身体は闘争を求める4

 トゥーラの面々は今一度会議の場に留まりアルバートを見据えた。


「策? そんなものがあるのか? はるかに強大な相手を打ち負かすような奇跡的な手段が」


「ある。まぁ腰をかけてほしい。話が少し長くなるのでな」


 アルバートは一同が着席するのを見届けると傍に立つバーツィットの若者を一瞥。するとその若者は壇上奥に、何やら描かれた皮を貼るのだった。それはどうやら地図のようで、バーツィットとトゥーラ。そしてホルストの位置関係が記されてる。


「これが我らの位置関係である事は分かると思う。正確さはか欠くが、まぁ問題あるまい。要点はそこではなく、その位置にあるのだからな」


 アルバートはそう言って立ち上がり、バーツィットとトゥーラを直線で結んでその中間点に更に一本の線を描いた。その線は、遠くホルストまで伸びる直線であった。


「この位置にホルスト城内部に繋がる洞窟を設けている。数に劣るとはいえトゥーラとバーツィットの全軍を持って奇襲をかければ城は陥落するだろう。国の中枢を落としてしまえば如何に大国といえども機能は難しい。権利が集中していればなおの事。ジーキンスをはじめとした七賢人と周りの幹部を打倒すれば、我々にも勝機はあると考えるが、いかがかな?」


 確かに中央に権威が集中しているのであればそこを叩くのが最も勝利に近い。しかしそれは言うは易しであり、現実問題としては机上の空論に聞こえてしまう。


「そう上手くいくかな。通路が発見されないとも言えない。入り口近くに陣取られていては最悪。全滅した後に守りのいない国をとられて終わりだろう」


「その点は抜かりない。洞窟内には部隊を待機させておく部屋がある。先ずはそこに布陣を敷き斥候を出す。いけるのであれば攻め、無理ならば入り口を潰して逃げるだけだ」


「失敗したその後は? 向こうの連中だって俺達が攻めてこないから今まで我々を黙認してきたんだ。それをこちらから突いてしまったら多少無理をしてでも進軍してくるんじゃないかな。差し当たって危険なのはトゥーラだ。距離はあるが道は安全だからな。道中に拠点を作ればリスクも軽減できる。みすみす、滅ぼされる口実を作る必要はないと考えるがね」


「それを言えば今にだってそちらに攻めてこないとも限るまい。毎日今日は来ないでくださいと何者かに祈り続けるかね。多少強引でも、問題の解決を図った方が生き残る確率は高いと考えるが」


「それにしたって時期が悪いでしょう。あと三年。いや一年もあればこっちだって防衛手段が整うんだ。それを待っても遅くはあるまい」


「いや、それでは遅い」


「なぜそう思う」


「ホルストが未だ攻めてこないのは我々が未だ弱小だからに過ぎない。これが本格的に力をつけようとしていたら万全を持って当たってくるだろう。現に奴等はそうしようとしている。トゥーラとバーツィットはホルストに並ぶ過渡期にあって、やるなら今しかないのだ。この機を逸したら、後は侵略による滅びを待つだけとなる。この急なタイミングこそがチャンスである事を分かってほしい」


 アルバートの言葉には一応の理と論があったがトゥーラの面々は決断を避けた。それはやはりリスクと責任の大きさにある。今ここでアルバートに賛同し攻勢を約束すれば後戻りのできない戦いへと身を投じる事になるのだ。彼らは国の代表ではあるが責任者ではない。それ故に指示を仰ぐ相手を必要としていた。


「分かった。この件に関しては持ち帰ってテーケーに伝える。返事は追って出すよ」


「それでは困る。もう時間がないのだ。今承諾していただかなくては計画が立てれん」


「それはそちらの都合だろう。こっちは何も知らずに巻き込まれてるんだ。そう軽々には判断できんよ」


「……ならば私も同行しよう。テーケー殿に直接話をさせてほしい」


「かまわんがね。ただ、急なものだからもてなしはできんぜ」


「結構。それは祝勝の際の楽しみにさせていただく」


 アルバートの軽口に舌打ちで返し、一行はトゥーラへと戻っていった。彼らが策謀に嵌り滅びの舞踏を踊るまで、もう幾許もないとも知らずに。






 俺は一連の様子を見てなんともいえない気持ちとなった。最初は無茶な裏切りをやるアルバートにどうやって罪をくだしてやろうかと激奮していたのだが、奴の立場や思想を鑑みると生きるために必死で考え実行している事が窺え、同情の念が生まれたのだ。もしトゥーラが彼の策に乗らねばジーキンスに粛清されるどころかバーツィットも滅ぼされていたであろう。また会談において、トゥーラの一団が抱いていた疑念を口にすればそれだけで波紋は広がり、下手をしたらジーキンスとの繋がりを悟られていたかもしれない。それを承知でアルバートは動いていたのだ。その心境たるや尋常の沙汰はなく、恐怖と不安による心臓が潰れかねないストレスを感じていたに違いなかっただろうし、それを押しての陰謀はまさに命がけであった。

 これから起こる惨事と、それにより生じる死者の数はこの異星の歴史に必ず愚劣として刻まれる。だがそれは、一人の人間が生きるために、副次的にではあるかもしれないが国を守るために行ったものである。褒められはしないし軽蔑もするが、それを否定する事を俺はできなかった。




「神とはなんとも無力なものじゃないかジョン」


 溜息まじりにそう言うと、ジョンは薄く笑い答えた。


「ホルストに隕石でも降らせたらどうですか? 一発で片がつきますよ」


 俺は再び深く溜息をついて、異星の成り行きを見守る事とした。

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