ウホホポコ3
程なくしてムリラの動物実験が行われた。
ムリランドから一匹ムリラを拉致り遺伝子情報を閲覧。修正モードへ移行。無数に表示される二進数。理解不能。理解不能。というよりわざわざ連れてこなくてはいけなかったのだろうか。今更ながらに疑問であるが、当時はそういうものかと眺めていた。
「あらぁ。やはりというか、当然というか、単純な配列をしてますねぇ」
バウバウが煽る。本人がどう思ってるかは知らぬが、俺が煽っていると思えば煽っているのだ。高度知的生命体様にとっては猿の遺伝子などテトリスやインベーダーのプログラム並に単純明快な作りなのだろう。気に喰わない。俺にはまったく理解できないというのに。
「高卒ニートの俺には分からんな。DNAなど」
気に食わないので露骨に不機嫌な声を出した。八つ当たりである。
「またぁ。そんな腐って……それより、どうしますか? とりあえず、猿部分の遺伝子をカットします? それとも別の因子を入れますか?」
「ふぅむ……」
詳しい事は分からなかったが遺伝子の切除に対してよくない気がした。不可逆性の変化に対する忌避感からなのかもしれない。であれば新たな情報量を注入するに限る。しかしどのような。と。悩んだ瞬間、俺に電流が走る。
「……アミークスの遺伝子を入れよう」
ふいな気付き。直感的インスピレーション。それまでの経験からなのか、突然降って湧いたようなアイディアが頭を過ぎった。
「なるほど。それはいい考えです」
嬉々として笑うとバウバウに「頼む」とだけ言って俺はムリラが遺伝子操作されるのを見守る。といっても謎の液に浸けられ謎の器具を付けられ謎の薬を注入され謎の光波を当てられ謎の作業だったので終始謎ばかりが浮かびちんぷんかんであったのだが。
「完了しました。次の世代から変化が現れるよう調整しましたので、経過を観察してみましょう」
愉悦に満ちた笑顔のバウバウに「頼む」とだけいって異星に戻ったムリラを観察。特に変わった様子は見られないと思ったが、改造を施したムリラが他個体のムリラと出会った瞬間、即座に
「フェロモン値を最大にしておきました。これで元気ビンビン。パンパン子作りバンバンザイでございます」
とんでもない下世話なおじさんトークに閉口。これはひどい。あまりにも酷すぎて咎める事も憚られる。
「スキップだ。子供が生まれるまで飛ばせ」
「えぇ、見ないんですかぁ。営みぃ」
「いらん! さっさと飛ばせ!」
獣姦ならぬ獣間姦など誰が好んで見るものか。人権なきケモナーに堕ちる気などさらさらなく、俺はバウバウにさっさと結果だけ出すよう指示を出す。待つ事数秒。異星では約八か月の時が過ぎた頃、ついに念願の次世代ムリラ。即ち、ニュームリラの誕生の瞬間となった。どこで覚えたか知らぬがヒィヒィフウとラマーズ方。立ち会うは雄ムリラ。見守る我ら二人。遺伝子組換えムリラは無事進化した子を産めるのか。手に汗握り、息を呑む。
「ウホホウホホ! ウホホポコ!」
雄叫びとともに排出される子ムリラ。その風体。薄い栗毛から垣間見える地肌はムリラらしからぬ、血の気が伺える茶褐色。特筆すべきは赤子ながらに分かる発達した手足の五指。長く物を掴むのに適した五指。歩行するための五指。猿類とは違った、一本一本が連なりながらも独立した五指! そして直立した脊椎がしっかりと骨盤に根差している! これはまさしく人類の祖! 頭を使い道具を用いる人間の元祖! 他の動物と一線を画す霊長類筆頭たる人の面影!
「できた! 産まれたぞ人が! これぞ叡智の夜明け! 知性の一歩! 俺は原人一号誕生の目撃者となったのだ! なんと素晴らしい! なんと神秘! めでたい! ハルレヤ! ハルレヤ!」
これまでの雨ニモマケズな紆余曲折もあったかもしれない。しかし、この時の俺の喜びようは異常であった。よくも知らない未開の星で原人が放り出ただけでどうして涙ちょちょぎれる感動ができたのかまったく不可解であるが、そんな疑問すら抱かぬ程俺は浮かれ戯け、バウバウとワルツを踊り、ニュームリラを観察しながらベートーベンを流すくらいに狂っていた(ベートーベンは何故かバウバウが持っている端末に入っていた)。
オーケストラの演奏に合わせてポコポコと産まれていくニュームリラ達。時間設定を百二十倍速にしたため目にも止まらぬ速さ発生するニュームリラパンデミック。これぞまさしく、人類創世記。
「バンザイ! 人類繁栄待ったなし! Vやねん!」
能天気極まった俺の狂態はバンザイ三唱にてピークを迎えた。
もう一挙に数百億年のスキップでもかまそう。そうして発展した異星に住む人間の愚かしさを神様視点で適当に嘲笑してやろう。気分はすっかり聖四文字。おこがましく恐れ多く、そして愚かに、隠す事なく増長などを嗜んでいたのだ。
しかしそれはすぐに改まった。
しばらくムリラを見ていると、徐々に、だが確実に、膨れ上がった興奮がみるみる萎んでいき、ついにはクソワロタと呟くまが男のような顔となり沈着。これまでの法悦が消し飛ぶ光景。何があったか。ニュームリラ達とオールドムリラ達が対立し、争いをはじめたのだ。
「なんだ。なにが起こった」
混乱。焦燥。疑問。錯綜。
血を流し死体を作り上げていくニュームリラとオールドムリラ。楽園失楽。此は地獄なり。
「餌の関係で対立したみたいですな。環境がちょっと悪く実りが悪いので、みんな腹を空かせとるんです。いやぁ、古代の再現なんざする物じゃないですなぁ」
呑気に答えるバウバウに俺は怒りさえ覚えた。
「馬鹿! すぐ戻せ!」
「構いませんが、せっかく環境適合した植物が全部駄目になってしまいますよ? まぁ、こちらから餌を提供したり果樹林なんかを植えてもいいのですが、一度そんな寵愛を受けた生物が、果たしてこの先自立できるか疑問ですなぁ……」
ぐうの音も出なかった。
バウバウを咎めてもよかったが、もっと早く遺伝子を弄る決断をしていれば防げた事象。責は俺にある。
「オールドムリラかニュームリラを島から排斥すればなんとか……」
「いやそれは反対ですね。争わせましょう。でなければこの先、人間が繁栄できません。知恵を使って競争に勝ってこそ盤石の礎ができ上がるのです」
「しかし、ここで滅んだら……」
「その時は、やり直しましょう……っ! 一からコツコツと……っ!」
俺はニッコリと笑うバウバウの言葉に従う他なかった。どうしようもない摂理前にして、あまりに無力であった。ムリラ達が無為に死んでいくのをただ、見る他なかった。
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