第83話・火山から見た平業

「これで全部か、平業の試合」

「あぁ。まさか本当に勝ち上がって来るとはな。ビデオ撮っといて良かった」

「それにしてもデータ少なすぎんだろ」

「仕方ないさ。誰もが霧城か千治が来ると思って構えてたんだからな」

「一人を除いてな」

「アイツだけは平業が来るって、譲らなかったもんな」

「で、当人はどこ行った?」

「まだ室練で投げてんじゃね?」

「誰かそろそろ呼んできてくれ」

 火山ひのやま高校、野球部寮食堂。

 野球部員達が続々と集まって来ていた。

「あれ、主将は?」

「室練に呼びに行った」

「あっそういえば、アイツもだよな。平業来るって言ってたの」

「兄弟揃って仲がよろしいこった」

 主力、そして名物の兄弟が、まだ来ていなかった。



 ・笠木鈴side


「まだ投げてたのか?」

 後ろから声をかけられた。

 ネットに向かって投げる事、もう数えていない。200はいったと思う。

「そんなに汗だくになるまで投げても、監督は投げさせないと思うぞ」

 声の主、実の兄貴の久実は言う。

「これでも一応エースなんでね。調整はしておかないとな」

「自覚があるなら尚更だ。お前はあくまで火山ひのやまの主力。準決勝より決勝で力を出してもらわなきゃならないんだ。平業で消耗して、海王で転ばれると困るんだよ」

「俺が、平業戦で消耗するってか?」

「しないのか?」

「するだろうな」

 答えの分かりきっている問答。

 こんな風にやりとりできるようになったのも、このチームの、監督のおかげ。

 兄貴の言う事ももちろん分かるし、チームが必要としてくれている以上、それを裏切るような真似ができないのも十分に理解している。

 それでも。

「まぁ誰が先発でも関係ないさ」

 最後の一球を投げて、空になった籠を持ち上げる。

「平業は強い。だから、きっと俺は投げる事になる」

「そうか?練習試合で加減してたお前が本気を出せば、試合にならないぞ」

「なるさ。断言しても良いぜ。今年の夏、火山の最大の壁は海王じゃねぇ。平業だ」

 俺はあの練習試合以降、平業と戦える日を心待ちにしていた。

 奴らは約束通り、俺達と戦えるステージまで生き残った。

 殆どがギリギリの勝負ではあったが、それを乗り越えてきた。

 試合の中で成長して、四強の内、二つのチームを倒した。

 あの練習試合と別物なのは、火山だけじゃなく、平業もだ。

 奴らはこの準決勝中にまた大きく成長する。

 それに呑まれれば、火山が負ける。

「火山は強過ぎんだ。だから追う側の強さってのが分からねぇ」

「追う側の強さ、か。お前は分かるのか?」

「俺が誰を追って野球やってると思ってんだ」

 本当に、この兄貴には自覚が足りないと思う。

 主将として皆に慕われている事も、俺が追いつく為にどれだけの練習を積み重ねているのか、自身の素質、それ以上に誰よりも努力している事も。

「我が兄ながら、これ以上の追われる側はいないと思うぜ」

「追われる側、か。そう思われるのは悪い気がしないけどな」

 兄貴は俺に背を向けて、

「食堂に集合だ。投げる投げないに関わらず、これ以上の無茶は禁物だからな」

「はいはい」

 先に室練を後にした。

 さて、汗拭いていかないとな。


「その期待に応えて、ずっと追われてきた奴の強さを、平業に見せてやるとしよう」

 最後にそう言ったのが聞こえた。

 本当に、恐ろしい身内だ。



 食堂。

「全員揃ったか?では、明日の準決勝に向けてミーティングを行う。マネージャー」

「はい。相手は平業高校。初戦から準々決勝まで、名だたる強豪を倒して来た、今大会のダークホースです」

 霧城、寺商、千治。

 火山でも本気でやり合えば五分五分のチームと接戦を繰り広げ、勝ち進んで来た。

 その事実だけでも既に、平業が強いという事を示している。

「昨年までと二年と三年の殆どの主力が変わっていない中で、それでもここまで勝ち進んで来た理由はやはり一年生の加入だと思われます」

「世代代表捕手、森本京平、か」

「はい。そして、中学では怪物豪腕の名を頂戴していた郷田真紀、完全無名の菅原迅一。この二名も大きくチームに貢献しています。嶋がいない中で準々決勝まで、打点の多くはこの三名が稼ぎ頭です」

 火山の現在の主力三年が一年の頃、いや、現時点でのレベルと比べてもゾッとする。

 富樫さんや牧谷とまともに勝負できる一年なぞ、正直相対したくもない。

 アウトカウント一つもらえると勝負してみたら、蓋を開けりゃ誰よりも打てる化物達だったわけだ。

 ……もっと早い段階で当たれば、こんなに怖くなかったかもしれない。

「更に、準決勝からは恐らく嶋も復活してきます。こればっかりはオーダーが出るまでは分かりませんが、決勝打を見る限り、もう既に完全復活してると考えるべきでしょう。これに国光も出てくれば、取れる打点は一気に減る。準決勝は投手戦になります」

 試合の中で四強に匹敵するレベルに成長し、尚且主砲とエースが復活する。

 そうなれば火山が優位の前提は大きく崩れる事になる。

 流石の俺でも嶋さん相手には絶対勝利の保証はできない。

 同じく兄貴も、国光さん相手に絶対勝利という保証はない。

 渋い戦いになるのは予想が付く。

「切り込み隊長の烏丸、バスター藤山、カット打者石森、フルスイング鷹山、変則泉堂、アンダー堂本。彼らも練習試合からのレベルアップは凄まじい。三原監督の集大成共です。油断していれば、お前らでもすぐに喰われますよコラ」

 虫も殺せぬような顔で口の悪くなっていくマネージャー。

 これでもかなり丸くなったらしいが、一時期は罵声のオンパレードだった事もあるらしい。

 しかしいざデータとして並べられると本当に恐ろしいな。強豪に勝ってきたのも納得だぜ。

「一応弱点はありやがる。ます。全体的に変化球への対応が遅れているので、後半ギリギリになってやっとこさ逆転というのもあります。フライになる事も多いのでしっかり捕ってアウトカウント確実に、これが原則なんで覚えやがれコラ」

 マネージャー、口悪くなったのを直すの面倒がってんな。

「穴は無いのか?」

「一応、セカンドが女に変わってる、ます。まだデータが少ないけど、準々決勝でも致命的なイレギュラーがあったし、それを処理できていないから、穴かもしれん、です」

「女子選手か」

「まだまだ珍しいよな」

「可哀想だけど、狙っちゃうか」



「投手戦、か」

 ミーティングが終わった後、個人練習を再開し、一人呟く。

 平業の投手陣相手なら、俺は誰にも負けていないと言える。

 泉堂は俺の劣化版、堂本は制球力は本物だが、アンダースロー故に球が軽い。

 国光さんも今大会不運な事故はあったものの、エースの覇気のようなものは感じられない。

 ただ、唯一イレギュラーがあるとすれば。

(迅一、だな)

 準々決勝では驚いた。

 まさかあの練習試合から10キロ近く伸ばしているとは思わなかった。

 それに、観戦してた俺達に気付いて、スイッチが切り替わっていた。

(特定の条件で別人の様に変わる、クラッチピッチャーか。厄介な相手だぜ)

 この俺が、弱小校の無名の一年相手にここまで燃えるなんて思わなかった。

 間違いなく、この大会、予選本戦含めて最大のライバルは迅一だ。

(さーて、何とかして俺に投げさせてくれよ。平業打線の皆様。アイツと投げ合う事だけが)

 地区大会の最大の楽しみだったんだからな。

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