リャンツボ文明
アミークスの消えた大陸においてアミストラルピテクスが繁栄するのは容易であった。
オーパーツじみた要塞や都市は焼失したが知識の累積と持ち前の地頭は健在であり、大陸での生活圏をみるみると、自由に開拓していったのであった。
そしてアミストラルピテクスは別種を産む。体毛など皆無に等しいその種はまさしく、俺が誕生を待ち焦がれた人間であった。
人間はアミストラルピテクスから譲り受けたノウハウと経験と遺伝子により更に躍進し大地を支配していった。こうして異星は野生世界から文明世界へのパラダイムシフトを完了していく。
人間は様々な発明をしていくのだが、その初期においてもっとも目を惹いたのはシャーグウ跡地にできた『ホルスト』である。これはシャーグウと同様、都市の中心に建築されたのだが、その規模はシャーグウとは比較にならず、れっきとした城そのものであった。人間はその城を中心とした地域をそのままホルストと呼ぶようになる。
築城に六年を要したホルスト城はシャーグウ以上の機能を備えた他、象徴として相応しい威風堂々とした佇まいであった。アミークスがいなくなった以上、防衛に重きを置く必要はないように考えられるが(無論野生動物などから守る必要はあったが)、俺は彼らの心理的な揺らぎがこの城を望み、また求めたような気がしてならならない。覇権を握りながらも足元をすくわれ滅びかけた先祖の血が人間に恐れと憂いを生み、それを排斥する何かを作りたかったのではないかと思わずにはいられなかった。
ホルストの発展はめざましく、また急速であり、都市国家ではなく領域国家と呼ぶに相応しい地域を手にしていた。
農業開拓に漁業の本格化。鉱山の発掘や河川整備。数学。天文学。地学。工学の発展。その他、既に確立されていた貨幣経済も益々の洗練を見せ、商売などの資本的価値観も生まれていた。それを統べるのは王ではなく国民選挙で選ばれた七人の代表である。この星の人間は王政をすっ飛ばしいきなり民主制を採用したのだから恐れ入る。とはいえそれは形骸的なものあり、後に記すが、選挙権を持つ者は上澄の一部だけであるため、実質封建社会であるのだが。
ともかくとして異星はいつの間にやら中世へと突入し、目まぐるしく文明、文化の花を咲かせるのであった。
拡大したホルストの領内では至る所にラウンジが設けられ、知識人同士の語り合いが盛んに行われ、あらゆる面において知識の水準が上がり、それを反映させた技術が益々発展させていくのだが、しかし、そのうちに幾つかの問題が発生したのであった。
第一に技術者の不足。
ホルストは加速度的に拡張発展していき広域に領土を増やしていったのだが、その勢いがあまりに怒涛でシームレスなために新規開拓に当たる人員を割けなくなっていた。ホルスト内には一旦開拓をストップし現状の公共事業や交通網に注力したらどうかという声もあったのだが、時の七賢人はフロンティアスピリットを重んじ、結局半ば強行する形で新天地を呑み込む方向に舵を切るのであった。
次に資源不足。
実はホルストの周りには鉱山は少なく森林もそれほど豊でない。
鉱山はともかくとして木々に関してはアミークスが無計画に森林伐採を繰り返した結果でもあるのだが、それを考慮しても些か自然保護の観点から芳しくない開発を続けている。このままではいずれ地滑りや洪水などの大災害が起こりかねないのだが、人間はそれよりも資源の調達について頭を悩ますのであった。
最後に、これが最も愚かな問題なのだが、開発事業において、労働者の人権軽視が実によく見られた。
これは第一に挙げた問題に端を発するもので、端的に述べれば開発の滞りを運用時間によって解消しようという愚策である。そしてそれを執り行うのは、公共開発事業やインフラなどを任された上級国民である。
ホルストの国民には五つの階級があり、賢士、上級、中級、下級、低奴とに分かれている。
賢士は政治を纏める層であり、七賢人もここから排出される。彼らはあらゆる権利を持ち、中級国民以下の生殺与奪すら握る、いわば特権階級である。
上級は主に経済や公共事業を取りまとめる役割を持ち、参政権を持つ。国の頭首たる七賢人は彼らの投票によって決まる。
中級、下級は庶民であり一応区分はされているが実際のところ明確な差はあまりない。現場労働者として働くのがこの層であるためか団結力が強く互いに同じ酒を飲み愚痴を零すような関係性である。しかし中級国民は独立して事業を起こす権利を有しており、その一点のみが下級国民との埋まらぬ差と軋轢を生み出している。下級国民には基本的に衣食住と程度の趣向品を嗜む事しか許されておらず、中には反撥する者もいたが、彼らは押し黙り不自由を甘んじて受けている。それは、下級国民のさらに下、低奴の存在があるからに他ならない。
低奴となるのは犯罪者など社会の枠組みから外れた人間や著しく知能の劣る者。また、孤児など出自不明な人間が落ちる階級の最下層である。彼らにはおよそ人権と呼べるようなものはなく、家畜のように働かされ家畜以下の扱いを受ける。尊厳などなく、その命は羽よりも軽い。この低奴が朝から夜まで、下手をすれば朝から朝まで身を潰しながらホルストの領土を拡大しているのである。そしてこの低奴がいるからこそ、中級、下級民族は多少の理不尽を受け入れているのだ。
当初、ホルストはここまで愚劣ではなかった。知識階級が幅を利かせていたのは事実であるが、まだ命を重んじ、個人に敬意を払っていた。しかし、七賢人にある男が就任した時、全ての歯車が狂い始めたのである。
男は名をジーキンス・フォンド・ホルストといった(フォンドは冠詞であり、賢士はホルストの名を自らに付けている)
ジーキンスは最初に大陸へ辿り着いたアミストラルピテクスの直系の子孫である。その血筋の者は偉大なる挑戦者。グレート・ワンスの末裔として崇められ、賢士の中でも特別な存在であったのだが、ジーキンスは一際傲岸不遜であった。自分以外を全て下郎と断じ、他の流血を何とも思わぬような軽薄な人間性を持っていた。
それだけならまだいいのだが、質の悪い事にジーキンスは大変賢く、また、カリスマめいた悪徳を兼ね揃えていた。賢士を魅了し、上級国民を従わせ、中級、下級国民を抑え込み、低奴という悪夢を作り出した、ホルストの癌といっても差し支えない邪悪が、ジーキンスという男であった。彼こそが格差を良しとした社会の提唱者であり、狂気ともいえる富国政策の発案者なのである。
人間とホルストは確かに発展した。しかし、その実情はアミストラルピテクスがアミークスを使役していた頃と変わりなかった。強者が弱者を虐げる、つまらぬ社会であった。
ただ、虐げられている人間の中に希望を持つ者がいる事は前時代と異なる点であった。人間は支配域を拡大しているとはいえ、大陸は未開の地がまだまだ多い。そこには自由と浪漫があり、また、可能性があった。ある人間は、新たな大地に未来を見出していたのだ。
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