先となる予定であったが、バーツィットの強行を知ったテーケーは不穏を察知し作業を加速。侵略された翌日ギリギリに完遂し、住民を誘導したのである。

 この事は罠に嵌った戦闘員を含め、作業に関わった一部の人間以外には知らされていなかった。これは情報の流出を懸念したのもあるが、テーケーが自らの手を汚す覚悟を決めたからである。彼は自ら送り出した国民が犠牲になると半ば感じながらも何ら語る事をしなかった。逃げろとも、死んでくれとも口に出さず、ただ、出征する者達を見送ったのだ。


 何所を探られる恐れはあったがしばらくは問題ないとテーケーは判断し、また、その推察は当たった。国庫の充実を優先したホルストはトゥーラに農地以外の価値を認めず、また、多数の農奴と少数の管理者はわざわざ周辺の探索などをしなかった。



「言えばそれだけ露見する確率が高くなる。俺は、申し訳ないが彼らより君達の命を優先させた。気に入らないなら殺してくれていい。ただ、これだけは約束してくれ。今ある命を尊重し、自分達の生きる場所を作っていくと」


 それは犠牲者の遺族がテーケーに問うた際に彼が発した言葉である。この問答意向、テーケーに対して何ら口を差した者はおらず、また、不満や不平は出なかった。


 トゥーラの難民はトンネルを抜けた先の小さな土地を開拓し発展していき、また一つの、大きな国を作り上げていく。それはトゥーラと同様、前衛的な精神による芸術を育み、文化の面で異星の発達に大きく貢献するのだった。

 亡国の日を境に彼らの理念は UnTwice二度なき今から ToTwice二度目の今へと変わる。これはトゥーラの再生と、未来への希望を示す信念である。


 一つの国の僅かな歴史が終わり、一つの国の永い歴史が始まった。そして、時を同じくして新たな戦乱の火種が、海を超えた、遠く離れた地で生じていた。この争いは大戦にまで発展するものであり、長く続くものであった。

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