第6話 殺意と想像力
駿太が入ったのは、チェーン店のカフェだった。昼時を過ぎた時間帯の店内の席は、半分程埋まっていた。
駿太は空いている席に座った。忙しい仕事中。しかも会社のユニフォーム姿でカフェで休憩するなど、普段ならあり得ない事だった。
「先ずは自己紹介しましょうか」
小さいテーブルを挟み、駿太の向かいに腰を降ろしたスーツ姿の男が口を開いた。駿太は胸ポケットからスマホを出し時間を確認する。
五分程前からその時間は変わらぬままだった。周囲の席に座る客達も固まったように身動き一つしない。
駿太には未だ信じられなかったが、この世界の時間は止まっていたのだ。
「僕の名前は万屋悟。よろずや。なんて変な名前でしょう」
万屋と名乗った男は笑いながら、外の自動販売機で買ったアイスコーヒーの蓋を開け一口飲んだ。万屋悟は二十六歳。
医療機器の販売営業をしており、その営業中に先刻大型トラックに煽られていたと言う
。
駿太は万屋に質問したい事が山程あったが
、ついさっき自分が目撃した光景の理由を何となく想像出来ていた。
「······万屋君。何故君は俺の名前を知っているんだ?」
万屋悟が一緒に買ってくれた缶コーヒーに手を付けず、駿太は両手を膝に置き慎重に質問する。
「曙さんの事は、散華さんから聞いていました。もし曙さんに出会ったら、クズ共を始末する楽しさを教えてあげてくれ。そう頼まれていました」
『やはりそうか』
駿太はそう思った。万屋悟の口から散華の名前が出た時点で、大型トラックの飛翔事件の全体像が把握出来た。
駿太の目の前でアイスコーヒーを旨そうに飲むこの若者は、駿太と同じく強い殺意と想像力を持つ者。
そして、それを散華に見出され、気に食わない相手を完全犯罪の方法で始末する手段を与えられた者。
この時間が止まった世界も、万屋の犯罪行為が証拠として残らない為だと推測された。
周囲を見回す駿太に、万屋は気さくに微笑んだ。
「今、曙さんが想像している通りですよ。僕が力を使うその瞬間、世界の時は一時的に止まります。防犯カメラにも映像は残らないんです。お陰で僕の行為は誰にも知られない。全く便利な力ですよ」
快活に話す万屋悟を、駿太は改めて観察する。清潔に切り揃えられた髪。細身の身体に合った紺色のスーツ。
営業職らしく清潔感が漂う格好だ。そして眼鏡の奥の両目は穏やかその物であり、この優しげな若者が、目の前でトラックを空の彼方へ飛ばしたとは駿太には思えなかった。
「······その。万屋君。あの空に消えたトラックは何処に行ったんだ?」
トラックの。そしてその運転手の結末を駿太はどうしても確認しなくてはならなかった
。
「最終的に宇宙空間に飛ばされます。あ!生身の人間が宇宙空間でどうなるか知っていますか?調べたんですけど面白い事になるんです。聞きますか?」
万屋悟は手に持った缶コーヒーをテーブルに置き、身を乗り出す勢いで駿太に問いかける。
「······いや。止めておくよ。何となく想像出来るから」
駿太は返答しながら確信した。今自分の目の前に座る善人にしか見えないこの若者は、駿太が超えられない一線を容易く超えている事に。
「······曙さん。僕は痛ましい交通事故のニュースを見る度に思うんです。この世から乱暴な運転をする連中が消えたらいいのにと」
僅かに浮いた腰を再び椅子に降ろし、万屋悟は語り始めた。万屋悟は営業の仕事柄、一日中車を運転する。
必然的に悪質なドライバーと遭遇する確率が高い。同じく運転が仕事の駿太もそれは同様だった。
社名が記載された車は、兎角他のドライバーから舐められ強気に出られるケースが多かった。
それは駿太も同じだった。何かあれば、直ぐに会社に苦情を言われる立場なのだ。万屋悟は運転中、幾度と無く煽り運転を受け、危険な目にもあった。
そんな悪質なドライバーに、万屋悟は強い殺意を抱く様になったと言う。そしてある日
、運転中の万屋悟はベンツの車に煽られていた。
ベンツの運転手はサングラスをかけ、腕を窓から出しその指にはタバコが挟まれていた
。その時万屋悟は、強い殺人衝動に駆られた
。
その瞬間、世界の時は止まり、万屋悟の前に黒い和服の女が現れた。散華は万屋悟に完全犯罪の方法を教え、万屋悟はそれを実行したと言う。
「同じ仲間に会えて嬉しいです。僕が力を使い時が止まっても、曙さん達仲間だけはその中で動ける。だから僕は曙さんが直ぐに仲間だと分かったんです」
万屋悟が連呼する仲間と言う言葉に、駿太は形容し難い違和感を感じていた。
「その。万屋君。君の様な力を持った人達が他にもいるのか?」
駿太は喉の乾きを覚えたが、万屋悟が用意してくれた缶コーヒーを飲む気がどうしてもしなかった。
「まだ僕は会った事が無いですけど、あと二人居るそうです。僕と曙さんを含めて合計四人。それが散華さんの残りのノルマらしいです」
万屋悟の言葉に駿太は考える。確かに散華はあと四人で昇進出来ると言っていた。目の前に座る万屋悟はとっくにその一線を超えている。
万屋悟の言う残りの二人と駿太。実質この三人が殺人行為を行えば、散華は目出度く出席出来るらしい。
「曙さん。早くクズ共を始末して、少しでも良い世の中にしましょう」
目を輝かせて熱く語る万屋悟に、駿太は汗を流しながら沈黙していた。その汗は湿度の高い気温のせいか。空調が停止した店内の暑さのせいか。
駿太はその原因を測りかねていた。
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