第7話 人体発火
曙駿太はチェーン店のカフェを出て車に戻った。車のエンジンを始動した瞬間、周囲の止まっていた時間が突然動き出した。
軽自動車に乗り込んだ万屋悟は、ウィンカーを点滅させ進行方向の車の流れに乗り、走り出して行く。
駿太はそれを見送りながら、手にしたスマホの画面を見た。画面には、ラインのアプリに万屋悟の名前が表示されていた。
駿太は万屋悟にライン交換を求められた。
駿太は連絡先を交換するべきかどうか一瞬迷ったが、散華の情報を得る為にも交換する事を選択した。
早速ラインに万屋悟からメッセージが届く
。そこには「クズを始末したら是非教えて下さい」と書かれていた。
トラックと運転手を宇宙空間に放り投げた後の万屋悟の表情は、清々しい程爽やかだった。
自分の行為を意義ある物だと信じて疑わない者の顔だった。自分も一線を超えれば万屋悟の様に吹っ切れるのか。
駿太はそんな事を考えながら、次の配達先に向かった。
万屋悟と出会ってから二週間後、駿太は市民体育館のジムにいた。仕事がシフト制の駿太は平日休みになる事も多く、人が混まない平日を利用し、安く利用出来るジムを駿太は良く利用していた。
特段身体を本格的に鍛えるつもりは駿太には無かった。程々に運動不足にならない程度に筋トレをすれば十分だった。
筋トレマシンを一通りこなすと、一時間が経過した。いつものメニューを終えた駿太は
、家から持って来た水筒を口にしてジムを出た。
市民体育館を出た駿太は、道幅の広い下りスロープを歩き、駐輪場に向かっていた。今日は天気も良く気温も高い。
スマホの時計を見ると画面には十二時と表示されていた。どこかの店でランチを食べ社員寮で昼寝をする。
午後のスケジュールを決めた駿太は、愛用のママチャリの前カゴに黒いリュックを入れた。その時、駿太の耳に女性の声が聞こえた
。
「止めてください!」
声が響いた方向を見ると、一人の若い女が男三人目に囲まれていた。男達は二十代半ばだろうか。
赤。茶色。金髪。三人はそれぞれの色で髪の毛を染め、着崩した緩いジャージを着ていた。
三人は鼻と耳にピアスをつけており、そのピアスの総計は直ぐには判別出来そうにも無かった。一人はタバコを口にくわえており、三人の男達は薄ら笑いを浮かべていた。
「何だよ?誘ったのはそっちだろう?「寂しい」ってメッセージは切なかったぜ」
茶色の髪の男が女に顔を近づけそう言った
。他の二人は同時に嬌声を上げる。
「······三人で来るなんて聞いてません。一体どう言うつもりですか?」
女は茶髪の男から一歩後ろに退がり、肩にかけた鞄の紐を握りしめていた。
「どう言うつもりかだって?出会い系サイト
を使う女なんて、言い様に遊んでやるしかないだろ?」
茶髪の男はそう言うと、女の左腕を掴み男達の側にある黒いワゴン車の方へ歩いて行く
。駿太はこの目の前の事態に当惑していた。
朝の忙しい通勤時なら完全に無視していただろう。だが今日は休日であり、会社に遅刻する心配は皆無だった。
だが、非力な駿太に男三人に立ち回れる手段も皆無だった。だが今正に車に連れ込まれようとする女を無視出来る程、駿太は冷たい人間になれず。また立ち向かえる勇気がある人間でも無かった。
善意と悪意。二つの勢力が心の中でぶつかり合っている時、駿太は男達の前に駆け出していた。
「何だお前?」
駿太に気付いた赤髪の男が、振り向きざまに駿太を睨んで来た。
「······ここの市民体育館の職員があんた達の事を警察に通報していた。丁度ここの近くを巡回中のパトカーが直ぐに来ると言っていた
。早く立ち去った方がいいぞ」
第三者の警察の通報で男達の狼藉を未然に防ぐ。無論全て駿太の虚言だった。誰も責任を取らず、誰も傷つかない方法でこの場を収める手段を駿太は選択した。
「ああ!?てめぇ何だ?」
「おいやべぇよ。警察来るんならばっくれようぜ」
「ハッタリだよハッタリ!」
三人の声高な台詞が交錯する。男達は女を車に連れ込み、一刻も早くここから移動する事を選択した。
「おい止めろ!」
俺は無我夢中で男達に近づいた。自分はこれからこの三人に暴行を受ける。駿太はそんな事を考えながら、馬鹿なお節介をしてしまったと後悔していた。
その時、女の腕を掴んでいた茶髪の男の身体が赤い炎に包まれた。
「あ?ああああっ!?」
茶髪の男は暴れるように両腕を振り乱し、コンクリートの床に倒れ倒れもがき苦しむ。
続いて赤髪の男、金髪の男の全身も燃え始めた。
飛び散る火の粉と熱気に、駿太は腕で顔を覆った。眼前で起こった人体発火現象に、駿太は絶句するしか無かった。
床に転げのたうち回る三人の動きは、数分で止まった。身動き一つしなくなった三人の身体は完全に燃焼し、コンクリートの床には骨一つ。黒焦げすら残らなかった。
「······あの。もしかして貴方は、曙駿太さんですか?」
呆然と人体発火燃焼を見続けていた駿太は
、女の声で我に気付いた。この惨状下で、女の表情には動揺の色が微塵も無かった。
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