人間だもの2
俺は猿の進化に希望を託した。しかしながら人間までの道のりは険しかった。数千の時を経ても猿は未だ猿のままである。
新種は生まれど尾が付いているものばかり。人間への道は果てしなく遠い。しかもその進化系が他種多数。その内から社会性重視かつ知能特価型の個体同士が番となり繁殖しなければならないのだから難儀。おまけに生まれ出る個体が上手く遺伝子を継いでいなければ意味がないときたものだ。攻略サイトでも見られれば幾分希望を持って気長に待てたろうが、そもそもこのやり方が正しいのかも分からない。暗中模索の手探りプレイ。
「タコ。さっさと人間に進化させられんのか」
痺れを切らしてそう尋ねた。文明の発展を前にとんだ焦らしプレイは辛抱堪らん。
「いやぁ無理ですね。始祖鳥と違って複雑ですから、あと二、三段階は成長してもらわないと」
要するに脳が足らぬと言っているのだ。猿共の低脳が足枷となり人へはなれぬと、そう言っているのだ。
いいだろ。ならばこちらから強制的に上げてやる。脳の稼働容量を。
「タコよ。森林に稲妻を落とし森林火災を発生させよ。猿共のコロニーを燃やせ」
「はぁ……構いませんが、なして? 血迷いましたか?」
「馬鹿を言うな。俺は正気だ。ぬるま湯に浸かり腐る猿共に灸を据えてやるのだ」
「はぁ……」
「人類の進化は手の使用と火の利用により促進されたと聞く。しからば、超自然的な力で炎を見せてやるのだ。その威力と利便性により大脳の発達を促し、生物の更なる可能性を自覚させてやるのだ」
俺は本気でそう考えていたのだが、今にしてみれば狂っていたような気がする。
「ふぅん……まぁいいですが、どうなっても知りませんよ私は」
ぶつくさと呟きながらタコが端末を操作すると、異星の空には暗雲立ち込め雷鳴が唸った。そして嵐。吹き荒む豪雨暴風。天にはストロボのように雷の種が管を巻く。そして。
「落ちました!」
そう、落ちた。
想像を絶する閃光、轟音。大気が割れて地が震え、森一面は業火に焼かれ炎に染まる。響く絶叫。悲鳴。焦げ朽ちる木々の音々。命が潰え、消えていく。此は地獄。違うことなき灼熱の責め苦。打ち付ける雨さえ霧散させる圧倒的な煉獄は、猿をはじめ様々な動物達を屠っていった。
「いぇい! ストライク! 効果抜群ですな!」
「やり過ぎだ! 加減しろ莫迦!」
猿の死体が焼かれていく。まるでジビエのバイキング。生命を拒絶する炎は樹々や大地さえ殺し一帯を死の土地に変貌せしめた。再生に要する時間がどれだけかかるか考えたくもないほどに、この区画に俺は大ダメージを与えてしまったのだ。
「神の雷は絶大な威力を誇っておりますから致し方ありません」
飄々と語るタコを他所に俺は生き残りの猿を眺める。猿は散り散りと逃げていく。脱兎の如く、雲の子を散らすように。これでは炎を使うどころではない。絶対に忌避するようになる。
「あぁ、待て、待ってくれ猿よ……」
懇願するも届かず。そして、誰もいなくなった。
これでは台無し。プロメテウスに倣い火を使わせて一挙にステージを上げてやろうという計画がご破算である。焦げて炭になっていく猿が目の前を黒く染める。なんてことだ。俺はとんだ大量虐殺に手を染めてしまったと震えた。相手が人間ではないといえ命を無為に、それも惨たらしく奪ってしまったという事実が精神に大変なストレスを与えたのだ。おまけに逃げた猿共が天を仰ぐのだ。その視線はまるで、俺を捉えるようにまっすぐにこちらを向き、目が合ってしまうのである。
「違う……俺はそんなつもりじゃ……」
自然と溢れ出る弁明。しかしそれを聞くのはタコのみであり、また、猿に聞かせたところで分かるはずもなく、更にいえば、俺の贖罪が届いたところで許されるかどうかは別なのである。群れ一帯を気紛れのため殺され、住処すら失われたのだ。それを「神だから」という理由で帳消しになどできるものではない。猿はきっと、自分達を殺したのは直感的に神、つまり俺だと悟り、憎み呪っているに違いない。この猿が進化し繁栄したら、俺はこの星が滅ぶまで、はるか先の子孫にまで遺伝子に刻まれた憎悪を向けられなくてはならないだろう。そう思うと、途方もなく生きているのが嫌になってしまった。
「まぁ、神様なんてそんなもんでいいんですよ」
タコの軽口に怒っていいのか悲しんでいいのか分からなかったが、ただ一つ、俺は目の前の異星を、そこに住う動物達を、形成される世界を、指先一つでどうこうできてしまうのだと実感したのであった。そして、今後は不用意な行いは控えよう。傍観し、見守りながら、星が滅びるまでスキップしまくろうと考えたその時、焦土と化した大地に立つ者が一体いた。それは熊のような、虎のような、はたまた猿のような形容し難い生き物で、こんな生物は果たしていたかと俺は首を捻った。
「あれはユニーク個体ですね。突然変異で、現存するあらゆる哺乳類の遺伝子構造を持つミュータントです。いやぁ、こういう発見があるから未開の星は面白いですねぇ」
タコの悪趣味な独り言を無視して俺はその個体をじっと見た。いや、目が離せなかったと表現するのが正しいだろう。その異様な風態、佇まい。生物としての根源的な神秘と畏怖が視線を逸らすことを拒んだのか、あるいはこれから先起こる事象を見逃すなと、俺の中に流れる生命の声が語りかけてきたのかも知れない。
「あぁ!」
叫んだ。叫ばざるを得なかった。衝撃的結末に魂が呼応したのだ。生物の、星の新たなる一歩を、その幕開けを、この目に収め、感じたのだ。なんと立っていた不可思議な混成体が、未発達の手指で掴んだ木端を豪炎の残り火で炙り引火させたのである。火を使ったのだ!
「おやぁこれは素晴らしい」
タコの感嘆につい頷いてしまった。それほどまでにその光景は衝撃的であった。俺は先まで抱いていた罪悪感を忘れ、火を手にした動物のその先を想像し、胸を膨らました。
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