ヤツベ文明・グラマ文明2

 港には七賢人の内三人が視察として赴いていた。それぞれ、財務と防衛と尚書を担当している者達である。新型漁船の試験航海という建前上、これは避けられぬ事態であった。


 三者は三様の面持ちであり、財務担当は眉間に皺を寄せ、防衛担当は感嘆し、尚書は両者の顔を伺いながら無表情である。

 財務と尚書はともかく防衛責任者が顔を出しているのはチェーンの発案に端を発する。


「披露の際、設置した武装はどうしても隠せないから、海上からの警備も兼ねた設計という事にしておいた。これで弓や火炎放射器が見つかっても、怪しまれんだろう」


 思惑通り、賢士を始めとして視察に赴いた人間は誰一人としてその過剰装備に疑いを持つ者はいなかった。誰もが賢士が人を連れて八隻もの新型船で逃走するという考えなどに至らなかったのである。このままいけばめでたく逃走。肩透かしするほどあっさりな成功となるところであったが、そう上手くもいかない。チェーンとバグの出港を見送った後、ただちに視察船がその後ろを追うからである。

 予定外だったのは視察船の数が十六隻とチェーン達の二倍だった事。これはもしもに備えたというわけではなく、防衛に使うとあればその様子を見なければならぬと管理する賢士がわざわざ連れてきたためであった。不審を招かぬように回した手であったがどうやら方便がの内容が魅力的過ぎたらしく、普段ニヒルを崩さないチェーンも隠れて舌打ちを鳴らした。


「新型船。問題なく進んでおります」


「良好のようだな。よし。我々も出るか」


「……」


 賢士達の間には明確な温度差が生じていたが当人達より部下がギクシャクとしやや動きに遅れがあったが、カリム率いる防衛小隊だけは迅速かつ的確に出港した。

 

「お偉方の気紛れもいい加減にしてほしいね」


 カリムは溜息と共に大いに落胆し部下に愚痴を零した。


「海に出たら、そのまま逃げるってのはどうです?」


「……いい考えだが、突発的にやるとしたら無謀だね。ただ、保留しておく」


 彼女は下級国民であったが多大な戦果により小隊を任されていたのだが、内心では権威主義のホルストを嫌悪しており逃げる機会を窺っていた。


「もしかしたら、あいつら逃げるつもりなんじゃないか?」


 そう言ってカリムはチェーンとバグの船団を顎で刺した


「まさか……お二人とも賢士ですよ?」


「どうかね。ホルストだって一枚岩じゃないんだ。上の奴らだって、不満はあるだろう」


「はぁ……」


「まぁなんにせよ、私らは私らの仕事をしよう。ただ、船員に伝えておけ。戦闘になったら敵は私が決めるってな」


「了解しました」



 こうして、様々な思惑の中八隻と十六隻の大船団は出航し、折り返し地点まで難なく到着。予定ではここで賢士と一部上級国民を招いた会議と昼食のはずであった。


「些か計画が狂ったが問題はない、やるか」


 不敵な笑みを浮かべたチェーンは鏑矢を撃たせた。それは開戦の合図。風切音を聞いた全隻の攻撃部隊が一斉に視察船に狙いを定める。


「なんだこれは」


 狼狽るホルストの船員をよそに、二度にたび鏑矢が撃たれた。始まる総攻撃。四方からの射撃は船員数名に血の花を探す。


「な、なんだこれは! おい! 即刻やめさせろ!」


 粗を探して生産の主導権を握ろうと殊更近くで見ていた財務担当者から間抜けな命が発せられるもどうしようもない。狩られるものと狩るものが明確に分かれたダックハントの様相である。





「どういたしましょう。このまま乗り込み、船を拿捕して必要物資などを奪いますか?」


 部下の一人がそう問うと、チェーンは嫌味に鼻を鳴らして答える。


「どうせ使えるものなど積んではおるまい。それより、新兵器の試し撃ちといこう。火炎放射器を準備させるのだ」


「かしこまりました」


 少々の間を置き、海辺に灼熱の柱が立った。その火炎に触れた船は引火しキシキシと音を立てながら延焼。轟沈。海に逃げ惑う船員は矢の的となり、青き海が朱に穢れていく。


「やりました! 撃墜です」


 歓喜に沸く船員だが、チェーンはそれを一瞥し興奮を静める。


「敵はまだ十五隻残っている。それも御大層に防衛隊まで連れてだ。各船に伝令。全員での離脱は不可能とし、計画を第二案に切り替える。我が船は攻撃部隊を率いて陣形を編成。バグの指揮する船団を逃す」


 

 ホルスト側は財務担当の船以外後方に回り様子を見ていたが、味方船が沈むのを見てすぐさまチェーンの方へと向ってくる。その動きは明らかに敵愾心を持っていた。


「まったく、これは恐らく人類史初の海戦なのだろうが、戦力差があり過ぎるな」


 二人の船団で戦える船は僅か五隻。他は全て、非戦闘員と補給物資の運搬用である。そのため、もしホルストと一戦交える事となった場合どうするか、チェーンとホルストは予め決めておいたのだった。





「俺が残る。国起こしなど、俺にはできんか、な」


 当然だと言わんばかりにバグがそう言った。しかし、チェーンはそれにかぶりを振って言葉を返す。


「なぁバグ。俺は、確かにお前より政治ができるかもしれん。しかし、それが何だと言うのだ。頭を使う事は誰にでもできる。しかし、お前について来た人間は俺より多いし、お前の方が誠実だ」


「……」


「国は信義によって立つ。いや、立たねばならない。その点俺はそこに劣る。新しく国を作るのであるとすれば、お前が旗印となった方が適任だ」


「しかし!」


 感情を抑えきれないバグが声を上げるのをチェーンは制した。


「なぁバグ。俺は元々兵士希望だったんだ。それが身分なんかがあるせいでつまらぬ裏方仕事をやるはめになった。それに、仮に願い叶って戦陣に身を投じたとしても相手は脱走者ばかりだっただろう。俺はそんな情けない戦いをしたいんじゃない。昔に祖母の家で読んだ戦術論を強力な敵に対して試したいんだ。そのチャンスが奇しくも今やってきた。やらせてはくれんか」


「戦うチャンスなど、国を立てた後にいくらでもあるだろう。準備をして、ホルストの連中と戦えばいい」


「国ができればそれもいい。だが、目下の課題はその国を作るためにどうするかだ。無論、いけるなら二人で海を渡るさ。しかし、相手がそれを阻むのであれば全滅の可能性を少しでも低くしなければならんだろう」


「……」


 バグはチェーンの提案に従うざるを得なかった。チェーンが一度言い出したら聞かないのを知っていたし、何より、敵と戦ってみたいと述べた言葉が、彼の本心であると見抜いてしまったからだと思う。





「よし。やるか」


 こうしてチェーンの言う通り異星初の海上戦闘が展開されるのだった。数の差は三倍。チェーンの不利は揺るぎなかったが、彼は不敵に笑い、目下の敵を見据えていた。

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