第87話・対戦ガチモード
「畜生め、何で俺はジャンケン弱いんだよ」
「残念やったな。まぁ俺との対戦を見て球筋研究しとけや」
「左のお前と右の俺じゃ参考にならねぇ」
「いや京平、お前はそんな事言ってられるレベルにはおらんのやぞ……」
目の前で繰り広げられる元バッテリー漫才。
先程、あれだけ気合十分に打席に立った京平は、郷田に首根っこ掴まれて怒られた。
「ジャンケンに決まっとるやろ」
「何でだよ!早い者勝ちって言ったろうが!」
「お前が勝手に言ったルールやろそれ!こっちはそもそも承諾すらしとらんからな!」
何か言い返そうとした京平だったが、提案はフェアに決める為には最適であり、それ以上の事は言えず。
渋々ジャンケンに挑んで呆気なく散った。
「ハァ……」
「まぁ元気出せよ京平。俺もお前との勝負は楽しみだからさ。お楽しみは最後に、って言うだろ?」
「……迅一」
しょーがねーなー、と言いながら素振りを再開する京平。
お楽しみは最後。満更でもないようだ。
「さて、真剣勝負といこうか郷田」
「おう。遠慮はいらんぞ、迅一」
郷田真紀。
元々は中学生にして球速140キロを記録した豪腕怪物。
しかもそれが中2前半の話って言うんだから恐ろしい話だ。
それだけの球速が出せた理由は、彼のフィジカルにある。
と言っても、
確かに平業一年生の中では大きい方ではあるが、地区全体、高校野球全体で見れば、標準体型側である。
彼は、自分のフィジカルポテンシャルの引き出し方が上手いのだ。具体的に言うならば、大きな動作が上手い。
打走守投における全ての動作、初動から終着までの範囲がもの凄く広い。
だから自分のフィジカルの最大限を発揮できるのだ。
しかし、郷田はこれを身体の出来ていない内にやれてしまった。
限界動作をし続けるのは、どんなフィジカルエリートでも相当な負担になる。
それで無駄なく、最小限の動作で、コンパクトに、という風に落ち着くのがベテランのプレイヤー達だ。
若い時の特権の様なこの能力を扱うのに、中学時代の郷田は若過ぎた。
自らが出す想像以上の力に振り回され、彼の左肩は投手生命を手放す事になってしまったのだった。
しかし、そんな奴がその程度で躓いたままの筈がなく。
彼は、その能力を、打撃に特化させてしまったのだ。
守備や送球はコンパクトに、打撃はより巨大に。
高校生、それもこの間まで中学生で怪我人だった奴が、自分の技術を足し引きする領域に至った。
(新宮や神木に引いてたけど、コイツも十分なんだよなぁ……)
そう思わざるを得ない。
「初球行くぞ」
「おう」
まず初球。
コイツ相手なら……。
「シッ!」
「フンッ!」
豪快なスイング、そして空振り。
だが、バットが空気を切り裂く感覚が、こちらまでビリビリと伝わって来る。
アウトローストレート、間違いなく見てから振った。
「コースお構いなしの全力スイングか」
「デタラメストレート相手に的を絞ってもロクな目にならんからな」
デタラメ、ね。
ストレートのブレの事を言ってるんだろうけど……成程、尾上さんレベルの分析はできてないみたいだな。
身内にこんなに良い打者がいるんだ。
遠慮なく、利用させてもらうとしよう。
そして、投げ続ける事暫く。
「フゥ……」
「こんにゃろ……」
粘りに粘られ、球数は既に十五。
打者一人に対してこれだ。しつこいったらありゃしない。
でも、それもここまでだ。
次の一球で勝負を決める。
見よ、必殺。
「ほれ」
「だぁぁぁぁぁッ!?」
郷田は見事な空振りを決めた。
しかも、見っともない前傾姿勢でだ。
俺が投げたのはスローボール。
忘れていただろう、入部当初にこのスローボールを習得したことを。
「ハッハッハ、こんなのに引っ掛かるようじゃ、まだまだよのぅ」
「クソッタレ、完全に忘れとった!」
悔しそうに打席を離れる郷田。
よーし、まずは一人。
「次は自分ッスよ、じんいっちゃん」
「じんいっちゃんって……まぁいいや。そういえば初めてだったか、こうやって勝負するの」
郷田のエセ関西弁と同じく、島野も結構独特な口調やってるよな……。
「イサムは単打だとこの中の誰よりも上手いぞ」
「実際、八代中公式戦打率トップは勇や」
京平と郷田は、島野の能力を高く評価している。
確か、天性のアベレージヒッターだったか。当てる事に関しては最強みたいな。
様子見としてインコース際どい所へストレートを投げてみる、と。
カーン。
「ほぁっ?」
最早ボールくらい離れてたと思ったのだが、平然と当ててきた。
いや、当てるだけなら驚きはない。確実にファウルになるからだ。
問題は、今のがあわよくばヒットになるところだったと言う事だ。
普通に当てたわけじゃない。身体を不自然な程に捻って回転させて、ヒットゾーンに近付く様にしたのだ。
切れたのは、俺のストレートがブレブレになっていたから引っ掛けただけだろう。
実質ヒットみたいなもんだ。
「うーん、何すかねー。やっぱ打ちにくいなぁ、じんいっちゃんの真っ直ぐ」
「当てられた方は面食らっとるぞ」
「初めてちゃんと見ただろうからな、イサムの打撃」
「何あれ、デタラメすぎねぇ?」
ケラケラ笑っている外野二人、首をひねる俺。
「イサムは身体能力がずば抜けていてな。持ち前のバネと柔軟性、そしてその活用方法がマジで上手い」
「多少外れたコースでも、強引にヒットで行けるんや。しかも目と反射神経も良い。認識と適応に関しては俺も京平も勝てん」
なるほどね。
狙った強打は無理だけど、ミートポイントを合わせる事でヒットに持っていけるのか。
「まさに天性のアベレージヒッター、か」
「そこまで言われるとくすぐったいッスけど、光栄ッス」
目も良いとくれば、長期戦になれば不利になるのはこっちだな。
短期決戦上等。
ストレートでカウントを作るのは難しいだろう。なら、変化球中心で。
ツーシンカーでインコースを攻め、スプリッターで芯を外す。
五球目までにカウントツーツー。
「本当、変化球エグいッスね……。今からでも変化球投手にシフトしたらどうッスか?」
「生憎、ストレートが無いとクソの役にも立たねぇんだよな、これ」
マジで直球ありきの変化球。
ブレッブレのストレートに合わせて、強烈に落ちる変化球が効く。
というのが尾上さんに言われて、最近やっと分かった。
「じゃあ、最後はストレートッスよね。中学では打てなかったッスけど、全国経験してるんスから、今はそう上手くはいかないッスよ」
「成長したのがお前だけだと思うなよ」
どこに投げても合わせられるなら、一番得意なコースで。
ストレート、
(インハイ……ッ!!)
島野のバットはボールの下を通り、空振り三振となった。
振り遅れに本人も驚いていた。
「え!?」
「よっしゃ、ツーアウトいただき」
「お待たせされたぜ。ようやく俺の番だ」
「いざ相対すると、本当に威圧感半端ねぇな……」
三人目。
対、森本京平。
練習の制限下でちょくちょく対戦してるけど、今日は監督も先輩も見ていない
ある意味、敵としての本気モード森本は中学以来かもしれない。
「さぁ、来いよ……」
「うわ、モード入った」
モードに入った京平は声のドスが効く。
目付きが鋭くなり、顔に影が差す。
こうなると確定ヒットと言っても過言ではない。
投手としては、あまりこの状態のアイツと戦いたくない。
どこに何を投げようか考えていると、ふと思う。
(投げるとこ、ねぇなぁ……)
多分、どこに投げても、打たれる。
集中状態が極まると、ストライクとボール一個半外れたゾーン、全てが京平の狩場となる。
何より、来た球にそのまま反応できるので、球種を選んでも意味がない。
ただ、不意を突ければ集中力を切らせる。
それを狙うしかないのだが、素が強いからちょっとマシになる程度。やらないよりは良いくらい。
つまり、俺はもう、詰んでいる。
そもそも、中学でやった時はコイツにトドメ刺されてんだよなぁ。
(今までやってきた事じゃ、通用しねぇんだろうな……)
俺なんかより、いや、多分この中の誰よりも。
森本京平は先のステージに進んでいる。
俺にとって新しい刺激も、この男は既に得ている。
入部からこれまでの俺は、森本京平が通ってきた道をそのままなぞっていただけ。
それでは、付いていくことはできても、追い越す事はできない。
(お前は、このままで良いのか?)
背後から問うてくるのは過去の己。
これに呑まれると、俺は寺商の時のような無様を晒す。今までの俺ならそうなってた。
でも、そうじゃない。
これは恥ずべき過去ではなく、己の一つの経験。力に変えるべき糧。ステップアップする為の障壁。限界を表す鎖。
それら全て俺の物。
取り込み、乗り越え、ぶち破る。
俺の全て。
きっとこれを何度も経験し、乗り越えて来たのだ。俺なんかの倍以上。
それが分かったから、その世界を知ったから。
今なら笑って、胸張って、堂々と、こう言える。
(良いわけねぇだろ)
「覚悟しろ、森本」
今からの俺は、お前の支配の先に行くぞ。
・郷田真紀side
(迅一も、スイッチ入りよったな)
「何か、ただならぬ雰囲気ッスね……」
「俺らもそこそこ
自分はともかく、京平や勇、修二と投手として戦うのは真っ平御免だ。
素で強くて、スイッチ入れば更に強くなる。そんな打者なんか相手にしたくない。
これまでの対戦相手で言えば、笠木兄弟、霧城の怪物二人、牧谷練馬の二枚看板、千治バッテリー。
どいつもこいつも、能力向上に加えて、そこにいるだけで感じる圧力が増す。
それを真正面から浴び続ける事を、俺は耐えられただろうか。
俺達自身、まだまだ未熟ではあるが、その領域に足を踏み入れている。
非公式とはいえガチモード。精神的に追い込まれるくらいのプレッシャーは感じる筈。
今の迅一は、スイッチが入るくらいには追い込まれている。
まだ一球も投げていない、この状況で。
「完成度、名実共に京平ちゃんの方が何十歩も先に行ってると思うッスけど……」
「俺もそう思う。せやけど……」
京平が以前言っていた、迅一の想像以上の成長速度。
アメリカンベースボールに影響されたパワー志向、フィジカルありきの個人野球。
その環境下で蔑ろにされてきた才能、小さな者が大きな者に勝てる数少ない可能性。
入部からこの夏までの約三ヶ月。強者達との戦いの中で、迅一自身が何かを掴み、京平が気付かぬ所でそれを伸ばしていたのなら。
それを見つけ、導き、伸ばしてくれる者との戦いで、これまでに得られた筈の力を得ているなら。
「勇、よーく見とけよ」
「え?」
「歴史が動くで……」
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