ヤツベ文明・グラマ文明1
逃亡者の中には海を渡る決断をしたものもいた。チェーンとバグの二人が率いる集団が、新規造船した見事なガレオンで新天地を目指したのだ。
技術革新が著しいこの時代、人間はようやく、アミストラルピテクスがムリランド脱出に使った以上の船を建造できるまでになった。とはいえそんなもの、技術水準の上では可能だが、海外遠征も開戦も想定していないホルストには無用の長物である。それをなんとか誤魔化して用立てた二人の大胆さと太々しさといったらない。
彼らが用意した船は表向きは新開発した漁船という事になっていたが、精密射撃を行える固定弓台や大砲。それに、ミキノスが作り出したプルガトリウムに搭載された以上の性能を持つ火炎放射器まで設えている始末。船内においても武器弾薬と食料を詰め込む備蓄庫が広く取られており完全に戦闘艦としての造。これだけの大仕掛けがどうしてバレずにいられたかといえば、チェーンもバグも親友同士の賢士であり、かつ、漁業と建造物の管轄は彼らが指揮を取っていたからである。
「この国、長くはないな。どこぞに落ち延びるか」
「とはいえどこに。ドーシックの所には我ら賢士は拒絶されるだろうし、テーケーとかいう元低奴が作った集落にしても、俺達は招かれざる客であろう」
先に口を開いたのがチェーン。応えたのがバグである。
チェーンは建築、建造物の計画と生産管理を任されていた。有能であったが猛禽の類いと揶揄されるような野心家かつ反抗的な性格なため賢士内部で煙たがられており、実は彼から賢士の位を剥奪し中級国民へて貶めたらどうかとの案すらあったが、希有なる才気と指導力に加え、下流に落としたらそれこそ何をするか分からないという事で、役職という鎖を繋げられていたのである。
一方バグは品行方正かつ公平な為人であったが潔癖が過ぎるところもあり、チェーンと同じく才覚ありながら賢士から疎まれている存在であった。彼は農業漁業狩猟物の管理を担当しており、農地から港まで等しく彼の庭であった。
タイプは違うが両者とも市民から人気があった。それは彼らが差別を良しとしない事と、ドーシックのような理想論を語らず、まだ現実的な判断と行動を伴うからである。
「ないなら作ればいい。それが、俺達人間に許された創造さ」
「なるほど。お前の言う事には一理ある。しかし、今、ホルストは脱走者を許さぬ態勢。運良く出られても、すぐに追手が来るぞ」
二人が脱走を企てている頃、既にテーケーとドーシックの作る集落は露見しておりホルストから人口の流出が一段と多くなっていた。それを危惧したジーキンスは脱走者を厳しく取り締まる傍らで、着々と征服に乗り出すための兵を用立てていたわけだが、そのために派遣していた開拓者達を呼び出し、また、市民には幾つかの地域を放棄させて中央に人口を集中させていた。そうして反体制派の人間を打ち取った者に恩賞を与え、テーケーとドーシックを捕らえた者、首をもってきた者には多大な報酬と賢士の身分を保証したのであった。結果としてホルストの機能は停滞。皆、こぞって脱走者を捕縛する事に躍起となり、暴動こそ治ったものの極めて不健全な状態となっていた。
「そうだ。だから、軽々には追ってはこれんところへ逃げる」
「どこだそれは」
「海」
「……海?」
「そう。海だ。俺達の先祖は、はるか水平線の向こうから、わざわざこの大陸にやってきたと聞く。それに倣い、俺達もこの亡国に舵を切るホルストを捨てて新天地を探すのだ」
「なるほど。とはいえ、上手くいくかな」
「いかせるさ。俺とお前なら、できるだろうよ」
「……それもそうだな。斜陽に傾くホルストの連中など、恐れる事はない」
「……人が人を遇するには、遇する方にそれなりの器量がいる。ジーキンスにしろ他の七賢人にしろ、奴らにはそれがないのさ。俺とお前。もしくは片方だけにでも国政をやらせていれば、こうまでホルストが落ちる事はなかったろうよ」
「俺はともかく、お前の才を捨て置く奴には確かに見る目がない。グレートワンスとその傀儡に成り下がった奴らなどによって成り立つ国など風前の灯火だと分からんのだ」
事実、彼らのうちいずれかが政治を行うようになればホルストもまだ復興する芽が摘まれる事はなかっただろう。だが賢士と上級国民の多くは改革など望んでいなかったし、自分達の立場が危ぶまれるような選択は決してしなかった。長期的に見れば、その選択こそが身を滅ぼすという事もわからずに。
「そうと決まれば船を造ろう。俺は港を用意するか、造船は任せた」
「任された。では、互いになすべき事をしよう」
二人はまったく迅速に逃亡用の船を用意した。それも八隻もである。これは二人の声に呼応し参加する人間が予想以上に多く集まったためで、急遽予定を変更して船団を率いる事になったのだった。数の増加は企ててが露見する可能性が高くなりリスキーであったが、「どうせ逃げるのであればできるだけ大群でどうどうと出て行くのがよかろう」とチェーンが了解しこの大所帯が完成したのである。実のところこの開き直り的な発想が逆に疑惑を霞ませ、賢士たちを新造船の試作量産でもしているのだろうと思案を誘導したのであった。一隻だけであれば自然と目を引き疑いが生まれるものだが、それが幾つかあれば、まさかこんなに大胆に置いたものに乗って逃げようとまず思えないだろう。おまけにチェーンは他の賢士より弁が立つ。言いくるめられるのを嫌って追求する者は少ない。ギャンブルではあったが、分は悪くなかった。
そうして、出港の日まで外部に漏れる事はなく、船団はとうとう、新型漁船の試験運用という名目で大海を渡るのだった。
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