リャンバ文明
テーケーはホルストの低奴であった。
道端に捨てられていた赤子が拾われ、出自不明として処理されたのが彼である。
ホルストの定めにより身分は最下層であったテーケーだがその能力はすこぶる高く、低奴でありながら数学と工学に富んでいた。もっとも、これは開拓現場での作業により必要となったためであるが。
テーケーの非凡は父親に所以する。実はこのテーケー。とある賢士の血を宿していたのである。
「子ができたら殺して捨てよ」
それはテーケーの母親が賢士にかけられた言葉である。彼女は下級国民であり学も教養も身につける事を許されなかったが、そうした後天的な素養では培えない天性の愛嬌と爛漫さがあった。世界。時代に問わず、野に咲く花を摘む習性が権力者にはある。異星においても例外はなく、テーケーの母は賢士の慰みものとされ辱めを受けたのであるが、その時、運よくといっていいのか悪いのかは分からないが、孕んだ子がテーケーである。
母親はテーケーを生み、涙とともにウピロダ川に流した。賢士の言う通りせんと一度は我が子の首に手をかけたが、殺せなかった。母の愛もまた、万界万時不変なのである。
だが賢士の言に背いたとあっては一族はおろか彼女が住む村すべてが低奴に落とされかねない。故に、彼女は断腸の思いで我が子を大河の流れに任せ、今生の別れを惜しんだのであった。
川に流されたテーケーは釣りをしていた上級国民に拾われ宮営の孤児院で育てられた後、低奴の身となり河川開拓団としてウピロダ川の流れに沿って道や入津を建築していった。そこは犯罪を犯した低奴の懲罰場的な、肉体労働の中でも取り分け過酷な現場であり、良識的な人物が見れば眉を潜め
「それならいっそ、逃げて自分でホルストを作ったらどうだ」
休憩の際に労働者がテーケーに向けた言葉である。
無論これは冗談で出た軽口であったが、自身の欲望を的確に突いた金言はテーケーに大いなる感銘を与え、(写真のない世界において適切な言葉かどうかは分からぬが)昼夜問わず独立の青写真を描くようになる。自分の手であの城を、この国を作り上げていくというのはどれだけ自分に興奮を与えてくれるのかと昂るのだった。
だが彼にはそれが許されていない。
与えられた仕事をする今のままでは、誰かが決めた設計に沿って作る事しかできない。
ここでテーケーはようやく身分の枷を実感する。そういえば自由がないなと、当たり前の不自由を、今更ながらに不憫に思うのだった。
逃げるか。
テーケーはそう決意した。殊更待遇に不満があったわけではないが、自由と創造という美酒の魅力に抗えず、彼は身分からの解放を欲したのだ。
「一緒に逃げよう」
宿舎の中でテーケーがそう言うと皆その意見に賛同し、辺りに火をつけ開拓に使用する道具をかっぱらいウピロダ川をくだっていったのだった。元は犯罪者の集まりである。ならず者はかくあるべしと皆短絡的な楽天思考でテーケーの提案に乗ったのだった。流浪の旅団の結成である。
テーケー達は大陸を当てもなく進んだ。ホルストから距離を取りたかったのと、拠点とするのに適切な地盤の土地を探す必要があったのだ。ゴールの見えない遠征は長く険しい道のりであったが、彼らは二年の歳月を経てようやく条件を満たす土地を見つける事ができた。広大な盆地に豊かな土壌。森林豊富で鉱脈も要する好条件な地域。テーケー達はここを新天地として開拓を始めた。誰のためでもない、自分達のために。
進捗は順調だった。
田畑を耕し、窯を構え、鉄を叩き、土を焼き、家を建て、井戸を掘り、道を舗装し、村ができた。十数人が住まうのであれば問題のない規模の居住区は彼らがかつていた環境よりもはるかに快適であり、それだけでも逃走した価値があるといっても過言ではないように思えた。
しかしテーケーの求めたものはそんな安穏な生活ではなかった。彼が作りたいもの。築きたいものは、広く雄大で、無限に続く大地を有する、遥かなホルストだった。
「大将がやりたいなら付き合うか」
テーケーが依然として発展させていきたいと告げた時、旅団の仲間は一様に首を縦に振って和かに笑った。
そうして村は街に、町は国へと発展を遂げていくわけであるが、その間にテーケーは小さな洞窟を見つける。そこには見た事のない文字や描が刻まれた壁画と、無数の石盤が貯蔵されていた。この謎の遺跡は俺も気になったのでバウバウに聞いてみたところ、どうやら自動生成されるユニークオブジェクトだという事が分かった。「なんだそうか」と、俺はそれだけで終わらせたのだが、なんとテーケーは遺跡に書かれている文字を解読してしまったのである。
彼が言うには遺跡はここいら一帯を説明した地図であり、ホルストのある辺りをリャンツボ。テーケー達が開拓を行なっている辺りをリャンバと名付けられているとの事であった。
「リャンツボはまだまだまだ広く、ウピロダ川の先の先まであるらしい。俺は、そこまで、いや、それ以上まで、領土を広げたい」
当時、テーケーのその言葉は誰もが間に受けなかったが、数十年の年月を経て実現する。これが後に虹の郡都トゥーラと呼ばれる大陸最大規模の連合国家誕生の序章である。
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