第82話・制御

「150キロのストレート、エグいフォークとパーム、そして一撃必殺のスクリュー。それを投げているのが実は捕手、か」

「何の話だ?」

 独り言をブツブツ言っていると、京平が聞いてきた。

「いや、別に……。どこの世界にもいないよな、そんな捕手」

「いたら前代未聞だな」

 前代未聞、間もなく現る。

 気が早いけど、秋大会楽しみだな。

「で、どうすんだ今日」

「試したい事もあるし、ブルペンかな」

「了解。じゃ、俺先行ってるぞ」

「あ、いや。今日は濱さんと組むよ」

「え?」

「濱さーん。受けてもらって良いですか?」

 後ろでポカンとしている京平。

 おいおい……。

「何やってんだ京平。どう考えたって先発は国光さんだろ。エースの調整にお前が立ち会わねぇでどうすんだ」

「え、あぁ、そうか。それもそうだな……」

 そっか、そうだったそうだった。とボソボソ言いながら国光さんを呼びに行く京平。

 大丈夫かアイツ。一年とは言え正捕手だろ。

「森本君、昨日凄い喜んでたんだよ。菅原君の成長に」

「成長?」

「自己最速更新、それに新宮君にも勝って、尾上さんも詰まらせた。特にあの勝負は、低めの打率高めな尾上さん相手には最高の結果だったって」

「打たれたのに最高の結果って言うのは、何か複雑ですけどね……」

「あのレベルの打者なら、最終回にホームラン打つくらい余裕なんだよ。それを打たせなかった。それだけで十分最高の結果だよ」

 うーむ。

 それでも運ばれたんだよな。

 尾上さんが言っていたストレートのブレ。

 それを持ってしても、やはり外野に飛ぶという事は、やはり威力もブレの制御もまだまだという事だ。

 尾上さんは出塁も意識してたからスタンドには行かなかったかもだけど、フルスイングお化けが集まる火山相手では、ポンポン飛ばされる可能性は高い。

「納得いってないって顔だね」

「そりゃもちろん。必要な事は分かってるんです。それが一朝一夕でどうにかなるもんでもない事も。それに、国光さんが出るならそもそも出番無いかもしれないですし」

 俺の話を聞きながら防具を着ける濱さん。

「でも、まぁ。やるしかないんですよね。ここまで来たら」

「その通り。ここから先の世界は、迷っていたら置いていかれる世界だ。僕もとことん付き合うから、思いっきり、今の思いをぶつけてきなよ」

「ありがとうございます。では遠慮なく」

「お手柔らかにね」

 二人で笑いながらブルペンに向かう。

 本当に、良いキャッチャーに恵まれているな、俺。


 ビシュッ!!

 バシィッ!!

 良い音。

 こんな音、当然キャッチボールをしている俺達から鳴る筈もなく。

「次、フォークで!」

「おう」

 ビシュッ!!

 パァン!!

「ナイスボール!」

「相変わらず気持ちの良いキャッチングしてくれるな」

 エースと正捕手のバッテリーからのものであるのは言うまでもない。

「気合入ってるね、国光先輩」

「不運が続きましたからね……。やっと本領発揮できるから、嬉しいんでしょう」

 今まで対戦してきたどの投手とも迫力が違う。

 国光さんはやっぱりエースナンバーを背負っている人だ。

 そして、その人に信頼されている背番号2も、同級生とは思えぬ凄い奴なんだと、改めて実感する。

「さて、僕らも始めようか。肩、できたかい?」

「はい。最初はストレート中心でお願いします」

「了解」

 肩はできたが、まだエンジンが温まってない。

 焦らずじっくり。練習始めは本番始めと同じ様に、慎重、かつ、強気に!

 ビシュッ!

 パシッ!

 最近の濱さんはブルペンキャッチャーもやっているからか、キャッチングに余裕が出てきた。

 もちろん京平程の音は鳴らせないが、それでも十分にキャッチャーとして力が付いてきている、と思う。

 2、6、10とどんどん球数を投げていく。

 徐々にお互いのエンジンが温まってきたところで。

「じゃあ、段々ギア上げてきていいよ!」

「分かりました!」

 よし。

 ここから、尾上さんに言われた事を試していこう。


『フォームは殆ど同じだ。疲れると流石に癖が出てくるところもあるけど、腕の振りは同じと思っていい。じゃあ、ブレの理由は他にあると仮定できるわけだけど』

 尾上さんが幾つかパターンを提示してきて、実践練習でそれを試した。

 その結果、

『多分握りだな。同じ握り方なのに、それでもブレが起きるって事は、指からボールへの力の伝わり方が違うって事だ。ストレートの握りでも、中指の方が強くなったり、指先より付け根だったり、ってな』

 という結論に至った。

 実際、映像で見ても、細かい差はあれどフォームは殆ど変わっていなかった。郷田様々だぜ。

 同じ握りで、多彩なブレ。

 俺ならではのストレート。

 この力の掛け方を、自分の意志でコントロールできれば。

 京平の意思に沿った投球ができる。

 アイツの想定を超えられる。

(京平は頼もしい相棒であり、俺の壁。今の限界を示すライン。それを超えられたなら)

 もっと先の世界へ、成長していける。

 まずは、自分で試行錯誤していくぞ。


「うおっ」

 何パターンか、自分なりに意識して力の掛け方だけを変えてみた。

 色んな方向に変化していく。

 確かにこの球の時はここに力掛かってたな、と思い返す事もできた。

 問題は、意識してみたら案外大きくブレて、狙った所に行かず、濱さんが逸してしまうという事だ。

 つまり、キャッチャーの想定以上にブレているという事になるわけだが。

「今日調子悪いのかい?」

「え、あ、まぁ、そうみたいです」

 とはいえ、この事を正直に言える筈もなく、キョドってしまう。

 尾上さんみたいにデータを基にハッキリと説明できればいいんだけど、俺が言うと血迷ってる人みたいになってしまう。

(今んとこ、人差し指中指であまり違いは感じない。大きな違いと言えば……)

 親指。

 リリースの直前に親指を離す時、親指が擦れて二本の指が掛かっている縫い目がズレる。

 その結果、回転を掛ける力が変な方向に伝わりブレるらしい。

 今までちゃんと意識した事は無かったから、ここまで変わるかと少し新鮮な気分である。

「濱さん、もう少し投げて良いですか?」

「もちろん、満足するまで投げておくれ!」

 ほんの数日練習したところで何かが大きく変わるわけではないが、それでも良い兆しが見えてきたぞ。


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