身体は闘争を求める1
俺は激怒していた。
二十年もの月日が経ったのにも関わらず、なおも蛮行極まりないホルストの人狩りが続いているのが全く許せなかったのだ。軍国化が実現し、より過熱する暴力的手段をどうして許せるものか。俺は蛮族のため人作りに精を出したわけではないというのに。
またそれだけではない。トゥーラ、バーツィットとの国境沿い(明確な境目があるわけではないが)で散発する小競り合いにより少なくない死者が出ているのである。ホルストは逃亡者を許さず、また、既に脱した人間への制裁を決定し、兵を派遣して攻める機会を窺っているのであった。つまりは戦争の影がもうすぐそこまできていて、しかも誰もがそれを止めようとしないのだ。
いったいどうして、皆こぞって、如何なる理由において人間同士で争わねばならぬのか皆目分からずも俺は考え続け、とうとう人間のエゴイズムによるものだろういう結論に帰結しその浅慮かつ狭量な身勝手思考にほとほと嫌気がさした。どいつもこいつも救い難い。暴力など百害あって一理なしというのに。
「どいつもこいつも! そんなに戦争がしたいか!」
怒りゲームマックスとなり元バウバウこと(そろそろ飽きてきたので
「動物なんてものはそんなものでしょう。戦いは止められません。例え戦争がなくなっても別の形で争う。地球ではオリンピックやらワールドカップなんかが代理戦争などと呼ばれていましたが、暴力の代替以外になんと説明できましょうか。つまり、やはり生物は根本的に血に飢えているのです。それを否定しようとしても、あらゆる論舌をもってしても納得のいく答えは出ないでしょう。これは
生物だから争うのだという理由には説得力がある。以前にも聞いたが、やはり反論しようがない。しかし俺は、それでもそんな考え方は気に入らない。そこで一つ、ジョンに舌戦(争いを否定するために争うとはとんだジレンマであるが)を挑んでみる事にした。
「貴様の言う、争いを求める遺伝子というやつか。だが俺は今反証を思いついたぞ。生物は痛みや苦しみを忌避し、可能な限り楽をするようできている。もし本当に遺伝子が闘争を求めているのであれば、それは矛盾した機能ではないか?」
「石田さん。動物というのはですね。困難から逃げるために在らん限りの力を発揮するものなのですよ。命ある者は窮地に立たされた時にこそ本当に生きようとする。空腹、飢え、権利、尊厳、宗教。争う原因は多様ですが、いずれにしたって死に物狂いの様相を見せるでしょう。この戦う意識こそが本質。魂の在りどころなのです。血の根底にある意識を発芽させるために人は辛苦を得る機能を備えているといってもいいでしょう」
「……その説が本当だとしたら、弱者は何のために存在するのだ。生物には戦えない個体も多く存在する。そうした命は、単なる強者に搾取されるためだけに生を受けたというのか」
「戦う意思に強弱はありません。あるのは能力としての局地的な優劣です。それは環境や時代によって変化、あるいは進化する類のものでありますから、一概に論ずる事はできませんね」
「では先天的な身体欠落や白痴などはどう説明する。そうした生物はそもそも戦う機能が不全である場合が多いと思うが」
「そうしたもの達も戦っているでしょう。取り巻く環境や自分自身と」
「詭弁だそんなものは。そもそも、貴様の説はあくまで生存競争に則したものだろう。そんな曖昧な答えは破綻していると認めているようなものではないか」
「確かに。しかし、私の説ならば障害を持った個体であっても平等な生存理由は提示できます。全ての生物は、何者かと戦うために存在していると。戦う価値があると」
「……ヘミングウェイは嫌いだな」
「まぁ、ニート生活していた石田さんにこの手の啓発は水と油でしょうな」
「うるさい!」
煙に巻かれ舌戦は終了。結局論破は叶わなかった。
だが争いなどない方がいいに決まっている。なぜ他人から不要に心身を傷をつけられなければならないのか。傷つけねばならぬのか。世の中には戦えない者。逃げる事しかできない者も大勢いるのだ。それを考えれば、「生物は戦うために生まれる」などという暴論を支持する事はやはりできない。確かに俺は異星において説得力のある現実を目の当たりにし諦観していたが、同時に暴力によって虐げられる存在も多く見てきた。それら鑑みれば、とても戦えなどといえないし思えない。人は平等に幸福になる権利があるのだ。それは争いが義務付けられたようなものではなく、様々な価値観を内包する混沌的なものでなくてはならない。
※追記
異星の結末を見て、幾らかこの考えは揺らいだ。しかし、それでも俺は闘争を否定したい。どうして誰かのために誰かが傷つかなくてはならないのか。そんなものは間違っている。俺は苦しみも痛みも欲しくはない。俺以外も、きっとそう思っているだろう。遺伝子の声など糞食らえだ。
「ところでホルストの軍国化にバーツィットが意見書を送ったようですよ」
一間を置き、ジョンは話しを端末を見ながらそう言った。
「……あそこもあそこで極端な思想してるから好きではないんだが、まぁカウンターとしては有用か。なんと書いてあるんだ」
「聞かない方がいいと私は考えますが」
「どうせ後で分かるんだ。なら早い方がいい。早く教えろ」
「はぁ……では、読ませていただきます」
我が古き故郷に住む者へ。
暴力を組織化させ、また国民を虐げると聞いたが誠だろうか。
嘘ならいい。しかし、もし真実であれば即刻取りやめる事を要求する。
これよりは諸君らが悪道を進んだと仮定して記す。誤っているのであれば読むのをやめ、直ちにその旨伝えていただきたい。
よろしいだろうか。それでは続ける。
これ以上罪なき人々を苦しめてなんとするか。国は民によってたっているという事がなぜ分からない。諸君らは自らの手で首を絞めているに等しい。一と時の虚栄に溺れては先にある永劫の栄華を逃すと、賢明なる諸君ならば分かるはずであろう。ホルストを脱した私が述べるのもおかしな話であるが、どうか民を想い、無闇な暴力と流血は避けてほしい。これは私個人と私達が築いたバーツィットの民一丸の願いであり、陳情である。
「……なんだ。存外まともな事を書いているじゃないか」
「まだ続きがあります」
もしこの嘆願が聞き届けられなければ、バーツィットはトゥーラと手を組み大群を持ってして無慈悲な攻撃を加えるだろう。全てを撃滅し、ジーキンスを筆頭とした邪智暴虐なる七賢人ども粛清し、その血によって民の慰みとする。三十日待つ故、心して答えを出すようお願い申し上げる。
「……」
「以上です」
「……」
言葉が出るまで時間がかかった。ドーシックが何をいっているのか理解するには、少しばかり偏執のエッセンスを思考に取り入れる必要があったからだ。
「……ジョンよ」
「なんでしょうか」
「これはひょっとして、宣戦布告ではないか?」
「ひょっとしなくとも、declaration of warです」
「そうか。馬鹿かあいつら?」
「まぁ、いくら二国同盟をしたところで、数の上では話にならんでしょうな」
ホルストは確かに衰退している。しかし、十年二十年でできた小国が相手をできるほど脆弱ではない。しかも軍国化も果たし、いよいよ戦いのためだけにある国へと完成しつつあるのだ。それを捕まえて宣戦布告などするとは狂気の沙汰ではないか。
「また、トゥーラは同盟の話など知らないそうで」
「……なんで?」
「昨日二国間で開かれた会談の夜、晩餐会の中で酒に酔ったトゥーラ代表の一人がドーシックに、ホルストにカチコミ入れるんで夜露死苦。などと口走っていたのですが、それを言質とする模様です。事後報告で」
「そっか。そんな事しちゃうだ。あいつら」
「はい。そのようです」
「……頭が痛い」
「頭痛薬をお飲みになりますか?」
俺は「頼む」と言って、差し出された鎮痛剤をエナジードリンクで飲み下し解決方法を探ったが、直接介入する以外に思い付かず、断腸の思いで先行きを見守る事とした。起こる凄惨を止められずに何が神かと自己嫌悪するも、それは頭痛の種を増やすばかりの無益な思想にしかならなかった。もはや溜息しか出ない。
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