第9話 最後の一人

 真坂三輪との出会いから、二週間が過ぎた

。駿太が住む関東は梅雨入りを果たし、雨の季節が到来した。


 湿気のある気候は蒸し暑く、かと思えば大雨が降り肌寒くなる。配達中の車内でささやかや休憩を取っていた駿太は、手にしたスマホに視線を落としていた。


 真坂三輪からは、早く力を行使する様にと催促のラインメッセージが。万屋悟からは呑気な文体で飲みの誘いがあった。


 人付き合いの苦手な駿太にとって、知己が増えるのは本来歓迎すべき事なのかもしれなかった。


 だが、その新しい知人が大量殺人者となると無条件で喜べない駿太だった。駿太は深いため息を漏らし、短い休憩時間を終え再びハンドルを握った。


 その日の夜、仕事を終えた駿太は繁華街にいた。数少ない貴重な友人と夕食を共にする為だ。


 二つの路線が乗り入れる駅周辺は過剰な程栄えており、夜となると益々人の往来が激しかった。


 明日が休みだと言う気安さも手伝ってか、駿太はリラックスした気分で待ち合わせの居酒屋へ歩いていた。


 先程まで降っていた雨は上がっており、傘が無いお陰で人混みの中を進むのも楽になっていた。


 その異変を、駿太は素早く察知した。否。強制的に反応させられたと言うべきか。三度目その体験は、視覚が見た光景を瞬時に脳に理解させた。


 駿太の目の前を歩く多くの人達の動きが止まっていた。動きだけでは無い。この街の繁華街での喧騒が一瞬にして止んだ。


 突如無音の世界に変わり果てた中で、駿太はそのうめき声を聞いた。見たくも無かったが、駿太は仕方無く声の聞こえる場所を見た


 そこには、長髪のスーツ姿の男が立っていた。男は全身が震え、右手で自分の頭を触った。


 その瞬間、男の頭頂部の髪の毛が塊となって抜け落ちた。それに呆然とする男は、激しくむせ込んだ。


 よく見ると口から血を滲ませている。そして日焼けしたその顔には、紅斑が幾つも浮き出ていた。


 男は両膝をコンクリートの地面に着け、顔から前に倒れた。暫くその身体は痙攣していたが、やがて完全に動かなくなった。


 そのスーツ姿の男を見下ろしている者がいた。黒い学ランを着た男だった。学生は倒れた男にツバを吐きかけ、その場から立ち去ろうとした。


 その時、駿太は学生と目が合った。学生は動揺した様子を微塵も見せず駿太に近づいて来た。


「曙駿太さんですね?話があります」


 駿太に話しかけて来た学生は、険があると言われても仕方無い強い口調だった。学生には駿太の拒否を許さない雰囲気があった。


 駿太と学生はカラオケ店の前に置かれていた木製のベンチに座った。駿太は横目で学生を見る。


 身体は小柄であり、線も細かった。髪の毛は短く刈っており、その顔立ちは良く整った物だった。


「単刀直入に言います。曙さん。何故力を使わないのですか?」


 学生の男。否。少年は鋭い眼光を駿太に向けて来た。駿太は内心でため息をついた。三度目の体験となると、いい加減に場慣れするらしいと。


「先ずは自分の名前を名乗るのが礼儀じゃないか?それとも、それを惜しむ程何かを急いでいるのか?」


 駿太は社会人として最低限のルールを少年に教えた。その効果は意外にもあり、少年は頬を赤く染めて一瞬俯いた。


「······すいません。失礼しました。僕は北場光と言います。見たとおり学生で十七歳です。貴方の事は散華さんから聞いています」


 「だろうね」と駿太は短く答えた。この険のある少年は案外礼儀正しいのかもしれない

。駿太は北場光と名乗った少年に好感を持った。


 そして北場光は黒い和服の女、散華のノルマの一人に疑い無かった。それにしても、先程のスーツ姿の男の死因は何だったのか。


「あれは高線量の放射能で被爆した者の死に方です。あの男は全身をガンに侵され死んで行きました」


 北場光の説明に、駿太は両目を見開き驚愕した。こんな十代の少年が、そんな手法で相手を死に至らしめるのかと。


「さっきのスーツ姿の男は、覚醒剤の売人の中でも悪質な奴です。最初はタダ同然で薬を与え覚醒剤漬けにした後は薬を高く売りつけ暴利を貪る。死んで当然の奴ですよ」


 北場光はベンチに背を預け、空を見上げながら吐き捨てた。光の話に、駿太は疑問を感じた。


 何故学生の光に、あのスーツ姿の男の正体が分かったのか。


「探偵を雇って裏は取ってあります。奴の犯罪行為は間違いありません」


 光の話に、再び駿太は驚いた。高校生に探偵を雇う金などある筈が無いからだ。


「幸い僕の家は裕福なんです。この力を得てから、人を使って犯罪者を探しているんです


 そして見つける度に光は先程のやり方で犯罪者を始末している。そのやり方は、二週間前に会った真坂三輪よりも積極的であり、攻撃的だった。


「······北場君。君はその行為に少しも罪悪感を感じないのか?」


 駿太の質問に、光の表情は一変した。


「この世から犯罪者を減らして、何で罪悪感を感じる必要があるんですか!?」


 叫んだ光は、何かに気付いたように目線を下に移す。


「······すいません。興奮して。僕は身体が小さいのが原因で、学校でイジメられる事もありました。でも僕は、この力を自分をイジメた相手に使う事は決してありません。何故なら、僕のこの力は世を正す為にあるからです


 光ははっきりと。迷いの無い瞳と口調でそう言い切った。事の善悪を端に置くのなら、光の言動は純粋で真っ直ぐな物なのだろうと駿太は感じた。


 そしてその純粋さは、自分が昔に失った物だと駿太は考えていた。目の前に広がる夜の繁華街は、相変わらず時間が止まったままだった。

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