私が神様です2

 ともかくとして星を作らねばならぬというのであれば仕方ないので天地創造に取り掛かる。途中、タコ(俺はアシスタントだという何かを一旦そう名付け、姿を赤いデフォルメされた蛸にし、ひょうきんでいてボヤキ声が似合う男性の老人ボイスに設定。以降、一段落がつく毎に変えていった)になぜこんな事をせねばならぬかと聞いたところ、「そういうものですから」などとぼけた返答をされ腹が立った。



「まずは植物を作らないといけませんね」


 タコはそう言って何やらシステム画面めいた表示を映す端末をこちらに渡してきた。フローチャート式の進行度はチュートリアル用なのかえらく簡素で、分かれ道のない階層が数段並べられただけの端的な作りであった。


「もっとこう、ないのか。鉱物のみを食べる宇宙怪獣とか超重力化でしか生きられないか弱き生物とかを作って観察するモードは」


「ない事はないですが実績を解放してアンロックしていただく必要があります。まずはスタンダードな動植物を繁栄させてください」


 タコが発するボイスはなにか物足りない。聞き心地のよい声には変わりないのだが所詮は作り物。本質的な魅力がない。なにより足りぬのはユーモアだ。飄々としたトンチキな語りが似合いそうなものだがそんなものはなくマニュアル対応万歳な事務トークは退屈で、出汁と具が入っていない味噌汁のように味わいがなかった。


「もっと愉快に喋れんのか」


 駄目元で要望を出すと「善処します」ときた。そう言って善く処された事はない。馬鹿にしやがる。


 不満はそればかりではない。草花を大地の一角に生やして一時間。待てど暮らせど緑化の気配なくただただそよぐばかりの虚無。微塵も興味のない植物の成長をジッと俯瞰しなければない盆栽プレイを強要させられるというのは堪えらぬ苦痛。いつまでこの無為な時間を過ごさねばならぬのかと怒りが湧く。


「おいタコ。これはいつまで続く」


 そう聞くとタコはちょぼけた口から「億年単位です」と答えた。ふざけるな馬鹿。やっていられるかと激奮を催す。リアルタイムシミュレーターなど正気の沙汰じゃない。


「ならばスキップ機能をご利用になられますか? イベントまで時間を飛ばす事ができます」


 もうね。アホかと。馬鹿かと。そんな機能あるならさっさと出せと。お前な。誰が未来編よろしくな無限地獄を過ごしたいのかと。問いたい。問い詰めたい。小一時間くらい。


「遥かなる時空ときの中で命が芽吹き紡がれていく奇跡は石田様の人生において得難い経験になると思うのですが」


「うるさい馬鹿。俺はナメクジ文明を眺める気はない。スキップ一択だ」


「もぅ、いけずぅ」


「なんて?」


「なんでもございません。それでは、スキップいたします」


 タコは渋々といった様子で台座に設えられた赤いボタンを取り出し(なんともノスタルジーである)、触手の一本をそろりと伸ばしてボタンを押した。


「ポチっとな」


 光陰矢の如しとはこれこの事。比喩でもなんでもなく朝と晩が凄まじいスピードで入れ替わり世界が変貌していく。大地の緑化進行待ったなし。酸素が産まれ大気が生成されていき、原始の惑星は生命体を孕む母体が整った。


「おめでとうございます。単細胞微生物の誕生を経て、魚などの水棲生物が生まれました」


「あ、そう」


 しかしながら魚類らが誕生したところで感慨は浅く殊に思う事はなかった。俺は魚が嫌いだ。生臭いしヌルヌルと滑るし鱗は硬いしで最悪。みんはどうして刺身なんぞをありがたがるのか分からん。あんなものを古来より伝統料理としてきた日本人は味覚異常者の集まりだと断言していいだろう。祝事となれば考えなしに寿司を出す国民性にはほとほとうんざりである。


「続けてスキップだ。さっさと陸に動物を上げろ」


 不愉快は極まりタコに指示を出す。


「忙しない男は嫌われちゃいますよ」


 ぶつくさと文句を言いながらタコがボタンを押すとまた時が走り出し、山がマグマを吹き出したり植物の種類が増えたりして、ついに海老や蝦蛄しゃこの先祖のようなやつやカブトガニみたいなやつ。三葉虫やらオウムガイのなり損ないみたいな輩がわしゃわしゃとおぞましく海中から陸へと這い上がってくるのであった。


「うわぁ……」


 口を衝いて出るドン引きの嘆息。もぞもぞ集団で犇く節足動物もどきに途上両生類共。なんたるグロ注意。これは間違いなくエロなし十八禁の類であり精神衛生ゴリゴリ削岩の狂気一通光景。圧倒的ゲンナリ感が押し寄せてくる。なぜこうもみんなして同時多発的に大地に立つのだろう。これがシンクロニティだろうか。不可思議かつ憤りを抱く。


「見てください石田さん。動物達がこぞって上陸していますよ。素晴らしい。命の神秘ですよ」


 何が神秘か。ただのゲテモノ大行進だ。

 しかしスキップをする事により鼠みたいな動物もちらほらと見え始めた。やはり毛があると幾分か愛らしく見える。


「さて、石田さん。生物が陸上に進出しました。ミッシングリンクを起こせます。早速やってみましょう」


 有無を言わさずタコは端末を寄越した。ディスプレイには始祖鳥めいた鳥が映し出されている。


 ミッシングリンク。

 生物の進化において説明できない連鎖の中間。環境適応の段階飛ばし。

 本来恐竜から進化するはずの鳥類をここでは即産み出す事ができるらしい。


「ささ、選択してください」


 強制されるのは好きではないがやらねば進まぬ雰囲気がしたため言われるままにタップ。甲高い鳴き声と共に卵から誕生した原初の鳥は、フラフラと滑空していき海に落ち、巨大魚に捕食されてしまった。


「ま、こんな事もありますわね」


「いいのかこれ。考古学的損失じゃないのか」


「問題ナッシング。一度発生させたミッシングリンクから産まれたから動物は自動生成されます」


「あ、そう」


 自然というのは、かくも悲しく無情なものか。俺はまた新たに生まれた鳥を見ながら、焼き鳥にしてみたいなとふと思った。

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