第3話 二つ名持ち


「違う」



 この言葉を発したのは今日で何度目だろうか。

 椅子の肘掛けに頬杖をつき、参加者と答え合わせをする作業ももう手慣れたものだった。


 用意された五百種類のうち、実際に使われている食材の数は三十六種類。

 現時点で、正答率は最高でも五十パーセントに届かなかった。



『百戦錬磨の猛者たちが高い壁を前に手も足も出ないっ!』



 司会者が場を煽る声が、拡声器を通じて会場全土に響き渡る。



『シェフメリア。わたしは料理人ではないので何とも言えないのですが、この食材当てというのは正解できるものなのでしょうか?』



 そう謙遜しながら尋ねる司会者は、本業の傍ら名の知れた美食家でもあった。

 その実力はこのイベントの司会として抜擢されているほどだ。尋ねずともその答えを知っているつもりでいた。



『ああ。わたしが所属していた〝神々の料理番グランシェフ〟では当たり前だった』


『えっ⁉』



 そのため、予想に反した答えを出され、司会の男は仕事を忘れて素の反応をみせてしまう。



『……んんっ、ゴホン。本当に凄まじいですね、神神々の料理番グランシェフという集団は……』


『ああ、あそこは人外の才が集う紛うことなき化物の巣窟だよ』



 実際、これよりも条件は厳しいが、神々の料理番グランシェフの一次試験に似た内容のものがある。


 目の前の悲惨な現状に直面して、ギルド側の懸念がようやく事実として浸透していくのをメリアは感じていた。

 自分の価値観と、この世界の価値観との間に、数百年もの時間のなかで大きなずれが生じてしまったようだ。


 世界各地からその世代を代表する唯一無二の鬼才や百年に一度の天才と謳われる器が自然と集まり、淘汰され、しのぎを削るその場所が、何時しかメリアにとっての当たり前になっていた。

 しかし、その猛獣や毒虫だらけの檻から一歩出てしまえば、世界がどれだけ平和だったかを痛感してしまう。



『しかし、この正答率を見ると、一人も通過者がなく終わってしまいそうなのですが……』


『……構わないさ。神々の料理番グランシェフの一角を崩すんだ。それくらいの力はなきゃ困る』



 その言葉に会場にどよめきが走った。


 苦し紛れに放った言葉であったが、その効果は絶大だった。

 諦めかけていたシェフたちの瞳に闘志が再燃し、厨房の過激さが肌にビシビシと伝わった。



「ちょっといいかしら?」



 そんな時、料理の試行錯誤に集中する集団から離れ、一人の少女がメリアの元へ堂々とやってきた。



『発言を許す』



 体躯の半分くらいまで伸びたウェーブがかったブロンドの髪。

 口を開くとちらりと覗く、八重歯のように生えた鋭い二本の歯。

 剣呑な雰囲気を醸しだしながらも、どこか品のある立ち振る舞い。


 森民族エルフと並び、この世界では希少種として扱われる吸血鬼ドラキュラの特徴を持つ小柄な少女は、メリアを頭から先まで品定めするように一瞥すると、口を開いた。



「ありがとう。あたしの名前は〝先駆者パイオニア〟リタ。以後、お見知りおきを」



 希少な〝二つ名持ち〟ということを誇示するように自己紹介をしたリタは、頭を垂れず、下げるスタイルで優雅に挨拶をする。


 その意味は、あたしはあなたと同等の立場にいますよという意思表示。


 〝先駆者パイオニア〟リタの性格が顕著に表れた動作だった。


 果たして、伝説として世界中に名を轟かせるメリアに対してそれを平然とできる者が、この世界に何人いようか。



「あたしの得意分野はもっと他のところにあるわ。あたしの真価を測るのにはっきり言って、こんな試験は無意味よ。もし特例であなたのチームに加入させてもらえるのなら、花を添える活躍をしてあげようじゃない」



 踏ん反り返りながら、自信満々にそう宣言する。

 その表情は一切の曇りがなく、圧倒的な自信で満ち溢れていた。


 まるで、自分がチームに加わるのではなく、メリアを自分のチームに招きいれるとでも言わんばかりの態度。


 事実、彼女にはそれをするだけの実力があった。

 この最終試験の合格者の最有力候補にも数えられている。


 その証拠に、映像水晶モニターを通じて映し出された大物美女の二人の接触に、会場の熱量は一気に高まっていた。



『お前は根本的な勘違いをしている』



 しかし、そんなことを考慮しないメリアは、その申し出を完膚なきまでに一蹴する。



『わたしは言ったはずだ。味覚・・を審査すると』



 その言葉には、有無をも言わせない迫力があった。



『厨房でシェフの命令は絶対だ。お前はシェフとして慕うつもりでいる者の命令も守れないのか? そんなに花を添えたいなら故郷に帰って土でも耕すんだな』



 その声は拡声器を通じて会場に響き渡った。

 あちこちで失笑が起こり、一部ではリタの熱烈なファンによる悲鳴も聞こえた。


 一瞬の沈黙の後、その発言の意味を理解したリタの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。



「あ、あなたねっ!」

 

 その突出した才と希少な血統ゆえに、物心をついた時からリタは従える側の人種だった。


 そんなリタにとって、誰かのチームに加入し、下に就くということ自体、様々な葛藤が生まれた。

 苦渋の決断を経て、今後のキャリアことを考えた結果、今この場所に立っていた。


 本来であればこんな役回りは、〝先駆者パイオニア〟リタというキャラクターが望むところではない。



神々の料理番グランシェフの元メンバーだったからと言って調子に乗らないでもらえるかしら。どうせ、その傲慢で不遜な性格が祟って神様に厨房から追い出されたんじゃないの?」



 メリアの人を見下すような発言に我慢の限界が訪れ、自分のことを棚に上げたリタは、本来の傲慢で不遜な物言いへと戻った。 


 鋭い牙を剥き出しにして、今にも血を吸ってやろうかと言わんばかりに敵意を露わにする。  小柄な体躯のどこにそんな溌剌としたエネルギーをため込んでいるのかと思うくらい爆発的な立ち振る舞い。

 まるで天災のような言動で、リタはメリアに喧嘩を売る。



『傲慢で不遜か……では、同族嫌悪というべきかな。わたしもキミのことが嫌いなようだ』


「言ってくれるじゃない。あたしをここまで馬鹿にしたのはあんたが初めてよっ!」


『そうか。軽口を言い合える友達がいないんだな。納得だ』


「マジで血吸うわよ、あんたっ」


『〝先駆者パイオニア〟というのは怒りっぽいという意味で解釈していいのかな?』



 今にも殺し合いを始めてしまいそうなほど苛烈な、一色触発の雰囲気。

 会場は天変地異にも似た言葉の応酬に、息をのんだ。



「ふんっ。〝支配者ドミネーター〟の名に恥じない愚かな暴君ね」



 吐き捨てるように言うと、リタは踵を返した。

 まるで付き合ってるのが馬鹿馬鹿しいとでも言うように、メリアの態度を鼻で笑う。



「あんた、まるで何かにとりつかれているみたいよ」



 最後にそうポツリと言い残すと、その場を躊躇なく立ち去っていく。


 その意図せず放たれたリタの言葉の矢が、メリアには深く刺さった。


 とりつかれている――それは間違ってはいない。

 あの日以来、メリアは覚めない悪夢にとりつかれている。


▫︎▫︎▫︎


 何時しか日没がやってきた。

 その日、メリアのチームに加入を志願すべく集まった総勢百十二名。

 その中には類稀なる才能を見出され、世間から〝二つ名〟を謳われる者が何人かいた。


 史上最年少で格式あるコンテストを総なめした神童がいた。


 大国の国王に料理の腕を買われ、巨大な厨房を長年指揮してきた料理長がいた。


 世界各地を渡り歩き九つの大陸と百を超える国を踏破した美食を追い求める冒険家がいた。


 歴史を塗りつぶす伝説の幕開けだと、誰もが大声ではしゃいでいた。


 それに相応しい錚々たる面々が闘志を剥き出しにして、火花を散らしていた。


 噎せ返す熱気のなか、誰もがその瞬間を強く焦がれるように待ち望んでいた。



 ――しかし、合格者は一人も現れなかった。

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