第95話・3回、焦り

 3回表、平業の攻撃。

 一番からの好打順、先頭打順、烏丸。

 火山高校はここで投手を入れ替える。


 三番、ピッチャー→セカンド、佐藤。

 六番、セカンド→ライト、花瀬。

 九番、ライト→ピッチャー、塩田。


「塩田が投手?」

「登板経験あったのか?」

「一応リトルまでは投手経験があったみたいです。強豪だけど、メンバーの少ないチームでやっていたので、複数ポジションをやらざるを得なかったと」

 尾河から預かったデータを見ながら、京平が解説する。

「でもメインは間違いなく外野だったので、ここで登板させる程の経験も実力も、足りないような気はするんですがね。佐藤は中学までだったからまだしも……」

 投球練習を見る限り、確かに完成はしているものの、先程の佐藤に替えて投げさせる程かと言われると、疑問が残る。

「ま、投げるって事は実際レベル高いんだろ。出てきた以上はやるしかねぇ」

 そう言って烏丸は打席に向かっていった。

(お手並み拝見といこうか……)

 右打者の烏丸は右投手に不利、とされる。

 しかし、烏丸の得手不得手は投手の利き腕にはあまり左右されない。

 何故なら、

「ストラーイク!」

「……!」

 烏丸の苦手意識は、球速にこそあるからだ。

(遅い……。いや、遅く感じさせられている?)

 先程の佐藤は速球一本で、地肩の強さもあり、球が速すぎた。

 それに比べて塩田の球は遅すぎた。

 恐らく120も出ていないのではないか。

 ストレート一本で20近い球速差。

 それによる違和感は烏丸も例外ではない。

 二球目。

「クソっ!」

 やはり球速差に適応できず、早振りしてしまった。

 バットの先に引っ掛け、セカンドゴロに終わる。


 その後、平業は三者凡退。

「畜生!」

「落ち着け森本」

 烏丸と同様、良いように打ち取られた京平は若干荒れていた。

「何をそんなに焦ってんだ?」

「さっきの失点は俺のミスです。俺が取り返さないといけないのに。あの人が出てくる前に……」

「気持ちは分かるけどよ。野球はチーム戦だし、お前はキャッチャーなんだ。一人でどうこうしようとする前に、できることあんだろ」

 その言葉を聞いて尚、京平の中から焦りは消えなかった。

「心配すんな。お前たち一年は目の前のプレーを全力でやればいい。チームの責任を背負うのは上級生の役割だ。例え打てなくても、今日は俺がいる。だから、思いのままにやってこい」

「嶋さん……」

 負ければ終わりの、夏の高校野球で、これほど冷静に、後輩に言葉をかけられる高校生が、一体何人いるだろうか。

「さぁ、切り替えていこうか! まだまだ試合は長いぞ! 落ち込んでいたら取り返せるもんも取り返せないからな!」

 嶋の言葉で全員が前を向く。

 言葉でも、プレーでも、チームを奮い立たせることができる。

 これが嶋奏矢。これが主将。

「頼りになるぜ。流石主将。馬鹿のくせに」

「本当にな。気合が入る。馬鹿のくせに」

「野球に関しては間違いないからな。馬鹿のくせに」

「お前ら、聞こえてんぞ」

「「「聞こえるように言ってる」」」

 自身をイジる三年生に飛びかかる嶋。

 それを横目にして笑いながらも、気合を入れ直す京平。

(そうだ。打席はまだ回ってくる。今は守備に集中しよう)


 火山は二回を七番で終わったので、先頭打者八番から。

 国光はしっかり切り替えて、再び三者凡退で抑える。

 身体が温まってきたか、変化球のキレが増しており、火山の重量打線を持ってしても、前に飛ばすことはできなかった。



「国光さん、ナイスピッチング」

「あぁ、サンキュー。お前のリードと、バックの守備のおかげだ」

「やっぱり一番の脅威は久実さんですね。あの人を抑えない限り、平業の勝ち筋はかなり狭まる」

「そうだな……」

 国光の仕上がりはかなり良い。

 故障前よりもかなり上のクオリティ。

 点を取られても焦ることのない、心臓の強さ。

「なぁ森本。正直に言ってくれ。お前から見て、俺の持ち球で、笠木に通じるものは、あるか?」

 国光の問いに京平は考える。

 そもそも、国光自身の持ち球はかなり完成度の高いもので、それを簡単に打ってしまう久実がおかしいのだ。

 一球一球は間違いなく、どんな強打者にも通じる。

 久実にもそれは例外ではないだろう。

 しかし、能力そのものだけでなく、勝負強さなど、精神的な強さも加味すると、大きく勝負の結果が変わってくる。

 そういったものも含めて、フルスペック久実に対抗できると断言できる球種は、国光も、全国どこの投手を見ても、持っていないのではないだろうか。

「これと断言できるものはありませんが、フォークだけは、他のどの球種よりも信頼できる。……としか言えませんね」

「そうか」

 国光はその言葉を聞いてなお、下を向かない。


「なら、もし、奴との勝負でどうしようもなくなったら……」


「俺に、フォークのサインを出してくれ」


 決意を固めた顔で、そう言った。

「分かりました。そうします。でも、そうならないように、俺もリードしますから」

「あぁ。頼むぜ」

 そう言う国光の背中に、京平は頼もしさを感じずにはいられなかった。


現在のスコア

平業 1−1 火山

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る