第8話 二人目の異能者

 昼時の空には、ニ羽の鳩が飛翔していた。

だが、その鳩は停止したまま動かない。道路に目をやると、スクーターと軽自動車がそれぞれの車線で止まっていた。


「······君も、散華に見出された一人か?」


 駿太と女は、市民体育館の駐輪場の前にある階段に腰を降ろしていた。駿太が目撃した人体発火現象。


 そして先程から時間が止まった世界。何より駿太の名を知っているこの若い女。一週間前に出会った万屋悟と同様、女も散華のノルマの一人に疑い様が無かった。


「はい。私は真坂三輪と言います。さっきは助けようとしてくれてありがとうございました」


 真坂三輪は、隣に座る駿太に礼儀正しく頭を下げた。


「······礼はいいよ。あれはたまたまだ。俺は元々人助けする様な御立派な人間じゃない。本心は関わり合いたく無かったんだ」


 駿太は真坂三輪に正直に自分の気持ちを伝えた。三輪は暫く駿太を見つめる。三輪は肩までの黒髪を後ろで縛り、顔は化粧っ気一つ無かった。


 身長は駿太より十センチ程低く細め。地味目のその器量はごく普通だと、駿太は失礼極まりない評価を三輪に下した。


 だが、三輪の両眼には表現し難たい強い光が在る様に駿太には感じられた。


「内心がどうあれ、助けようとしてくれた事実は変わりません」


 三輪はそう言うと、小さく微笑んだ。その表情に駿太ははっとした。特段美女でもないこの三輪は、笑うと数段可愛く見えた。


 笑い顔が可愛いと言う表現は、三輪の様な女性に使うのかと、駿太は場違いな事を考えていた。


「······その。真坂さん。あの燃えた三人は」


 思考を元に戻し、駿太は確認しなくてはならない質問を三輪にした。


「はい。見た通りです。焼死しました。遺体の痕跡は何も残りません。勿論、私が手を下した証拠も」


 三輪は淡々と語り出した。先刻の柄の悪い若い男達とは、ネットの出会い系サイトで知り合ったと言う。


 三輪はあからさまに身体目的の出会いを書き込む相手と連絡を取り合い、実際に会う事を頻繁に繰り返していた。


「······何故そんな危険な事を?」


 故意に相手をその気にさせ呼び出す。いざ相手が行動に出ると問答無用で焼き殺す。三輪の行動は、一見無茶苦茶に駿太には思えた


「······曙さん。私、男の人に乱暴されそうになった事があるんです」


 三輪は視線を駿太から外し、重い口調で何かを思い出す様に語り出した。


 女子大生の三輪は、ある日バイトの残業で帰りが深夜になった。一人暮らしをしているアパート迄の帰り道に、三輪は暴漢に襲われた。


 三輪は男に果物ナイフをつきつけられ、口を塞がれ通りに面した公園に連れ込まれた

。芝生に押し倒された三輪は、恐怖と絶望感

で一杯だった。


 そして数瞬遅れで、相手の暴漢への強い殺意が全身を包んで行った。その瞬間、三輪の視界に映る暴漢の男の動きが止まった。


 そんな原因を考える暇は三輪には無く、必死に自分に覆いかぶさる男から逃れた。暴漢の男は相変わらず同じ体勢で身動きしなかった。


 そこで三輪は初めてその状況を不審に思った。まるで時が止まった様に男は固まっている。


「貴方の思っている通りよ。真坂三輪さん。今は時間が止まっているわ。貴方以外のこの世界の全ての時が」


 立ち尽くす三輪の背後から、女の声が聞こえた。それが、三輪と散華との出会いだった


 三輪は散華に自分の能力の説明を受けると

、迷いなくそれを行使した。手法は暴漢を焼死させる事だった。


 暴漢は身体が発火すると時が動き出し、絶叫しながら悶え苦しみ死んだ。その男の姿を

、三輪は睨み続け見送った。


 それからの三輪の行動は早かった。か弱き女性を襲う輩を決して許さない。自分と同じ様な恐怖を感じる女性達を減らしたいと。


 三輪はネットを利用し、身体目的の最低男達をおびき寄せた。その相手を殺るかどうか

。三輪の判定基準は男が乱暴な行動に出るかどうかだった。


 さっきの三人組の様に無理矢理女性を車に連れ込む様な輩は、即刻三輪は死刑判決を下した。


 そうやって三輪は、世の中の卑劣な悪漢を焼死させ続けた。それが、奇異な力を持った自分の役目だと信じていた。


 真坂三輪の話を一通り聞き、駿太は思った

。一週間前にあった万屋悟は、あくまで受け身だった。


 運転中に煽り運転を受けると、相手を宇宙空間に飛ばした。決して自分から積極的に乱暴な運転をしているドライバーを探したりはしなかった。


 だが、三輪は違った。能動的に自分から動き、抹殺すべき対象を探している。駿太は三輪の迷いの無い大量殺人の行為に、ただ絶句するしか無かった。


「曙さん。貴方は力を使う事を躊躇していると散華から聞きました。何故ためらうのですか?この力を使えば、世の中のゴミを減らす事が出来るんです。それは、素晴らしい事だと思いませんか?」


 駿太を見つめる三輪の両眼は、迷いなど無かった。それ処か、三輪の口調には力を使わない駿太への非難も含まれていた。


 駿太は思う。万屋悟は穏やかな青年だった

。目の前の真坂三輪も真面目に慎ましく生きて来たのだろう。


 そんな人間が異質な力を持ち、正当な理由を見出した時、大量殺人が起こるのかと。駿太はそんな自分の思考にはっとした。


 自分も紛れも無く、慎ましく静かに生きて来た人間だと。そして異様な力を持つ身だと


 自分も大量殺人を行う素養が備わっているのか。三輪の真剣な目つきを見ながら、駿太はそんな事を考えていた。


 

 


 

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