第10話 断罪の眼鏡

「僕の今のやり方は、とにかく時間がかかってしまうんです」


 北場光は、両膝に乗せた両手を組みながら

、悔しそうに呟く。警察組織ならまだしも、一般市民の光が探偵を使い犯罪者を探しだすのは難儀する事が容易に想像出来た。


 何しろ人の命が懸かっている。殺した相手が無実だったなんて事は許されないと光は口にした。


 そこで光は散華に提案した。犯罪者を識別する道具を自分達に与えて欲しいと。


「面白いわね光君。それって、どんな道具?


 散華は興味深けに光の提案に耳を傾けた。光は頷き、自信満々にその考えを口にした


「······断罪の眼鏡?」


 北場光の発想に、駿太は呆然とした。それは、犯罪者を見分ける眼鏡だと言う。その眼鏡をかけると、犯罪者のいる場所が特定出来る。


 そして犯罪者本人を眼鏡で見ると、眼鏡にある数字が表示される。その数字は、犯罪者が捕まった場合に課せられる懲役数だと言う


 そして犯罪の種類、その回数も表示される眼鏡を、光は散華に用意してくれと頼み込んだ。


 もしそんな眼鏡をこの純粋な少年が身に着けたら。駿太は想像し悪寒を感じた。北場光は寝る間も惜しんで犯罪者を始末し続けるだろう。


「散華さんはある条件をつけてその眼鏡を用意してくれると約束してくれました」


 光はそう言うと、駿太の目を睨むように見た。


「曙駿太さん。貴方に力の行使をさせると言う条件です」


 光の言葉に、駿太は胸に鈍い痛みを感じた

。それは「早く人殺しをしろ」と言われているかの様だった。


「曙さん。散華さんのノルマの四人。残りの二人をご存知ですか?」


 光の意外な質問に、駿太は素直に頷いた。


「近々四人で集まりましょう。そこで僕達の力の存在意義を改めて語り合うんです」


 光はそう言うと、話は終わったとばかりにベンチから立ち上がった。光から猛然と説得される事を予想していた駿太は、正直拍子抜けした気分だった。


「······散華さんに出会った日も、こんな満月の夜でした」


 夜空を見上げながら、光は静かに呟いた。その言葉を最後に、光は駿太に会釈し立ち去って行った。


 そして止まっていた時間が動き出す。繁華街を足早に歩いて行く群衆を眺めながら、駿太は今夜酒に酔えるのか自信が無かった。


 北場光と出会ってから三日後、光から駿太に連絡があった。それは、力を持つ四人の集いの誘いだった。


 光から残りの二人。つまり万屋悟と坂間三輪も誘って欲しいと、文章で強く念を押されていた。


 正直駿太は気が進まなかったが、四人の集会が実現する迄、光は決して諦めない事が想像出来た。


 ならば早々に済ませてしまおうと駿太は決断した。悟と美輪にメッセージを送り、四人の集まりは直ぐに実現する事となった。


 関東の梅雨明けが間近に迫った日曜日。駿太は社員寮からほど近いファミリーレストランに居た。


 時間は午後三時。昼時は過ぎており、店内はさほど混み合っていなかった。駿太が場所を他の三人に提案した以上、本人が遅刻する訳には行かなかった。


 駿太は集合時間の十五分前に入店し、ドリンクバーのカフェオレを飲みながら時間を潰していた。


 こらから四人で何が話し合われるのか。駿太は考えるだけで憂鬱になった。それは休日の夜が近付くと、明日の仕事を思い気が重くなるのと似ていた。


 最初に入店して来たのは坂間三輪だった。白いワンピース姿の三輪は、駿太に直ぐに気づき席にやって来た。


 続いて万屋悟がスーツ姿でやって来た。どうやら悟は仕事中に抜け出して来た様だ。最後に紺色のシャツとジーンズを着た北場光が現れた。


 四人がけの席は全て埋まり、異能な力を持つ四人が初めて顔を合わせた。


「うわっ。何か僕感動だなあ。曙さん以外の仲間に会えるなんて思わなかった」


 万屋悟が人懐っこい笑顔で無邪気に笑った


「あの。曙さん。今回はどう言う目的の集まりなんですか?内容は会った時には話すとラインに書かれていましたけど」


 坂間三輪が紅茶が淹れられたカップを両手で持ちながら駿太に質問する。


「ああ。とにかくお互いに自己紹介をしようか」


 四人の中で最年長である駿太は、否応無く進行役を務めさせられた。画して四人はそれぞれ自分の事を簡単に説明して行った。


「すごいな北場君!被爆させて殺すなんて、よく考えつくね」


 北場光の殺害方法を聞き、万屋悟は感心した様に光を称賛する。煽って来た相手を宇宙空間に飛ばす人間が言う事では無い。


 駿太は心の中でそう呟いていた。


「自分をイジメた相手に力を使わないなんて立派だわ。私だったら、先ず最初にイジメた連中を始末するのに」


 暴行魔を焼死させる坂間三輪は、光の真面目さに賛辞を惜しまなかった。どうやら悟と美輪は、北場光の行為に共感している様子だった。


「ありがとうございます。今日は皆さんにある提案があって集まっで頂きました。不躾ながら、これを受け取って頂きたいんです」


 北場光はそう言うと、高価そうな革の鞄から三冊の通帳を取り出した。その通帳を、駿太。悟。美輪の前に差し出す。


「北場君。この通帳は?」


 駿太が光に質問した時、万屋悟が裏返ったような声を出した。


「に、にに二億?この通帳に二億って記載されているんだけど!?」


 悟の仰天した様子に、駿太と美輪も手元に置かれた通帳を開く。二人の通帳にも、二億と表記されていた。


「サラリーマンの生涯賃金を参考にその金額に設定しました。その通帳を皆さんに差し上げます。その金額があれば働いて仕事に時間を取られる事も無いでしょう。その代わりに、僕に協力して欲しいんです」


 光の言葉が駿太の耳を通過して行く。まるで光の言葉が頭に入らなかった。駿太が手にする通帳には、自分が一生働いても手にする事が出来ない金額が無造作に鎮座していた。


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