身体は闘争を求める3

 トゥーラの人間がバーツィットを訪れ話し合いを開いたのはそれから十日後の事である。この時、テーケーは南方の開拓を優先したため出席には至らず、また、バーツィットの方においてもアルバートが欠席し互いに指導者不在の中で会談を進める事となった。

 会談は長く続いたが双方一点張りの主張を通すのみでラチがあかず平行線を辿るばかりで難航。着地点が定まらぬまままったく非建設的な話し合いは翌日へと持ち越しとなり、トゥーラの使節団はあてがわれた客室にて今後の方針を

話し合うのだった。



「これはいかん。奴ら聞く耳持たんぞ。下手をしたら押し切られて玉砕の輪に連なりかねん」


「話しにもならんかったからな。あの狂気ともいえる強行思想はホルストとは別の意味で危険だ。関係を考えた方がいいかもしれん」


「しかし、ホルストがある以上そうはいかんだろ。せめてあと三年あれば、防衛に関しての憂いはかなり減るんだがな」


「あるいは未だ力がないからこそ、バーツィットはこんな話をふっかけてきたのかもしれん」


「……つまり、寝返る気があると」


「確証は持てないがね。しかし、考えてみればおかしな点も多い」


「例えば?」


「この状況が既に異常だろう。わざわざ俺達が雁首揃えて他国にいるんだ。今トゥーラが襲撃されたら、テーケーしか指揮できる人間がいない。そのテーケーも今は開拓作業中だ。実質防衛隊の独断で動くしかないのは、非常にまずい。まぁ、テーケーに関しては勝手に行動してるんだから、術数が張り巡らされていたとしても想定外だとは思うが」


「ドーシックの突然死も妙な話だ。老衰とはいうが、以前会った際は壮健で、とても六十過ぎた爺さんには見えなかったぞ」


「それにアルバートが欠席なのも解せんな。こちらもテーケーが不在だが、首が変わって初めての会談で顔を見せないなんてあるかな。不可解だ」


 疑念は口々から吐き出され就寝まで尽きる事はなかった。確かに、この時トゥーラに攻め込まれていれば指揮系統に混乱をきたした防衛隊だけでは最低限の守備も怪しいところであった。だが、その場合でもホルスト軍に損害が出る事は避けられず、状況によっては兵力に甚大な影響を及ぼす可能性も捨てきれない。第一、両国の間にある長い大地を考えるとトゥーラを滅ぼしても兵の帰還は難しく、道中に倒れ凱旋が叶わず果てるという事も考えられる。途中に補給部隊を置いてもいいがそのコストも馬鹿にはならないわけであるからホルストにしてみれば別の策があればそちらを採用するのが自明であり、トゥーラ使節団にしてもその辺りに考えを巡らせるべきだったといえる。

 いずれにしても結論を出しかねた一行はいつの間にか就寝し、バーツィットの者が起こしに来るまで夢見の彼方にいるのだった。あれこれと悩む割に緊張感がない気もするが、眠れるときに眠るというのが彼らの基本的な思考である。それは睡眠ばかりではなく、食事や性交においても等しく一致する価値観であり、地球でいうところのメメントモリにあたる境地にあったともいえる。



「やぶれかぶれでできた国だ。先行きの不安を論じるより、今できる事をやるのがいい」


  UnTwice二度なき今

 建国に携わった人間に共通する理念はそう呼ばれた。


 その理念はまさに犯罪者集団に相応しいものであったが、バーツィットがそこまで楽観的、刹那的にはなれないのは自然である。

 その日、朝一から開かれた会議にはアルバートが出席し、昨日欠席した非礼の詫びとテーケー不在の失意を述べた後に次のように語った。


「この先、どれほどの民がホルストによって殺されるか分からん。であれば、何をやろうとも犠牲が少なくなる道を選ぶのが道理ではなかろうか」


 無論、トゥーラの人間には決意表明として聞こえた。だが、顛末を知る者からすればそれは自分に言い聞かせるような発言であり、更にいえば自己弁護の類と取られても仕方のない台詞であったといえる。しかし彼もまた一国の代表としてホルストの脅威に対抗する必要があった。ドーシックの命を売り渡し自らの保身を乞うた姿勢は死後地獄に落ちても文句の言えぬ所業であるし、露見すれば万事に値するのは当然であるが、そうさせたのは将来への憂いが拭えなかったからに他ならない。自分を含めて戦闘ができない人間が多数を占めるバーツィットにおいて如何に強大なホルストと戦うのか。ビジョンがまるで見えていなかったのだ。

 アルバートはその事を何度かドーシックに相談していたが返ってくる言葉は「先の事は分からん」であった。彼がもう少し真剣にアルバートの進言に耳を傾けていれば、自身とトゥーラの寿命が僅かにでも延びていたかもしれない。




「とはいえ、俺達とバーツィットが挙兵したところでホルストの足元にも及ばんだろう。数はおよそ八倍。予備兵力をいれれば十倍はくだらぬだろうし、なにより練度が違いすぎる。国を放棄してゲリラ戦でもやるならまだ勝機はあるかもしれんが、その場合多くの非戦闘員を見殺しにするか野垂れ死にさせなきゃならん。いずれにせよ今奴らと事を構えるという選択肢はウチにはない。悪いがこれは決定事項だ。長々と話しているのも互いに時間の無駄だから、俺達は帰らせていただく」



 ハッキリと拒絶の姿勢を示したのはテーケーを大将と言って敬愛する者であった。

 彼は殺人の容疑で低奴に落とされていたのであるが、それは白昼に乱心を起こした拳士の一人を止めた際、力の加減を誤って首をへし折ってしまった事が原因である。如何に不可抗力とはいえ拳士を殺したとあっては罰を免れず、死罪こそ言い渡されなかったが遠方開拓団として強制労働を強いられていたというわけであった。


「俺達は元々犯罪者の集まりだが好き勝手に暴れたいわけじゃない。多くが賢士の特権によって尊厳と人格を剥奪された人間だ。それがやっと自由の身となって小さいながらも国を作れるようになったんだ。それをぶち壊したくはないし、ぶち壊そうとする奴らは絶対に許さない。アルバートさん。あんたが何を考えているのか知らんが、勝手に俺達を自分の破滅願望に殉じる計画に組み込まんでいただきたい」


 男が言い終えると、トゥーラの一団は席を立ち会議から抜けようとした。この悶着は示し合わせたものではなかったが皆の相違であり、男が言わねば他の誰かがその役を買っていたに違いなかった。そして、誰が言ったとしても、アルバートの次の言葉の前に身を翻したのもまた、疑いようがなかった。


「待ちなさい。必勝の策があるのです」


 

 一度は背を向けたアルバートの方を向き直す。この時に聞く耳を持たずバーツィットを去っていれば、彼らは故郷を失わずにすんだかもしれない。

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