身体は闘争を求める5
テーケーの返答は思いの外にあっさりとしていた。話を聞くなり「いいんじゃないか」と簡潔に述べたのである。
その言を聞いたアルバートは一礼するとさっさと引き上げて帰っていってしまった。何せ彼には時間がなかったのだから致し方ない。
「いいのか。あんななにあっさりと決めちまって」
「いいさ。どの道攻められたら終わりなんだ。それを待つ事はない」
無論、それに対して反対する者もいた。反対というよりかは考えて話せと述べるような内容であり、アルバートに対する疑念を伝える者もいたがいずれにしても同じ事で、テーケーは笑ってこう返すのだった。
「やってみなくちゃ分かんないさ。今はバーツィットを信じよう。裏切られたら、その時はその時だ」
それは一点の曇りもない眼であった。今にして思えば、彼は次に何が起こるのか。どういう事態に陥るのかすべて予見していたのではないかと推察してしまうのであるが、当時としてはあまりに呑気な対応に不快感すら覚えた。
その頃アルバートの方ではテーケーとは真逆の様子であった。
「事は上手く進むかと」
ジーキンスと対面したアルバートは固くそう伝えた。恐れからくる緊張が、身体の至る所を強張らせている。
それを見たジーキンスは嘲笑うかのように冷徹な言葉を並べるのだった。
「断言してもらわなければ困るな。いや、困るのは貴様か。もし失敗すれば貴様の命だけでは済まぬのだからな」
「け、決して成功させます故、そのあかつきには、何卒ご慈悲を賜りたく……」
「分かっている。私とて無用な血を流したいわけではない。貴様が見事トゥーラを策に嵌めさえすれば、失われる命は半分で足りるのだ。そうなるよう期待しよう」
ジーキンスは策謀によりバーツィットを意のままに操ろうとしており、その意味ではアルバートの成功を望んでいた。
巨大になり過ぎたホルストから人身が離れているのは彼も承知しており早急かつ継続的な対策が必要であった。ホルストの人口流出は著しく無視できないものであり、それに伴いジーキンスの求心力は陰りを見せていた。そのために彼は可及的速やかに成果を望んでいたのである。
「いいか。この際多少強引でも実行に移せ。それが貴様を救う最善かつ最後の一手だ。失望させるなよ」
「……」
この時アルバートは確かにジーキンスの焦りを感じたであろう。彼が自身の感覚を信じ自助独立した精神を持っていればバーツィットもトゥーラも一国として在り続けホルストの瓦解を間近で見れたかもしれない。しかし歴史を動かす人物というのは往々にして若く、また潔いものであると俺は信じたい。彼のように小役人よろしくな人間性を持つ者には役者不足だろうと思うから、黙って見ている事にした。
「アルバートの心理状態を変えてやれば万事平和的に解決すると思いますが」
差し出口を叩いてきたのはジョンである。こいつの言う事はもっともだが、沿えん。
「無闇に洗脳するような事ができるか。だいたい奴だって生きるためにやっているのだ。それを否定はできんだろう」
「ならば、他の者は、犠牲になる人間を放っておかれると?」
「……下手に救ったところでそのツケが生じる。この世界はどこかで帳尻が合うようになっている気がする。迂闊に手を出したくない」
「憶測で諦観するとは石田さんらしくありませんな」
「うるさい。お前が俺の何を知っているんだ。だいたい、お前はこの星の生物にさして情がない風だったじゃないか。それを急になんだ。博愛精神にでも目覚めたのか」
「 いえ。石田さんが見に回るというのであればそれも良いでしょう。しかし、決断しかねるので黙っている。と、なると話が違います。私は石田さんにこの星を作っていただきたいとは思いますが、見学するだけでは終わってほしくない。貴方が星を作り、歴史を紡ぎ、時代を進めていって欲しいのです。その点どうか、ご留意いただきたく」
「……俺はアルバートの必死さに思うところがある。だから奴を自由に動かしておきたい。それに、犠牲は出ない方がいいに決まっているが生きて時代の糸を紡ぎ歴史を織っているのはこの星に住む人間だ。過ぎた干渉は機械仕掛けの神となり返って彼らの尊厳を損なう。俺は極力、見るだけの側でありたい」
「なるほど素晴らしい。まさに神の理屈ですな。死んでいく人間が聞いたら感動の涙を流すでしょうな」
「……」
「失礼。冗談が過ぎました。少々ブラックユーモアは控えるとしましょう」
ジョンは俺が気を悪くしたと思って頭を下げたのだろうが、実際は怒りによって返答しなかったわけではない。奴の言葉が痛いほど理解できたために反論できなかったのだ。
尊厳を損なう。とは我ながら立派な事を言ったものだ。だがその言葉に見合う人格が俺にあるのか。ジョンの言う通り、アルバートの意思を変え求心力の衰えたジーキンスの失脚を促すべきだったのではないか。そうすれば失う命は最小限にとどまるし、ジーキンスに反目する連中が上手くホルストをまとめるかもしれない。俺は俺の決断によりこの星の行く末が決定するのを恐れ、あえて手をくださぬようにしているのではないのだろうか。いや、これは仮定ではない。そうした要因は十分にある。猿の住処に雷を落とし焼き尽くしてから、俺はこの星への干渉を、犠牲が生じるであろう場面での選択を避けている。どうでもいいような事や命の関わらない時は悪戯に神の特権を行使するくせに、こういう時は黙って動かないのだ。それは卑怯であると自分でも分かる。矮小な精神が責から逃れようとして止まらず、俺は神としの職務を全うできずにいるのだった。
いやまて。神の職務とは何か。
全生物を救済し死する命を尽く
まとまらぬ考えに苛まれる内に、アルバートが示した地点へトゥーラとバーツィットの戦闘員が集まっていた。答えが出ない以上、俺は成り行きを見る事しかできない。果たしてこれが神の在り方として正しいのか。それすらも分からぬまま……
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