ぼくという料理のつくりかた、あなたというレシピ。

塩少々

プロローグ

第1話 伝説の料理人

 世界有数の大都市として名を馳せる【アルカ】という地がある。

 この日のアルカは建国三百年の歴史を紐解いても、最も人の往来が激しかった。


 国が多額の資金を投じて大々的に行った区画整理が功をなし、アルカの街並みは規律的な美しさがある。

 豪奢で洗練された建築物には煌びやかな祭り仕様の装飾が成され、歩道には多くの露店が立ち並び、美味しそうな匂いを立ち昇らせていた。


 上空を優雅に泳ぐ巨大な飛行船には映像水晶モニターが設置され、ここぞとばかりに有名商会の宣伝が次から次へと流れていく。


 誰かが誤って手を放してしまったのだろうか。

 風船がフワフワと宙を漂い、飛行船を親だと思って追いかける子供のように晴天の遥か彼方へと消えていく。


 調教テイムされた魔法生物モンスターを悠々と引き連れたド派手なパレードの一団が大通りを行進し、父親に肩車をされた獣人族ビーストの子供が、照り付ける熱い日差しに負けないくらい熱のある拍手喝采を浴びせていた。


 皆がそのお祭りムードを楽しんでいるように思えた。

 けれど、それは一年に一回開催される建国祭ではない。

 この騒ぎの目玉は、派手なパレードでも、立ち並ぶ屋台でもなかった。


 ある一人の料理人の門出を祝うためのものである。


 ▫︎▫︎▫︎


 物が雑多に置かれ、部屋の隅に置かれた空調機から放たれる冷気で涼しくなった室内。

 舞台の袖に設置された簡易テントの中で、女性が二人、その時が来るのを待っていた。


 そのうちの一人が、持っている書類に何度も目を通す。

 おおよそ数百枚ほどある紙束。

 そこには顔写真が貼られ、名前や種族、経歴や扱える魔法の種類などが事細かに記されていた。



「随分と減らしましたよね」



 彼女は自分たちの頑張りを褒めるような口ぶりで話し始める。



「そうだな。キミたちの協力がなければ終わらなかったよ」



 その言葉に、もう一人の女性が賛同した。

 記憶にあるのは、視界一面に広がる山のように積まれた紙束だ。

 世界各地から郵送され、集まった用紙の持つ意味は、今日の催しのメインイベントに参加するための申請書。

 これが全て、立候補者の化身だと気付くと軽くめまいがしたのを覚えている。



「応募者十万人ってちょっとした国ができちゃいますもんね」



 そう可笑しそうに言った女性は、ギルド職員の証である白黒の制服を着こなしている。


 頭についた獣耳が楽しそうにピコピコと動く。

 催しの準備に尽力した獣人族ビーストの彼女も、今日という日が盛況なことに職務であることを忘れて浮かれているのだろう。



「さすが〝神々の料理番グランシェフ〟のチームメンバー様です」



 そう羨望を滲ませるように言って、獣人族ビーストのギルド職員は、視線の先で座る女性を見た。


 朝日のように輝く金色の髪。

 遥か彼方に見える稜線のように聳え立つ尖った耳。

 人形のように端正な顔は、人形以上に冷たさを感じさせる凍てついた表情をしている。


 同性のギルド職員から見ても美しいと息をのむ森民族エルフ――メリアは、懐かしむようにポツリと言葉を漏らした。



「……元、だけどな」



 本当にチームを辞めたのだなと、ふと思った。

 正確に覚えてなどいないが、数百年間はお世話になった場所だった。

 エルフの寿命は長いとはいえ、思うところはたくさんある。


 ――〝支配者ドミネーター〟と称された料理人

神々の料理番グランシェフ〟から独立。


 そんな情報が世界中を旋風したのは、今から一年前のことだった。


 その情報をあざとく嗅ぎつけたアルカのギルドが「大々的に催しましょう!」と提案してきたのが半年ほど前。


 大都市アルカ全面協力のもと『〝支配者ドミネーター〟新チーム発足記念式典』が開かれた今日。

 それは蓋を開けてみれば、この国一番のイベントである建国祭を上回る記録的な盛況ぶりとなった。


 街を行き交う千差万別の種族を当たりにして、それまで自分の背後に当たり前のように存在していた力の大きさに、辺境の地で何百年も籠って料理をしていたメリアは、ただ驚くことしかできなかった。


 事態が大きく膨らんでいくに連れ、自分の中で隠している一つの不安要素・・・・が、輪郭を濃くしていく。

 それを思うと、尽力してくれたギルド職員の面々には一抹の申し訳なさを感じてしまうが、何としてでもこの秘密を露見させるわけにはいかなかった。



「そういえば……もうお体の方は万全なんですか?」



 まるで人の心を読んでいるようなタイミングで振られた、その話題。


 一瞬ビクッと反応したメリアはそれでも、笑わないことで有名な表情を崩すことなく、淡々と答える。



「ああ。もう万全だ」


「前人未踏の〝大魔境〟ですもんね~。生還できただけでも奇跡だったと聞いております。ちらほら耳に入ってくるお話をきくだけでも私はお腹がいっぱいです」



 どんな情報が外へと漏れて、人々がそれをどう感じとっているのかはメリアには知る由もなかったが、少なくとも、あのことは自分のなかだけで押し留められているだろう。


 今日という日が無事に迎えられたことが、何よりの証明になっていた。



『みなさぁぁん、大変おまたせしましたぁぁぁぁっっ!』



 拡声機で拡大され、遠くまで響く陽気な声が天幕越しに聞こえてくる。

 それに便乗して高まっていく野太い歓声。

 司会の男はその声に応えるようにさらに気分を上昇させてマイクパフォーマンスを苛烈させる。



「そろそろ出番のようですね」



 メリアは「ああ」と言うと立ちあがる。


 あの絶望の日から一年が経った。

 誇り高き森民族エルフとして産まれ、数百年の時を生きてきたメリアだったが、この一年間はこれまでの人生において、もっとも苦痛の日々だったと記憶している。


 それも、今日で終わりを迎えられる。

 そう思うと、舞台へ向かう足取りが軽かった。


 天幕を出て、外の光を浴びる。

 太陽が照りつけ、真っ青な青空がどこまでも遠くに広がっている。

 遠くから、熱狂する歓声が聞こえ、鼓動が柄にもなく早まる。


 メリアは一歩、踏み出した。


▫︎▫︎▫︎


 メリアに笑顔で手を振りながら見送り、ふと、視線を逸らした先で。

「……あ」と。お世話をしていたギルド職員は気付いた。

 机に用意された茶請けと茶には手が一切つけられていなかった。

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