猿人、大地に立つ4

 アミークスの集落に連れてこられたアミストラルピテクス。それを拳に力を入れ、見据える。


「これで計画はご破算か。南無三」


「いや、石田さんこれは……」


「……!」



 思わず目を凝らす。信じられぬ光景。

 捕らえられたアミストラルピテクスが何をされるかと思えば、なんと手厚い看護を受けたのだった。


 といっても、草を掻き集めた布団のようなものの上に寝かされて、噛んでほぐした薬草みたいなもの口に流されるという珍妙不可思議な治療法であったが、一晩の後にアミストラルピテクス達の意識は戻ったあたり効果はあったのかもしれない。


「なんやこれ……」


「こわ……」


「あかん」


 目を覚ました途端、慌てふためくアミストラルピテクス達。口々に紡がれるのは弱気と悲嘆であるが、起き上がった途端に見ず知らずの場所で見ず知らずの生物が自分を取り囲んでいるのだ。無理もなかろう。

 一方のアミークス達はアミストラルピテクスが起き上がったのを見ると歩み寄り、モゴモゴと、喋っているのか鳴いているのか分からぬ声を出している。どうやらコミュニケーションを取ろうとしているようであった。


「なんやこれ」


「分からへん」


 困惑の面々。一様に浮かべる恐れ模様。そもそも彼らは自分達が未だまだ見ぬ大陸に足を踏み入れた事さえ自覚していないだろう。警戒するも当然である。


「なんやワレ。ここはどこやねん」


 そんな中で一体がアミークスに話しかけた。アミークスは反応するもやはりまたモゴモゴと口を開くばかりでさっぱりであったが、アミストラルピテクス達はそれぞれ目配せをし、何か合点したように頷くのだった。


「なんや知らんけど、無害みたいやさかい。世話になっとこ」


「せやけど話も通じへんし、どうしたもんやろか」


「ま、なんぞ喋っとるみたいやし、言葉覚えればなんとかなるやろ」


「しかし場所も分からへんのやで」


「それも含めて、算段しよか。どの道アテてなんてないもんやったんや。今更ウダウダ考えてもしゃあない。命があるだけ儲けもんよ」


 圧倒的楽観主義。しかし今はそれが正解である。未知なる世界に放り出された今、怯え竦みきっていては新たな道は開ないのだ。



「なんだか上手くいく気がしてきたじゃないか」


「そうですなぁ。ひょっとしたら、獣人の遺伝子が入ったおかげで同族意識が生まれたのかもしれません」


「なるほど。遺伝子操作は結果的に大正解だったわけだ」


 これぞまさに人間万事塞翁が馬である。

 些か拍子抜けの展開で肩透かしを喰らったがそれはつまり万々歳という事。完全に憂いが晴れたわけではないがともかくアミストラルピテクスの新生活が無事に始まったわけである。万歳。


 このように、思いがけず始まったアミストラルピテクスとアミークスの共生は順調でった。アミストラルピテクスはしばらく動けなかったがアミークスのかいがいしい看護によりみるみる回復。その間、アミストラルピテクス達はアミークスの言葉を解し、ものにしていった。この学習能力の高さこそ、生物としてのアミストラルピテクスの最大の武器。骨頂である。そしてアミークス達には介護の対価としてアミストラルピテクスが持つ知恵を授けた。片言で全ては伝達しきれなかったが、アミークス達は文化を、殊更戦術を学び、狩りに取り入れていった。その効果たるや絶大であり、日に手に入る肉が二倍、三倍となって食卓を豊かにしたのだった。程なくしてアミークス達はアミストラルピテクスを尊敬し、絶大なる信頼を寄せていった。


「おまゃあさんらは頭ええねぇ。もっと教えてょ」


そう教えを乞い、惜しみなく獲物の肉を捧げ、その内にアミストラルピテクス達は一陣の風と共にやってきた者として「風の民」と呼ばれるようになるのだった。



「いけるやん!」


 アミストラルピテクス達はそう確信し生活に馴染んでいった。そうして、無事身体が完治すると、アミークス達の集落のすぐ隣に彼らだけの集落を作り住むようになった。そこでは田畑を耕し野菜を育て、竈門を建てて道具を作り、それらをアミークスの獲ってきた肉と交換するようになった。

 すべては順調。そう思われていたが、ある時からアミークスが肉の量を渋り出すようになる。話を聞くと「ここんとこさっぱり獲物がおらんのよー申し訳にゃーがマケテちょ」との事であった。考えなしの乱獲により、周辺の生態系が崩れてしまったのだ。


「あかん」


「そら無闇やたらに狩り続けたらそうなるよ」


「なんとかせなあかんな」


「せやな。一宿一飯の恩義もあるさかいに、助けたろ」


 アミストラルピテクス達は一考を講じた。耕した畑をアミークス達に任せ、そこで収穫した作物の八割を彼らに与えた。また、道具なども肉との物々交換ではなく、米一握と同じ重さの石を硬貨として利用し取引するようにした。知行。貨幣経済の始まりである。

 手先の器用なアミストラルピテクス達はアミークスの住む家屋なども手掛けてやった。ほぼ吹き曝しだった東屋のような住処には壁が付き雨風から身を守れるようになり、葉っぱを敷いていた寝床にはベッドを設置し、台所に食堂なども作られていった。この頃になるとアミークス達にも見込みのある物が出てくるようになり、アミストラルピテクスと共に公共の整備を行うようになる。すると、不思議な事に遠く離れたアミークス達にも何故か知性や文化が伝播し似たような生活を送るようになっていった。これがユングの提唱するシンクロニシティであろうか。まったく奇怪不可思議な現象である。


 この間、ムリランドでは島を脱出せんとするアミストラルピテクス達が増加していった。ある者はイカダで、ある者は生身で海域を横断しようという無謀を働くものだから、俺はバウバウに命じ、再びガレー船もどきを島の各所に隠して置かせた。バウバウは「結局手出しをするんですねぇ」などと嫌味を言ったが知った事ではなかった。異星はこの時、間違いなく大きく変化するターニングポイントを迎えていた。この機を逸し、また原始時代以前へ振り戻しを食うなどまっぴらごめんであった。


 やるときゃ派手に大胆に。


 俺はそんな気持ちで、世界の変革を加速させていくのだった。


 大陸は瞬く間にアミークスとアミストラルピテクスが共存するようになった。彼らは互いに平和的に、良き友として尊敬しあい、慈しみ生活していく。なんと素晴らしきかな博愛社会。これぞ求める理想郷。


 すべて上手くいくと思っていた。しかし、彼らは、アミストラルピテクスとアミークスは、共通する遺伝子こそ持つものの、まったくの別種であるという事を、俺は忘れていた。地上の覇権を握る種族は常に一つ。手を取り分かち合うなど、夢のまた夢なのである。

 争いはいつも、平和の隣にいたのであった。

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