ウホホポコ1
異星はすっかりと様変わりしていた。
火を覚えた遺伝子混成体。通称アミカは様々や哺乳類と交配し、番や子にその使い方を教え発展していく。そして進化を重ねる毎に急激な変異を発生させていき、ついにはキメラ状だった遺伝子が一個として固まったのだった。二足で歩行し五指で掴む、極めて人間に近い生物となったアミカの子孫。以降、彼らをアミークスと呼ぶ。
アミークスは驚異的な早さで縄張りを拡散し住処を置いた。各地で狩りをし、火を使い、繁殖し、同一系統でありながら多様な生活様式を築き、あらゆる環境に適応していった。恐竜や他の生物は蹂躙され隕石を落とすまでもなく絶滅、あるいは絶滅の危惧に晒され、アミークス以外の動物の食物連鎖階層は自動的に一つ下がった。
もはや地上の支配権は彼らアミークスにあった。かつて人類へ変態するであろうと目した猿などはもはや旧生物となり隠れるように生きてきるが、後は滅びを待つのみである。
「いやぁ、思わぬ生物が思わぬ進化を遂げる。これぞ観察の醍醐味ですねぇ」
それを見ていた元タコは茶飲み話でもしているようにそう言った。
俺はこの時、キリもいいのでタコの設定を変えていた。姿は毛むくじゃらで二足歩行の犬。性格は温和。柔らかくて芯のある、校長とか班長とかリーダー的役割が似合いそうな声。名前もタコとはあまりにかけ離れてしまったため、以降は奴をバウバウと呼ぶ。
「とはいえ、こいつはまるで成長する様子が見られないぞ。何億年経ったら文化を持つんだ」
アミークスは確かに高成長。広域発展を遂げた。声や言葉も交わすようになり、簡素な家や集落も作るようになったがしかし、一向に文化的な側面が現れる気配がない。文字の開発もないし、原始的な絵や音楽も彼らは作り出さなかった。やる事といえば他の生物と一緒で、狩りをして喰い、交尾で子孫を増やすだけである。そんな野生と変わらぬ生活がもう何千年と続いているのである。なまじ知恵がある分狩猟は上手いが、そのせいで他の動物は進化してもすぐ餌食となってしまい星は寂しくなる一方。これでは霊長類の長とはとても呼べない。何のための二足歩行か。何のための五指か。他と違う事といえば獲った獲物を火で焼いたり湯を沸かして風呂に入るくらいならものである。なんともはや、情けない。
「これは難しいかもしれませんねぇ。恐らくですが、アミークスの遺伝子は進化を止めたんだと思います。環境に適合し種の繁栄も順調なのですから、それも無理からぬ事でしょう」
「では俺はなんの手立てもないまま彼らを見守り星が死ぬのを待てというのか」
「そうです。それが世に言う正しい神様です」
淡々と語るバウバウの言葉に俺は反した。馬鹿な。そんなもの認められん。と。
この時俺には傍観者であろうとした決意は無くなっていた。というより、忘れていたといった方が適切だが、どちらもそう変わりはしないだろう。とにかく、俺はこの異星に知的生命体を作りたくて堪らなくなっており、長く続くアミークスの超原子人類的集団サバイバル生活は我慢ならなかったのである。
「仕方ない。耕作の文化を学ばせよう。バウバウ。種と実と花のサイクルを奴らに見せたい。適当な野菜か果実の群生を近くに設置してくれ」
俺は一縷の望みとして、アミークスに農耕の知恵が働く事を期待した。もし奴らが田畑を耕し収穫を獲れば、如何に野蛮とはいえそのリターンとメリットの大きさに誘惑されること請け合いである。嫌でも頭を使って合理化、効率化を図ろうとするは必然。その過程で何かしらの遊びが生まれれば万々歳。なくとも次の。またその次の進化に影響を及ぼすはずである。
ともかく知恵。ともかく知能。ともかく想像力。あらゆる不足した要素を農耕により養わせてやろうと画策。この謎の情熱はきっと俺に流れる日本人としての血によるものだと思う。
「いや、それがですねぇ。大変申し訳ないのですが……」
そんな俺の熱意に水を刺すような言葉をバウバウが吐く。
「実は、既に幾つか群れの近くに自生していたんですよ。果実や穀物が」
「それで?」
「それでそのぉ。見つけているんですよ。彼らは。その群生している植物を」
「なんだ。結構な事ではないか」
「そうですねぇ。果樹を切り倒し、穀物を引っこ抜いて
「え、あいつら食べなかったの?」
「はい。どぉも、肉食の気が強いようでして、葉っぱも木の実もちっとも口にせず、毎日毎日肉を貪り魚を齧り、高コレステロール高血糖高脂質の生活習慣病待ったなしな生活を続けております」
「マッジかよあいつら死にたいのか」
「まぁ、糖尿だろうが通風だろうが、発症前に死ぬんですがね。平均寿命、八歳ですし」
「そんだけ」
「はい。そりゃあもう。産まれては死に、産まれては死にを繰り返しておりますねぇ」
「知らなかったそんなの……」
時間をスキップしまくってろくすっぽ経過を見ていなかったために存じ上げない事実が発覚。まさか奴らがそんなに儚い生命体だったとは露とも思わなかった。自然環境では致し方ないかも知れんの一緒考えたが調べてみたらアウストラロピテクスは十四歳。北京原人に至っては三十まで生きたという。これは由々しき事態。未来を担うに相応しくない生命体であると言わざるを得ない。よく覇権を取れたものだ。
「……ミッングリンクで、何か生まれさせる事はできないか」
「はぁ……何か。とは?」
「人間に近く、そして強い生物だ」
藁をも掴む思い。俺はまさに神頼み的な心境でバウバウに問うた。
「はいはい。それなら一つありますよ。ほら。このゴリラみたいなの。これが作れます」
「ゴリラか……」
派生フローを見ると人間とは別方向に派生した生物だと分かる。しかもその先はずっとゴリラらしきシルエットが表示されて代わり映えしない。ゴリラは産まれてから滅ぶまでゴリラなのである。これではよくて天才チンパンジーアイちゃん止まりではないかと肩を落とした。
「もっと人間に進化しそうな奴はいないのか」
「直接的には無理ですが、このゴリラみたいなのを退行させる事ができます。ミッングリンクを埋める形になりますね。それで、そこから別派生の進化に促す事はできます」
「え、そんな便利な機能あるの?」
「まぁ、はい。ただ、運も絡むので時間はかかるかも知れませんが……」
「時間など今更気にすることか。ゴリラだ。もう希望はゴリラしかない。産め。ゴリラの子を」
「分かりました。それでは、誕生させましょう」
そうしてこの日、近代生物であるゴリラっぽい生物が絶滅しかけている猿の腹から誕生した。母体とは違う、黒い毛並みの個体である。俺はその漆黒の肌に、異星の希望を託したのだった。
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