第2話 最終試験の課題

『我々が信仰する五大創造神さまに、唯一料理を捧げることのできる五つのチームがあることはみなさんご存じでしょう。その昔、生まれながら才気に恵まれた神童が、限りある生命の時間を全て費やし、血が滴り落ちるほどの努力をしても、その頂の一端に到達できたかどうかは誰も知らないと言います』



 歌うように口上を述べる司会の男。

 観客の意識を操る指揮者のような立ち振る舞いで、声が次第に大きくなる。



『そんな人知から超越した神々の料理番を務めるチームから脱退が囁かれて早一年。ついに伝説の幕開けを、皆さんがその目でご覧になられる日がやって参りましたぁぁぁぁぁあっ!』



 台詞の起伏を自在に操り、観客の心を鷲掴みにした男は猛獣を檻から解き放つように言う。



『それでは登場していただきましょぉぉぉう! 〝支配者ドミネーター〟メリアぁぁぁぁぁっ!』



 大仰な紹介に誘いだされ、メリアは押し出されるように舞台袖から登場した。


 すでに会場は熱気に包まれていたが、メリアが登壇すると、さらに温度を上昇させた。群衆の波動がステージを飲み込んでしまうほどに押し寄せる。


 金色の髪をなびかせ、中央へ悠然と歩く。

 拡声器を口元へとあてがえ、会場を見回す。


 メリアがステージの中央に立つと、さっきまでの歓声が全て幻だったかのように、会場がシンと静まり返った。


 噂に違わぬ眉目秀麗な金髪の森民族エルフ

 いつしか〝支配者ドミネーター〟と称され、〝神々の料理番グランシェフ〟の一員として手腕を振るった天才料理人が何を語るのか。


 会場に集った者たちは、一様にその言葉に耳を傾けた。



『紹介に預かったメリアだ。ずっと辺境の地で料理をしてきたせいか、どうもこういう場は苦手でな。至らぬところがあるとは思うが、なにとぞお手柔らかに頼む』



 メリアは挨拶がてら、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

 その偉そうな口ぶりさえも、今は風格を感じさせる要因の一つとして見事に昇華されていた。



『まず礼を述べたい。今日はわたしのためにこんな大々的な催しを開催してくれて感謝する』



 会場の観客を見回し、次いで傍らで待機する運営を務めてくれたギルド職員へと目配せをした。

 そしてメリアの視線は、戦いのゴングが鳴る瞬間を、よだれを垂らしながら待つ参加者へと注がれる。


 この人だかりのお目当ては〝支配者ドミネーター〟たるメリアだけではない。


 十万を超える書類選考を潜り抜け、ギルド職員による技能審査を通過し、厳しい条件のなかでふるいにかけられながらも生き残った、名だたる著名な料理人たちも含まれている。


 皆、メリアのチームへと加入し、伝説に名を連ねる存在へと成るために集まった者たちだ。



『知っての通り、わたしは某チームを一年前に脱退した。そこに色々な憶測が飛び交っているようなので、この場を借りてはっきりさせておこうと思う』



 世界征服でも、億万長者でも、不老不死でもない。


 〝支配者ドミネーター〟として名を馳せた彼女が望むことは、たった一つだった。



『わたしが脱退した理由。それは、来るべき十五年後の【美食の宴】で〝神々の料理番グランシェフ〟の一席に名を刻み、名実ともに至高の料理人としてこの〝神々の食糧庫アルカディア〟の地に君臨するためだ』



 その意味が会場に浸透した瞬間、今日一番の歓声が爆発し、地響きを起した。


 創設以来一度も瓦解することもなく守り続けられている〝神々の料理番グランシェフ〟。


 長い歴史の中で世界の主たる五大創造神と同等にまで扱われるようになったその存在を、命知らずの森民族エルフは、この公衆の面前で奪い取ると高らかに宣言した。

 それがどれだけ無謀で、罪深いことなのか。この世に生きる者であれば、否が応でも本能に刻み込まれてしまっている。


 無理だろと嘲笑する者。

 予想外の言葉に慌てふためく者。

 その愚かさを大声で褒めたたえる者。

 しかし、そういった者たちの中には、少なからず恐れ知らずの大馬鹿が紛れている。

 

 この者なら成し遂げられるかもしれない、と。

 少なくとも、最終選考に残った者たちはその壮大な夢

を微塵も馬鹿にはしなかった。



『早速だが本題に入ろう』



 観衆の反応など気にした素振りは見せず、着々と進行するメリア。



『最終審査の方法はとてもシンプルだ』



 どんな課題が来るのかと参加者たちの顔が一斉に強張る。



『ある料理の中に含まれている食材をすべて答えてみせろ』



 料理人たちが、困惑したように顔を見合わせた。


 最終審査には錚々たる面々が残っていた。

 この場に相応しく、料理における魔法技術や知識を正々堂々とぶつけ合い、参加者たちの優劣をはっきりさせるものだと思っていたのだろう。

 ところが、実際に課題として提示されたのが『味覚』にフォーカスされたものだったため、意外に感じてしまったのだ。



『【ドラゴン尻尾テール汁物スープ】――味見をしなくとも、その味を再現できるほど神へ捧げたあたしの特別料理スペシャリテだ』



 しかし、その料理名が発表された瞬間、参加者を含めた会場全体にどよめきが伝播した。


 有名な森民族エルフ物語の作中にもたびたび登場する〝支配者〟の代名詞ともいえる伝説の料理名。


 神の舌をもうならせるとも言われる珠玉の一品。


 ただでさえ最上位であるSS等級に格付けされる至上の食材たるドラゴン

 もしかすると、扱ったことのない者も参加者の中にはいるかもしれない。



『この日のために少し奮発させてもらった。ドラゴンは南東最奥のアルミオラ山岳で狩ってきた正真正銘の最高級品だ』



 アルミオラの地名が出て、さらに会場は困惑する。

 曰く、神々の住まう地と人類の住む地を隔てる山岳。

 市場に稀に流通する食材には、ことごとく家が建つような破格の金額がつけられ、〝大魔境〟には含まれないが、それでも一流のチームでしか探索を許されない秘境中の秘境。



『この国中にある文献を漁ることは許そう。公平さを出すために、舞台裏に用意した五百種類の食材の中には、ドラゴン尻尾テール以外にも実際にこのレシピに使われている食材が全て紛れている。実際に調理してくれても構わん。一つずつ味を確かめ、文献をたどり、調理して答えを導きだせ。それが、わたしが求めるわたしのチームに加入する最低条件だ』



 そう言い終えると、会場内の各所に設置された巨大な映像水晶モニターが一斉に点灯した。

 そこに映し出されたのは別会場に設置された巨大な食糧庫パントリー


 色とりどりの食材が保管方法ごとに美しく陳列され、最新式の魔法陣が描かれる設備の整った厨房が、等間隔で設置されている。



『実際にわたしが創った【ドラゴン尻尾テール汁物スープ】が、会場にはすでに用意されてある』



 〝支配者ドミネーター〟メリアの料理が実際に食せるとなって、参加者であるはずの料理人でさえ顔の表情が緩んだ。

 観衆はその味を恵んでくれと言わんばかりに声を張り上げる。



『そして、日没までの制限時間内であれば何度でも回答権を与えよう』



 これでも最初に企画した案より、だいぶ濃度を薄めた内容になっていた。


 当初は食べただけですべての食材を当てさせるつもりだった。

 さすがにそれはイベントとして面白味に欠けるというギルド側の要望があり、トップシェフたちの料理をしている姿を見せるために、妥協に妥協を重ねた結果この形に落ち着いた。


 メリアは懸念していた。

 予期せぬ大量の合格者が出てしまうことを。


 こうして会場を移して開始された最終選考。

 しかし、いざ開始してしまうと、メリアの予想しない方へと事態は転がっていく。

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