身体は闘争を求める2

 ドーシックの嘆願書は難なく円滑に七賢人の元に届けられ緊急の会議が開かれたのだが、それを読んだある者は冷笑を浮かべ、ある者は爆笑に腹を抱え、またある者は、仏頂面を下げて無感情に頬杖をつくといった様子であり書かれた内容にていて真面目に論じる人間は皆無に等しい有様であったが、ジーキンスの咳払いにより会議は厳粛さを取り戻し、ようやくまともに発言できる状態となったのだった。


「どうしたものですかな」


「どうしたも何もないでしょう。わざわざ向こうから死ににきてくれるというんです。部隊を本部へ集中させ、守りを固めれば済む話」


「額面通りに受けとるならば確かにそれでいいかもしれない。しかし、わざわざこんな馬鹿みたいな宣言を寄越してきたのですから、罠の可能性も考えるべきではありませんか。こちらが兵を中央に集めた隙に、領土の奪取を目論んでいるのかも」


「それは無益な事ですな。バーツィットは地形、トゥーラは距離の問題で落とせずにいるのに、わざわざ無防備な領地を拡大して犠牲者を増やすような真似をするでしょうか。メリットがあまり思いつきません」


「逆にそれが目的かもしれませんよ。不満分子や反逆の恐れがある者を一挙に集め、我々に処分させる気かもしれません」


「それは考えられる。なにせドーシックは昔から理想ばかり見て現実からは目を背ける癖がありましたからな。出奔してから二十年経過しましたが、奴の根本が正されるとも思えません。どうにもならず、建前だけ立派に飾りつけた政治の真似事という低度な有様の落とし前をつけようとしているというのも十分考えられましょう」


「確かに」


「一理ある」


「しかし、思惑はどうであれ対処せねばならぬでしょう。いかがですかジーキンス。お考えあれば、お聞かせ願いたい」


 煮詰まらぬ話し合いにおいて賢士の一人が伺いを立て、七賢人一同の視線がジーキンスに移ると、彼は不敵に笑い、こう答えた。


「まずはトゥーラを討つ。全軍を持ってな」


 それは皆の想像する発言のいずれにも該当しなかった。七賢人は、にわかにざわめく。


「攻めるならばより易い方がいい。トゥーラは遠方にあるとはいえ道は安泰。補給線さえ維持すれば攻略は容易かろう」


「しかし、全軍を挙げてとなる本部防衛が……」


「それは任せておけ。バーツィットは問題ない」


 ジーキンスはそう断言したが、賢士は一様に承服できぬといった顔を作る。


「問題ないでは納得しかねますな。具体的な説明を求めます」


 ジーキンスに最初に伺った賢士が追及すると、ジーキンスは更に口角を上げ、話を続けた。


「よかろう。では、まず諸君らが知らぬ情報を教えよう。ドーシックの事だが、奴は死んだそうだ」


 再び起こる騒めき。「信じられない」とか「馬鹿な」といった言葉が飛び交う。


「馬鹿な……そんな報せをどうやって……いや、そんな事はどうでもいい。奴が死んだからといって、こちらが有利に戦えるわけでもないでしょう」


「そうだ。指導者がいなくなったとはいえ敵対国そのものが消滅したわけではない。別の者が率いる以上は、いや、だからこそこ、蛮勇無謀な玉砕戦法を警戒せねばないのではありませんか」


「そうだな。それだけであれば、その通りだ」


 含みのある言葉に、賢士は食いつく。


「……それだけではないと」


「そうだとも。では何が起きているか。それを諸君らに教えてやろう。この書簡が果たして何を意味しているのかという事をな……」


 ジーキンスは七賢人の前で次の事を述べた。

 実は彼はバーツィットに逃げ延びた上級国民と内通しており、生命と身分の保証を条件にドーシックを毒を盛るよう指示したのだ。

 暗殺は成功し、ドーシックは老衰死亡したと発表。また、自分が新たな指導者となる事を国民に報せた。この時ドーシックは齢七十近くであり、人々が虚偽の報告疑いを持つ事はなかった。

 新たなる指導者の名はアルバートといって、殊更才もなければ気骨もなく、誰かの言いなりにならねば生きてゆく道すら歩めぬような意思薄弱者であったが、自分を動かす言を発する人間を探す嗅覚に関しては一角の能力があったといえよう。アルバートはかつて懇意にしていた賢士と密談し金と密書を渡した。密書はジーキンスに宛てたものであり、どうか自分を上手く使ってくれとの旨が記されていたのだった。


 ジーキンスはそんなアルバートを利用し、先に述べた通りドーシックを毒殺。更に、勝手にトゥーラとの共闘を伝える宣戦布告文を出させたのである。

 これには二つの理由があり、まず一つはバーツィットにおけるアルバートの立場を強固にせねばならなかった事。先代指導者であるドーシックが死んだ直後に軟化した政策を打ち出せば非難は必定である。故に、民心を間接的にコントロールさせるためにも、強硬姿勢を取らせるのは必須であった。

 二つ目はジーキンスがトゥーラの征服に力を入れたがっていたためである。ホルストはその痩せた土壌から年々食料事情が厳しくなっているにも関わらず、軍国化に伴いその消費量は増え続けていた。それをトゥーラの豊穣なる土壌を手にし解決を図ろうという魂胆があったのである。




「以上だ。ちなみにバーツィットはトゥーラを滅ぼした後に講和をさせホルストの属国とし、一部の住人をトゥーラの農奴とする。まぁ、身の安全とそれなりの環境は用意してやるがね」


 騒めきは静寂へと変わったが、一同がジーキンスに目を向けるのは変わらなかった。しかしその視線は畏怖に近く、同族というより神格を、いや、妖怪を見るような面持ちであった。


「質問がないなら打ち切るが」


「一つ。トゥーラ討伐の策はあるのか」


「万事抜かりない。その点は任せてもらう」


「分かった。それは信じよう。今一つ。滅ぼした後、トゥーラの国民はどうする?」


 この問いは人権意識から生じたものではなかったが、ジーキンスの返答により、一部の七賢人に道義の発芽を促すものとなる。


「殺すなり苦しめるなり何かに使うなり、好きにしたらいい。どの道あれらは底奴だ。我々には好きに扱っていい権利があるし、奴らにしてもそうなる以外に価値も意味もない。一生。いや、奴らの子孫まで未来永劫我々の道具として存在する物なのだから、二度と反旗を翻すような真似をせぬよう教育してやればいいのだ」


 その冷酷かつ選民的な言葉に他の賢士達は息を呑み、もはや妖怪の姿を仰ぐ事もできなくなっていた。





 一方で巻き込まれたトゥーラにもアルバートから参戦の要請が届き(酒宴での迂闊な言動を根拠とした旨も含まれている)同様を隠せずにいた。両国間ではホルストを迂回する形でルートが開かれ妥当ホルストを旗として協力関係にはあったが、あまりに急な報に態度を決めかねるといった様子であった。近いうちに遠交近攻を取り戦闘の態勢を整えるという話こそしたにせよ、いきなり一大攻勢をかけるなどまったく寝耳に水だったからである。


「冗談じゃない! ふざけるなと添えて送り返せ!」


「とはいえここでバーツィットの意に反するのはどうだろうか。今、ホルストが攻めてこないのは二正面作戦を避けたいからだろう。ただ被害を出したくないから戦わないだけで、今日までギリギリの線を保ってきた。が、もしここでバーツィットを無視して奴らが暴発したら十中十で負ける。それも速やかにだ。その間隙をついてホルストに攻めてもダメージを与えるだけで勝てはしない。つまり、皆死ぬ」


「だからといって今共同戦線を張っても勝てんだろう。時期尚早もはなはだしい」


「だから一旦同意する振りを見せ、話し合いに持ち込む。奴らだって大方ドーシックの死に酔っているだけで本気で勝てるとは思っていまい。一度正気に戻してやればいいのさ」


 様々な意見が交わされる中で、誰かが「大将テーケーの意見を聞こう」と言って皆は同意した。話し合いの場、先まで押し黙り鎮座していたテーケーは、一同の視線が集まるとゆっくり頷き、口を開くのだった。


「それより、南方開拓の件なのだが……」


 満場一致の溜息が起こる。

 残念ながら、テーケーは政治などに興味を持っていなかったのだ。


「ひとまず、バーツィットの、アルバートとやらと話し合いをしよう」


「それしかないな」


 トゥーラの方針は決まった。その後、テーケーが何かを言おうとしたが、結局口を噤み一人南方へと向かうのだった。

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