ウホホポコ2

 願いが通じたのか最初に産まれたそのゴリラっぽい生物はスクスクと成長していき立派なシルバーバックが現れ、連鎖的に、同時多発発生したゴリラっぽい物どもを束ねる存在となった。当初はアミークスに狩られやしないかと一抹の不安はあったがゴリラっぽい物どもの先祖である猿どもが怯えながら隠れ住んでいた事もありその心配は杞憂に終わる。塞翁が馬と取るか皮肉として映るかは見る人間の感性に寄るところであろう。

 今後、俺はこのゴリラっぽい奴らをムリラと名付け見守る。五から六へ更なるステップアップを願ってのネーミングだが、名前に無理とか入っている時点で縁起が悪いなと後ほど気づいた。もっとも、ジンクスも信じなければゲンを担ぐ性分ではないためリネームはしなかったのだが。




「それで、どうやったら退化するんだこいつら」


 ムリラが環境に馴染んだ以上、これからについて聞かねばならなかった。果たして如何に人へのステップを図るのか。気になるところである。


「大きく分けて二つ方法があります。一つは遺伝子操作で無理やり書き換えてしまうやり方と、外部からの干渉がない環境でゆっくりと生物のステップを降りていってもらうやり方ですね。前者は失敗したり環境に適応できず短命種となってしまう可能性が高く、後者はとにかく時間がかかります」


 バウバウの説明に「なるほど」と答え一考。いずれもデメリットとリスクが伴うのであれば、合理性を考え前者を選択するのが正しいだろう。だが、それが許されるかどうかは別物である。曲がりなりにも生物の命を悪戯に弄くり回していい物だろうかと俺は思った(この時点でだいぶかき乱してはいるが)。一個の命を、種の尊厳を、どうして軽々に扱う事ができるだろうか。自分の都合で好き勝手に手を加えるなど許されざる行為。決して手を出してはならい、不可侵なる罪過である。


「遺伝子操作など神の所業。土足で踏み入っていい領域ではない」


 威風堂々と断言。最低限の倫理くらいは守るべきである。


「ここでは貴方が神様なんですが……」


「いいんだよ細い事は。ほら、さっさとムリラ共を隔離して。役目でしょ」


「はぁ……」




 こうしてムリラの群れは神権限により前代時代を再現した離島に隔離され静かな生活を送る事となった。その間にもアミークスは着実に行動範囲を広め各地で定住し至る所で見るようになったが、短い寿命と向上心のなさが幸いしあくまで地の続く場所までの拡散に留まりムリラの島を発見するには至らなかった。事は順風満帆。後は気兼ねなくムリラ共に退化してもらうだけであると余裕をブチかますが、しかし。


「全然変わらねぇ。なんやこれ」


 ムリラ共は外敵のいない楽園で完全にぬるま湯に浸かり豊かな生活を享受していたが一向に退化する気配がなかった。おはようからお休みまでずっとムリラのままである。


「そら気の遠くなるような時間がかかりますよ。部分的な退行的進化ならまだしも、前生物まで戻すなんて無茶は早々に実現できるもんじゃありません。長く見守ってやらないと」


「具体的にはどれくらいかかりそうなんだ」


「そうですねぇ。なんとも言えませんが、こちらが干渉しないのであれば十億、百億は必要かなと。いやそれより、順進化してしまうかも知れませんね」


「話が違うじゃないか!」


「いや、ま、干渉しないならばの話です。遺伝子操作までとはいかぬまでも、こちらでムリラに気付きを与えるようなアクションを起こせば可能性はグッと高まります」


「なるほど。して、その気付きとは如何なるものか」


「例えば、こんな感じですね」


 バウバウが端末を操作すると、ムリラの島の酸素濃度と湿度が急上昇し、辺りには原始シダ植物や苔が発生し始め、なんと節足動物までもが突如として島に誕生したのだった。原初の星の再現である。慌てふためき身を寄せ合うムリラ達。可哀想に。突然のでき事に動揺を隠せない様子。


「こうして古代まで環境を戻してやれば、それに即した適解的変化を起こすに違いありません。これぞまさに自然選択式のネイチャーな方法だと言えましょう」


 ややテンションが張ったバウバウの語りは若干鬱陶しく感じたが説得力はあった。が、ここで俺はある事に気が付く。


「こんな事が可能ならわざわざ退化なんぞ目指さず、猿なり鼠なりを使って普通に進化させた方が早いんじゃないか?」


「……」


「……」


「……石田さん」


「……なんだ」


「……早く人類が誕生するといいですねぇ」


「……」


 バウバウは聞こえぬふりをしてムリラの島を眺めた。なるほど間抜けを働いたようである。

 まぁ猿や鼠が望んだ進化をするかどうかは分からないし、人に近い分、まだムリラ経由の方が可能性が高いという風に俺は自分を納得させた。


 しかし、それでもなおムリラは退化せずのうのうと安寧な生活を送り腐っていた。高温多湿濃酸素の環境において変わらず生活するとはなんたる超生物ぶりだろうか。貧弱な個体が早死にする傾向はあるが他の要因で死ぬ可能性が極めて低い事から返ってバランスが取れている始末。というより、強靭な個体が残った分生存能力と繁殖能力が高くなってさえいる。なんたる事かと落胆。憤慨。これでは単なるムリラが住む島。ムリランドである。


「だめだこいつら。早くなんとかしないと」


「えぇ? せっかく逞しく生きてるのに、これ以上何かするんですか?」


 バウバウが信じられないといった風に俺を諌めようとしたが関係ない。俺は人類の誕生日を見たくて見たたて堪らなかったのだ。しからば、残された手段は一つしかあるまい。


「遺伝子操作を……する」


 神の領域に、最大の禁忌の一つに、俺は手を染める決意を固めた。

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