猿人、大地に立つ3

 かくして海は高潮狂う絶海の地獄と化した。浮かぶ船には縦横無尽に海水が襲い息をするのもままならぬといった様相。突起やら窪みやらに必死にしがみつき耐えるアミストラルピテクスであるが、一匹。また一匹と脱落していき、多くの個体が海の藻屑となっていく。


「これ大丈夫か? 死ぬんじゃないか?」


「死ぬかもしれませんねぇ」


 呑気に答えるバウバウに苛立ちを覚えるも気にしている場合ではないヤバさ。進路は正しくとも状況が本気げにまずい。このままでは全てが水泡に帰す勢い。なんとか堪えてほしいところではあるが、難しいかも知れんと奥歯を噛む。


「あぁ、また一匹流されましたね。ご愁傷」


 そんなところにこんな軽口。まったくふざけている。


「なんでそう非道徳的なんだお前は」


「? 現状を口にしたら非道徳的なんですか?」


「絶対愉しんでいるだろ」


「それは石田さんの主観ですな。私はただ、何が起きているかを声に出しているに過ぎません。流されていく命の実況をしているだけです」


「白々い! だいたいお前は……」


 言葉半ばで止まる。

 流されていく。この言葉にピンときたのだ。

 そうだ。船ごと大陸に漂着しなくともいいのだ。目的はアミストラルピテクスの上陸とその後の発展である。船はその手段に過ぎない。


「バウバウ。一度船を転覆させろ」


「えぇ? そんな事しちゃうんですか? そっちの方が余程露悪的じゃありません?」


「最後まで聞け。まだ続きがあるんだ。いいか。船周りに温厚で堅強な水棲生物を配置しろ。アミストラルピテクスが海に流れ次第、これを回収し陸まで送り届けるのだ。安全にな」


「なんだ。結局恩寵を与えるんですね」


「こうなっては致し方あるまい。多少強引でも、奴らには無事目的地へと達成してもらって、子孫繁栄をしてもらわねば困る」


「まぁ、そうおっしゃるのであれば……よござんす。手配しましょう」


「頼むぞ」


 その後、船は瞬く間にひっくり返り沈み、オーパーツは時代の中にひっそりと姿を消きえていった。そこから弾き出され海に流れ溺れるアミストラルピテクス達。それをイルカだか鯨だかが口に加え運んでいく。なんとも壮絶な光景だ。まるでコズミックホラーの一場面のようである。本当に助かるのか不安になる。


「大丈夫なんだろうな」


「さぁ……まぁ、なんとかなるでしょう」


 なんとも無責任かつ頼りない言葉である。これで一匹も助からなかったら一発ぶん殴ってやろうと思ったが、幸か不幸か数時間の海中超特急は無事終点まで辿り着いたのだった。アミストラルピテクス達はなんとか海岸に打ち上げられたのである。


「おぉ。無事辿り着いたぞ」


 思わず感嘆の声を上げる。

 意識なくも確かに息はある。前人類の祖となるべく誕生したアミストラルピテクスが、生きて大陸へと到着したのだ。


「数は……七体か。だいぶ減ってしまったが、まぁいいだろう。番は作れる。十匹いた雌が二匹にまで減ったのは痛いが、なんとかなるだろう」


「どうですかねぇ。早速ピンチのようですが」


「なに」


 見てみると、気を失っているアミストラルピテクスの前に複数の影。アミークスの群れである。あの野蛮な半人半獣が、漂流し息絶え絶え、半死半生のアミストラルピテクスを早速発見してしまったのだ。


「ナンデ!? 奴らナンデ!?」


「生活範囲拡大してましたからいても不思議じゃありませんが、タイミングが絶妙ですねぇ」


「なんという事か! せっかく七難八苦を乗り越えてやってきたというのにここで取って喰われては話にならんではないか!」


 冷や汗を滴らせ固唾を呑む。ここはアミストラルピテクスを救うべきであろうか。いやしかし、そうなってはアミークスが惨たらしく死ぬ可能性もある。この星の覇権はアミストラルピテクスに賭けているが、だからといって他の生物の命を蔑ろに扱ってはいかん。無意味な殺戮は望むところではないし、第一に何でもかんでも助けを出せばバウバウの言う通り自助できぬ穀潰し種になりかねん。


「仕方がない。様子見だ」


「おや。いいんですか? せっかくここまで来たのに」


「過ぎた助力は返って毒だ。今後の成り行きは運命に任す。仮に奴らがここで死んだら、別部隊の出立誘導を行えばいいだけの話。過度の肩入れはしない」


「なるほど。下手ですねぇ石田さん。下手っぴ。干渉の仕方が下手」


「なんだと?」


「石田さんが本当にやりたいのは人類の繁栄。それを邪魔する輩を始末して、好きなように星を発展させたい。だけどそれはあまりに自然の摂理に反するから様子見なんて言って日和る」


「……」


「石田さん。駄目なんですよ。そういうのが実に駄目。その妥協は傷ましすぎる。そんなんで星を作っても楽しくない。嘘じゃありません。返ってストレスが溜まる。助けられなかった生物の未来がチラついて全然スッキリしない。手の出し方としちゃ最低ですよ。石田さん。奇跡ってやつは小出しじゃ駄目なんですよ。やる時はきっちりやった方がいい。それでこそ次の発展に繋がるというもの。違いますか?」


「違うな。そんなんじゃズルズル欲望に引っ張られるだけだ。締めるところは締める。これが正しい世界のあり方だ」


「……意外にしっかりしてますね。ニートなのに」


「うるさい! 余計なお世話だ!」


 人を小馬鹿にしたようなバウバウを怒鳴りつけ、アミストラルピテクスとアミークスの邂逅を見守る。

 できれば助かってほしいと願うも、しかし、どうせ進化し損ねた野蛮な獣人どもの事だ。相手が動けぬのをいい事に引っ捕まえて、頭から爪先までペロリとするに違いない。獣から派生したような種など信用できるものか。


 そう期待せずに見ていると、何やら様子がおかしい。五匹いるアミークスが話しを始め、チラチラとアミストラルピテクスを見る。これはどうした事だろうと眺める事数分。なんとアミークス達はアミストラルピテクスを持ち上げ、来た道を戻って行ったのだった。方角からして、目指しているのは彼らの集落だろう。ゲットバックである。


「なんだ。持って帰って捌くつもりか?」


「どうでしょうなぁ。それなら、ノータイムで捕まえていたと思いますが……何より、敵意はないように見えますな」


「確かに」


 バウバウ言う通りだと俺も思った。しかし、ならばなおの事あの野蛮生命体の行動が不可解であった。


「ま、ちょっと見てましょうよ」


 滲み出る軽薄さに眉をしかめつつも俺はバウバウの言葉に頷き、ひとまず成り行きを見守る事にした。この後どうなるかは、神さえ知らない。

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