猿人、大地に立つ7

 同胞が殺された報を受けたアミストラルピテクスの怒りは怒髪天を突いた。

 下等種族として見下してきたアミークスにひと泡吹かせられたという事実が彼らの感情を爆発させ、血が昂っていた。


「皆殺しや! 根絶やしにしたる!」


「せやせや! 絶対に許さへん! 三倍や!」


 息巻くアミストラルピテクス達には異様な熱気に包まれていた。種の殲滅。それが彼らの統一された意見である。

 中には一歩退いた発言も見られた。あくまで個体の問題であり、その者だけの処罰が妥当ではないかという極めて真っ当なる異常な提案もなされたのだが、周囲から「一緒や!」との言が飛び、「確かに」と、同調の方へ舵を切ったのだった。


 そして始まる大虐殺。手始めはアミストラルピテクス達の住む場所からから一番近い集落。彼らが初めて到達した、あの集落である。

 住うアミークス達は突如開始された殺戮になす術なく惨殺され、辱めを受けたのだった。


「なんでこんな事するっちゃ! ワシら何もしとらんみやぁ!」


「うっさいボケ! 原罪じゃ!」


 翻訳機のミスか、適当な訳が見つからなかったのか、もしくは本当にそう言ったのか。アミストラルピテクスから原罪という言葉が溢れた。

 言われて見れば確かにアミークスは多くの動物を殺し俗物的な生を送ってきた。これまで発展は数多の犠牲を払い、無限ともいえる骸の上に成り立ったものである。その精算が、ツケが、こうしてやってきたと思えば確かに腑には落ちる気がしないでもない。積み重なった業が自分達に返ってきていると考えれば納得できなくとも理解はできる。しかし、それは……




「まったくつまらぬ事をいいますなぁ。罪だのなんだの都合を付けてまぁ。いやはや、度し難い」


「……そうだな」


 バウバウの軽口に頷く。言いたい事は確かにあるが、言語化するのに難儀したため諦めた。

 生きる事に対して罪が付与するのであれば果たして生物はどうして産まれてこなければならないのか。そんな極めて原始的かつ不毛な疑問が生まれる。答えの出ない、意味のない疑問であるが、二種の争いを見ていると自然と湧き上がってくるのだ。なんとセンチメンタル。情けない。


 


 それよりもアミストラルピテクス達である。

 この一戦を皮切りに、実名ともに二種間の戦争が始まった。とはいっても、最初は一方的な狩りのようなものであり戦況はアミストラルピテクスが俄然優勢。彼らが漂着した地に点在する集落は全て支配しており、アミークスは恐怖により反抗などする者はいなかった。

 男は惨たらしく殺され、女は犯され、子供は奴隷として捕らえられた過酷な労働を強いられた。皆、アミストラルピテクスには逆えず、まさに圧倒的な力で蹂躙し、制圧を完了したのである。


 そのうちに制圧した地においてアミストラルピテクスはそれらを統合し、粗末ながら巨大な都市を築く。そうして周囲には新たに集落を作り、領地を拡大していく施策を行った。都市国家の原型である。

 しかし何故彼らがいきなりそのような真似をしたか。都市の形成は防御の形。何かから守る必要が生じた際に出るアイデアである。つまり、アミストラルピテクスは何者かの攻撃に晒されるようになるわけであるが、それが何かといえば、やはりアミークス以外の何者でもなかった。

 ほぼ確定していた勝利を早々に掴めずどうして守備にも注力したのか。如何に知恵の働く獣であるアミークスとはいえ、普通にやり合えば間違いなくアミストラルピテクスの圧勝に終わる事は明らかで、恐らく守勢に出る必要もないくらいに早急にカタがついたであろう。とすれば、理由があるのだ。苦戦を強いられる、理由が。




 アミストラルピテクスと知的階級を斬殺した個体と周囲にいたアミークス達はその身を隠すために放浪を余儀なくされた。番と子を置いての逃走。よほど腹を決め覚悟した事だろう。彼らの瞳には修羅が宿っていた。全てを捨てて戦う者の目であったを


 旅路は常に死と隣り合わせであった。夜もまともに眠れず、水も心許ない。しかし、彼らには執念があった。自らを虐げてきたものへの復讐と、自由を望む、執念が。

 その執念が彼らを立たせ、進ませ、そして、到達させた。はぐれアミークスの群れは、一つの巨大な集落に辿り着いたのだった。そこに住うは、純粋純血なる、生粋のアミークス達である。


「お、見やん面やけれども、お客さんみゃ? どえりゃボロボロやけど大丈夫かみゃあ?」


「……話があるっちゃ。長と会わせてちょお」


「藪から棒やなぁ。まぁ、ええけんども……じゃ、案内するでよ。ついてきんさい」



 こうして逸れアミークスは集落の長に面通りが叶い、事の次第を話した。すると、長を始め、周りにいる個体が見る見ると身体を震わせ、怒り始めるのだった。


「そりゃ許せん! 仲間の弔い合戦をせにゃならん!」


 揃う一致団結の兆し。しかし、逸れアミークスは「待ってちょーだい」と制止す。


「向こうさん、頭がキレる。一対一タイマンならともかく、集団戦ゴチャマンは分が悪いっちゃ。この集落はだいぶデカイんけども、恐らく、束になっても勝てん」


 静かにそう述べる逸れアミークス。一瞬、場が凍る。


「……なんじゃおんし。黙って見とる腹きゃ?」


 皆、冷たい眼光で刺した。

 アミークスは狩猟種族。戦いの中で繁栄してきた存在である。支配され、奴隷に身をやつしていたのは分かる。しかし、我が身の可愛さのあまり逃げ出してきただけとあっては受け継がれし血脈への侮辱。万死に値する重罪。復讐を諦めた者への手心など持ち合わせていない。逸れアミークスとてそれは分かっている。分かっているからこそ、あえて水を刺したのだ。玉砕ではなく、勝利するために必要な事を話すために。


「……考えがあるっちゃ」


「考え?」


「そうだっちゃ。今のままじゃあまんず勝てん。しかし、だからといって黙っとったってだちかん。やるからには勝たんとあかんでよ。そんために、長よ。ワシの話を聞いてほしいんよ」


「……分かっちゃ。聞いたるよ。話してみんさい」


「……ありがとうよ!」



 はぐれアミークスは対アミストラルピテクスの策を論じた。多対多では必敗確定ではあるが、それは正面から当たればの話。兵を分散させつつ、かつ一か所に留まらずに随時移動しながらヒットアンドアウェイを繰り返し、持久戦で敵の戦力を徐々に削るというものであった。


「しかし、これには問題が山ほどある。とりわけデカイのが三つ。まず第一に兵隊。こいつの数がおりゃにゃ話になりゃせん。次に兵站。ここから敵さんの本拠地までかなりの距離があるでよ。どうしても補給線が伸びてまうのよ。だから進行中に駐留できる地点を作りゃあならん。そのためにも、資材やら人員の計画的運用が必須。んで最後に、これが一番重要なんだけども、敵は強力な武器を使ってくるだもんで、それに対抗する手を考えんとどうしようもないみゃあ。最低限、これだけの課題を解決せん事には、とても戦えりゃせん」


 逸れアミークスの言は理にかなっていた。その整然とした弁に、周囲は息を呑み、それぞれの顔を見渡す。


「……分かった。兵は何とかなるっちゃ。近くの集落に声をかけるみるでよ。みんな仲間想いやでよ。きっと協力してくれるみゃあ」


 しばらく続いた沈黙の後に、長が口を開いた。


「それはありがたいみゃあ」


「二つめの兵站に関してはおみゃあさんが指揮を執りゃええがね。うちにゃあ頭の働く奴はおらんでよ」


「分かったっちゃ」


「最後のは、ま、アテがある。何とかなると思う」


「アテ?」


「ま、後で話すっちゃ」


「はぁ……」


 話はまとまった。戦う準備が始まった。

 こうしてこの巨大集落に住むアミークス達は、アミストラルピテクス打倒のために立ち上がったのだった。種の存続のため。バウバウの言葉を借りれば、血の意思のために。




「ところで、まぁまぁ頭が働いたじゃないか。飛ばしてみるもんだな。怪電波」


「本当、中途半端に手を出しますねぇ」


 不安に駆られた俺は簡単な知識を電波に混ぜて逸れアミークスに送っていた。バウバウの言う通りまったく中途半端だなと思ったが、これくらいの贔屓は許されるだろう。一方的な虐殺などは見たくないのだ。神としての覚悟が足りぬといわれれば、それまでだが……

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