人間だもの1

 始祖鳥一号が大古代魚に食べられ一億年が経った頃、当初オカンが作るような弁当を連想させる茶色の大地に覆われていた異星はスクスクと自然が育ち様々な生物が入り乱れる混沌の星へと変貌し絶叫絶えない地獄と化していた。陸上に上がり適応進化を経て繁栄し荒れ狂う恐竜に、いつの間にか数を増やしていた哺乳類が縄張りを持ち血みどろに争っているのである。食うか食われるのかの修羅畜生界の凄惨は見ているだけで臓物と肉の臭いが漂ってきそうで堪ったものではなかった。


「いやぁ、賑やかになりましたねぇ」


 それを見て嬉々として語るはタコである。奴とは長い付き合いとなるが、その破綻した感性にはつくづく辟易させられた。


 とはいえ動物が着実に増えているのは確かであり、遺憾ではあるが達成感めいた気持ちが満ちていたのは認めざるを得ない。そもそも俺だってそれなりに苦労をして星を開拓しているのだ。結果が出れば心も動くというもの。殊更古代においては動植物の繁栄と誕生を時に直接的に、時に間接的に操作してきたのだ。己が子供とまではいかぬが、愛着も多少は湧く。


 さて。その生物についてであるが、この異星では主に二つの要因で新たな種族、命が誕生する。

 一つは自動進化と自動発生。特定の条件が揃った際に確率で産まれる場合だが、その確率が曲者。なにせ遺伝子が適応能力を持つのに長い時間がかかるうえ、些細な要因で環境は変わってしまう。故に求められるのは完全なる偶奇。天候や気温など環境を変えてもそうそう変質しないものだから、俺は完全に投げて成り行きこちらの方法は成り行き任せにしていた。恐竜共は天敵がおらずすぐに各地域でユニークな種族、個体が産まれていったが、哺乳類どもはまさに奇跡的な条件が重なり数を増やしていった。これは俺も気づかず驚いたものである。てっきり恐竜絶滅後に覇権を取って代わると思っていたが、やるものだ。

 そしてもう一つは始祖鳥のようにこちらが任意で誕生させる場合である。これにも程度の条件が必要ではあるが、タイミングと個数を設定する事が可能であるため個体数の調整は容易。この時はまだ星年齢が若く、またシステムを理解していなかったため自動生産とスキップで様子を見ていたが、こちらの方が舵取りに適しているのは明白である。思えば最初からガンガン干渉していれば、また違った結末を迎えたかもしれない。

 とはいえ、この段階では未だ知能の高い動物は選択できず、新種を誕生させても殺すか殺されるかだけの存在でしかない。はじめはそれなりに楽しめたがさすがに飽きる。また、新たな動物ができる度に「待ってました」だの「イェーイ」だのとタコが騒ぎ立てるのも鬱陶しかった。性格と印象がすっかり変わってしまったのは俺がユーモアが足らぬなどと吐いたせいだろうか。結局最後まで答えは得られなかったが、余計な事を言わなければよかったと後悔している。





「そして! さぁ石田さん! いよいよですよ! 見てくださいこれを! とうとう人型の生物がアンロックされました!」 


 端末を掲げはしゃぐタコはまったくうるさかったが、その言葉に俺は幾許かの興奮を覚えたのは事実である。獰猛さしかない見えない世界にようやく知性の一端が現れると思うと好奇心が募り、人類史の始まりに胸が高なった。


「よし。是非産まれさせよう。頼むぞ」


「ガッテン」


 そうしてタコに任せて誕生地点を見る。視点が短弓類のような動物にピックアップされる。苦しそうにあえぐ母胎の股から排出されていく明らかに別種の特徴を持った動物。長い手と尻尾。そして容量の増加した脳を支える頭蓋。それは猿と形容するにはまだ心許ない姿形であったが、これまでの爪や牙しか利用できなかった野蛮な連中よりは遥かに器用な生活が送れそうな、極めて人類的なフォルムを持った生物であった。


「原猿類の誕生です。いよいよ、知的生命体への第一歩ですな」


 そうはいってもまだまだ猿。生まれてもやる事は他と変わらず喰い合い殺し合いであったが、投擲による攻撃をはじめ、みるみると手を使った狩や生活様式を確立させていったのは流石であると言わざるをえなかった。木の実を拾ったり皮を剥いたり、毛繕いをしたり蔦を渡ったりと、それまでには見られなかったスタイルで生息地を広め個体数を増やしていくのである。単純な殺傷能力においては他の動物に一歩劣るが、応用力と適応能力においてはこれまでの動物と比較にもならず、時が経つにつれこの猿は圧倒的な優位性を保持していった。そして発生する猿間でのヒエラルキー。形成されるボスを中心とした群れの中で猿共の力関係が明確となり、弱猿は強猿に奉仕を行うようになる。しかしそれだけではない。猿は互いに結束を持ち、相互協力をするようになった。弱い個体を囮にして天敵から全体を逃すといった遺伝子優先のものではなく、強弱関係なく助け合ったりするような関係を築いていたのだ。これはつまり高度な社会性の発露である。

 この異星においてはじめて構築された秩序に俺はある種の感動を覚えた。不毛無益な争いから手を取り合って栄えていく猿共にシンパシーすら受け、これまで軽々に扱われ死んでいった命にようやく尊厳が与えられた気さえした。よくよく考えてみるとこの猿の方が現代社会に蔓延る人間よりも仲間意識が強いように思えた。よく観察してみると猿の中には顔がマズい個体や先天的な機能障害を持った個体も存在していたのだが、群れはそんな個体を見捨てず虐げず、餌や水を分け与え、時には番さえ用立てて個と個の遺伝子を尊重したのである。それは例えば、遺伝子学的に多様性を持たせた方が種の存続に有利だと生得的知見によってもたらされた生存戦略なのかもしれない。あくまで集のための損得により行われる原始的なムーブメントである可能性もなくはないだろう。しかし心というのはそうした原始性から生まれ進化し成長していくのではないだろか。もしこの猿が邪心や悪徳を覚えずヒトへと変わり繁栄していったのならば、ここは実に素晴らしいユートピアへと相成り四聖が如く清き世界となり得るのではなかろうか。


 おぉ神よ。何とも素晴らしきかな新たな世界。俺はまさしく正しいことわりの伝播を刮目せん。


 柄にもなく感銘を受け妙な言葉を心中にて語ったがこの世界の神は俺である。自分で自分に祈っていては世話がない。だいたい俺はそんな殊勝な思考など長く持てるはずもなく、また興味もないのだ。


「石田さん。あの猿凄い男前。雌猿からどんどん求愛されてますよ」


「なるほど寒冷地送りだ」


 俺は神様特権で容赦なくモテ猿を氷河に移し、慌てふためく様を見て爆笑をかました。さすがに絶命前には元に戻したが、以来、その猿は雌猿を避けるようになった。タコが言うには、神の意思を感じ取ったのだという。結構な事である。

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