第85話・ヒント


(明日の練習に備えて各自最終調整って言われて休みになったけど、やっぱ身体動かさないと落ち着かねぇ)

 そう思って家を飛び出してきた。

 のだが、河川敷のグラウンドは草野球が行われていた。

「おっ、今日は練習試合なのか」

 懐かしいな。

 中学で野球が嫌になった時、ここでポツンと座ってたら急遽チームに入れられて投げさせられたんだよな。

 しかも、何故か来日してたアメリカ最強キャッチャーとバッテリーを組んで……。

「おや、君は」

 後ろから声をかけられる。

 ん?と思って振り向くと、見覚えのない人が立っていた。

「菅原君じゃないか。平業高校の」

「あの、どちら様で?」

「あぁそうか。こうして話すのは初めてだな。火山の桃崎です」

 なんと、笠木鈴とバッテリーを組んでいる桃崎三和その人ではないか。

 てか、火山の寮にいる筈のこの人が何故河川敷なんかにいるんだ。

「何でここに?」

「僕は通いでね。大会期間中は合宿で寮に入るんだけど、家に着替えを取りに戻ってたんだ。ついでに今日は叔父さんが試合をやってるから観に来たって感じ」

「なるほど。桃崎さん、家族ぐるみで野球やってるんですね」

「あぁ。火山に入ったのも、叔父さんの勧めだったんだ。ある意味、僕の恩人だよ」

「そうなんですね。……あれ、何か様子が変じゃないですか?」


 スコアボードに刻まれているのは、コールドまでではないものの、開いた点差。

 片方はニヤニヤしていて、片方はもう投手が潰れそうだ。

「ヘイヘイどうしたおっさん!?」

「何でこんな弱いのに野球なんかやってんだ?」

「あらーまた軽くホームラン!」

 どうやらリンチにあっているらしい。

「叔父さん、どうしたのこれ!?」

「おぉ三和か……。情けない話なんだが、相手のラフプレーで俺とキャッチャーが潰されてな。代わりがもういないから、相手に良い様にされちまってんだ……」

「棄権すれば良いじゃないか……ッ」

「無理なんだよ。相手は甲子園経験のある選手が五人もいて、バックにはウチのチームのグラウンド管理をしてる会社がいる。どうやら向こうサイドに買収されたらしい。今棄権すれば、負ければ、グラウンドを取り上げられちまう……」

 どうやら変な勝負をさせられているようだ。

 というか、いい歳してこんな汚いやり方するなんて。

 流石にこれは、もうどうしようも……。

「だが、皆ももう限界だ。ここは潔く身を引くべきかもな……」

「いや、叔父さん。まだ手はあるよ」

 桃崎さんは鞄を降ろして、中からある物を取り出す。

 キャッチャーミット。

 ……え?

「菅原君、急造バッテリーを組まないか?」

「え、俺?」

「三和、良いのか?」

「あの、俺が良くな」

「良いんだ。こんな行為、黙って見てられるわけがない!行くぞ菅原君!」

「あ、はい」

 そして二人でグラウンドに入る。

「待て待て待て、大の大人が何やってんだ!」

「ちょっ!?」

 そんなキャラなのこの人?

「何だお前ら?」

「通りすがりの高校球児だ。覚えておけ!!」

「いや、流石にその台詞は不味いです」


「高校球児ィ?こんな所にいて良いのかよ。暇なのか?」

「どうせ夏の大会で負けた雑魚共なんだろ?俺らが誰か分かってんのか?甲子園だよ甲子園。甲子園出場プレイヤーだぞ?」

 だから何だよ。

 結局おっさんじゃねぇか。

「おいテメェ、おっさんだろとか思ったろ」

 ヤッベ、顔に出てた。

「だからどうした?こんな事するような奴、どっちみち大した選手じゃなかったんだろ?」

「何だとテメェ!」

「出てきやがれ!ぶっ潰してやる!」

 桃崎さんの言葉はどうやら彼らの逆鱗に触れたようだ。

「菅原君。球種は教えなくて良い。ストレートだけで抑えるぞ」

「了解です。そこは配慮してくれるんですね」

「君の力はあの練習試合で知ってるよ。後は僕が君を活かせるかどうか、ただそれだけだからね」

 二人でそれぞれのポジションに向かう。

 既に疲れ果てている投手の人が、仲間に肩を貸してもらって、ベンチに戻ろうとしていた。

「すまん、通りすがりの君。情けない大人の尻ぬぐいになってしまうが、後を頼む」

「任せてください。微力ながら、お手伝いさせてもらいます」

 ロジンを手に付ける。

 ボールは硬球、問題なし。

 掌や指先でグニグニコロコロしてボールの感覚を馴染ませる。

 よし……準備完了。

 正面を見れば防具を着けて既に座っている桃崎さん。

 急造バッテリーではあるが、相手は四強の正捕手。

 不安に思う事などない。

(折角の機会ですし?思う存分、投げさせてもらいますか)



 ・桃崎三和side


「二者連続、三球三振……?」

「何者だ、あのピッチャー……ッ!?」

 驚いてる驚いてる。

 まさかこんな結果は予想してなかっただろう。

 打席だと本当に速く見えるんだよな。

 四強相手に戦ってきたんだ。有象無象に簡単に打てるものか。

 それにしても。

「捕り辛ぇ……」

 こんな球だったか、菅原君のストレートは。

 球速が上がっているのにも驚いたが、何だアレ。

 ボールが捕球直前にミットのポイントからズレる。

 鈴の球を鳴らすのにかなり苦労したのだが、コイツはそれ以上だな。

 六球中、音を鳴らせたのは一球だけだ。

 悔しいから、ちょっとだけ意地悪してやろ。

 菅原君の放った球をわざと落とす。

 一塁に目をやれば呆然としている相手ランナー。

 座ったまま一塁に投げる。

 当然反応が遅れて帰塁できずに、

「アウト!」

 スリーアウトチェンジ。

「そんなお粗末なプレーでよく甲子園に行けたもんだ」


「桃崎さんって怖いっすよね」

「喧嘩売ってんのか?」

 ベンチに戻るなり菅原君が面と向かって罵倒してきた。

 うっかり素が出てしまったじゃないか。

「そういうとこっすよ……。さっきのだって、俺への当て付けみたいなもんでしょ」

「急造バッテリーでような奴には丁度いいだろ?」

「たはは、バレましたか」

「良いのか?僕にあんなの見せちゃって」

「尾上さん曰く、分かってても打てないらしいんで。それに……」

 菅原君はヘルメットを被って打席に向かう。

に受けてもらえるなら、これ以上の練習は無いと思いますよ」

「……ちょ、何でそれを知って」

「行ってきまーす」

 僕の制止に振り向くことも無く打席に向かう菅原君。

 全く、鈴と言い彼と言い。どこからその情報を仕入れてくるのやら。

 ん?ちょっと待てよ?

 鈴の奴、そういえば菅原君と連絡取ってたな?

 そうかそうか。あの野郎、帰ったらタダじゃ済まさねぇ。

 ちなみに菅原君はホームラン。

 その次の僕もホームラン。

 これで残り4点差。


「馬鹿な……。ここまで、パーフェクトだと?」

「俺達が、こんなガキ共に……?」

 向こうベンチはザワついている。

 当然だ。

 ここまで菅原君はノーノー。そして僕と二人で全打席ホームラン。

 味方の大人達も負けてられないと奮起して逆転。

 そして最終回。

 三者三球三振でゲームセット。

 相手は試合が終わるなり、小物臭い捨て台詞を吐いて去ろうとした。

 が、そこにグラウンド管理会社の前社長が現れ、そのチームを色々滅多打ちにしていった。

 どうやらあのチームには、社会的に追い込まれるような何かが起きたらしい。

 知ったこっちゃないが。


「今日は助かったよ三和!本当にありがとう!」

「いや、そんな」

 叔父さんには両手を握られて、頭を下げられた。

「君もありがとう!この恩は忘れないよ!」

 菅原君にも頭を下げた。

 当の菅原君は、巻き込まれた側なので、と謙遜していた。




 ・菅原迅一side


「いやー面白かった」

「身内のピンチだったのに呑気ですねぇ」

「そうでもないさ。結構焦ってたからあんな風に突っ込んだんだ。野球を教えてくれた大切な家族だから、叔父さんは」

 野球を教えてくれた人、か。

 桃崎さんは野球を楽しんでいる。

 試合では冷徹という言葉が似合う人だが、実際はこんなにも柔らかい人なんだ。

 一瞬でもバッテリーを組むとよく分かる。

 時折ど真ん中要求してくるあのリードは、冷徹な人にはできないものだ。本当に野球を楽しんでいる人だからできるのだ。

 ……それにしたって打たれなかったけどな。

「しかし、あのチンピラ共は結局、甲子園行ったチームのスタンドにいただけの人とはねぇ」

「まぁ高校生に赤っ恥かかされたんだ。しばらく、というか一生あそこで野球できないと思うよ」

 前を歩く桃崎さんの、背中越しの黒い笑み。

 やっぱ怖いよなこの人。

「で、だ。助けてもらったし、何かお礼がしたいんだけど。飯って感じじゃないよね」

「まぁ、あんまり腹は減ってないっす」

「だよね。じゃあ、そこの公園でキャッチボールしようか」

「え、学校戻んなくて良いんですか?」

「どうせ今日は自主練だし。それに、手の内を明かすならフェアじゃないと」

 そうして二人で公園でキャッチボールをする事になった。


「指の力強いね」

「そうですか?」

 二人でアップをしていると、そんな事を言われた。

「まぁ投手だから、どうしたって握力は強くなるし、その延長ですかね」

「それもそうだな」

 アップを終えて、ボチボチ投げ始める。

 何球か投げた後、桃崎さんに言われた。

「キャッチボールでは普通なんだな。球筋」

「え?あぁ、そうみたいですね。あんまり回転とか意識してないからですかね」

「回転ね。確かにストレートとして投げた時は独特だよな。実際捕り辛かった」

 言われてみれば、キャッチボールでボールがブレてるとか言われた事はなかったな。

 何でだろうと思って意識してみたらすぐに気付いた。

 回転をかける必要がないから、力のかかるポイントが全く無いのだ。

 二本指だけが作用し、添えるだけの親指が全く干渉しない。

 この感覚、もしストレートを投げる時に再現できたら、どうなる……?

「そろそろ座ろうか?」

「はい、お願いします」

「了解」

 試してみるか。

 何球か投げてみると、やはり親指が突っかかってブレてしまう。

 やはり回転を意識すると駄目なのか。

 何がいけない。

 そもそも何故親指が引っかかる?

 キャッチボールの時は回転がかからない。

 だが二本指をかけようとすると途端にブレる。

 原因である親指は一体何故原因たるのか。

 ……ちょっと待てよ?

 添えるだけの親指?

 ゆっくりでは干渉しなくて、速いと干渉する?

 いや、干渉しているのではなく、干渉させてしまっているのか?

 親指は、結果的に干渉しているだけ?

 そうか、掴んだかもしれない。

 でも、この人に見せても良いのか?

「どうした?」

 あぁ、クソっ。何だその挑戦的な目は!

 投げたくなっちゃうでしょうが!

 ええい、どうせ試し投げだ!

 外れる前に二本指が先にボールを押し出すから親指が干渉するんだ。

 だったらそれより前に外す。できてるかどうかは、手首のスナップの可動域の広さで分かる。

 親指が二本指の前にあるか横にあるかで、スナップのしやすさは変わる。

 無い方が、よりしなやかに、振れる!



 パァァァァンッ!!!



「こ、これは……」

 やっべぇ。

 成功したのは嬉しいんだけど、桃崎さんに見せちゃう形になっちまった。

 だって、まさか、一発で成功するなんて思わないじゃん。

「何か掴んだみたいだけど、結局それを僕に見せてしまったね」

「いやー、忘れてください。って言っても」

「無理だね」

「ですよねー……」

 だよなー、そうだよなー。

 こんなの、切り札見せます。どうぞ打ってくださいって言ってるようなもんだよなぁ。

 桃崎さん、火山の中では下位打線だけど、中堅校なら普通に四番クラスだもんなぁ。

「ま、ストレートが勝負球の奴にこんなの見せてもらって、何も教えないのは本当にズルいからな……。よし、良い事を二つ教えてやろう」

 閃いた、と言わんばかりの仕草を見せる桃崎さん。

 何だ、どうせ後出しジャンケンだろ。

 きっと余計な情報か、嘘を教えてくるに決まってる。

 いや、流石に失礼か。

「一つ目、笠木鈴の変化球は九種。スライダー、カーブ、フォーク、スプリット、チェンジアップ、高速シュート、ツーシーム、高速縦スラ、そしてストレートだ」

 ストレートが、変化球?

「元々鈴のストレートは平凡なフォーシームだったんだけど、変化球を極めて以降、ある特徴が生まれたんだ」

「変化球を極めてストレートが変わったんですか?」

「その通り。君と同じで、鈴は指の力が飛び抜けて強いんだ。その結果、スタンダードなストレート、フォーシームが強化された。鈴曰く、超フォーシーム」

「ダサっ」

「言うな。アイツはそれ以外に命名できないんだよ。しかもこの超フォーシームの特徴は、変化球を投げれば投げる程、回転数が上がるって事だ。抜く感覚のカーブやチェンジアップを投げた後だと、指をかける感覚が研ぎ澄まされるらしい」

 何か、俺と似てるな。

 スプリッターは縦スラの握りにストレートの要素、指のかかりを加えたもの。

 しかし指がかかりにくく、最初はまるで制御できなかった。

 が、その反動で、ストレートのかかりが良くなった為、投げる程ストレートの威力が増すようになった。

 鈴さんはそれが全ての変化球で起こるそうだ。

 何だそのチート!やってらんねぇ。

 元々手がつけらんねぇのが、球数重ねる程強くなるってことかよ。

 何だそのチート!やってらんねぇ。

「まぁ、攻略方法までは教えてやらない。けど、まずは鈴をマウンドに引きずり出さないと、話にもならないよ」

 て事になるよな。

 やっぱ井田監督は鈴さんを決勝まで温存するか。

 そりゃそうか。こんな化物、準決勝で使い潰す方が勿体ない。

 俺が監督でもそうするね。


「そろそろ二つ目について話そうか」

 え?これ以上の情報話しちゃうの?

 鈴さんの切り札ぶっちゃける以上の情報なんて、それこそチームにとって致命的な話じゃね?

「笠木鈴のスライダーの投げ方を教えてあげよう」

 ……は?

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