第80話・続、被害者の会

「菅原迅一、被害者の会ー!!」

「イェーイ!!」

「パフパフ」

「まだ言ってんのかそれ」

 顔に似合わずテンション高めな、同級生怪物スラッガー、一人。

 単体で四強の強打者と平気で渡り合える、二刀流投手、一人。

 何故かラッパを吹いている、打って守って走れる四強代表捕手、一人。

 今日も今日とて開催された、理不尽極まりない会に、試合が終わった夜に呼び出された。

「何かメンバー入れ替わってるし……」

「流石に次戦う人呼ぶわけにはいかねぇだろ?」

 神木は平気な顔してそう言った。

 いや、だからってさっき試合してた人呼ぶかよ。前回もそうだったけどよ。

「そっちもそっちで何で来るんですか、尾上さん」

「お義兄さん」

「いや、あの」

「お、に、い、さ、ん」

「……お義兄さん」

「よし。何でも何もないさ。興味があったからな。君がどういう投手になりたいか、なっていくかを、な」

 ゴクゴクとドリンクバーのオレンジジュースを飲み進める扇の要。

 普通なら手の届かない様な化物達のこういう姿を見ると、ギャップ酔いしてしまう俺は、間違っていないと思う。

「神木や牧谷さんならともかく、お義兄さんはもう引退ですよね?チームメイトと積もる話はあったんじゃ?」

「それはもうやった。最後の最後まで、全部出し切ったって、笑ってたよ」

 尾上さんは笑いながらそう言う。

 でも、その笑みの奥に隠れた感情悔しさが滲み出ているのを、俺は見逃さなかった。

「とにかく。俺はまだまだ高校生として野球ができる。でもアイツらはそうじゃないんだ。俺が近くにいるのは、場違いってもんだぜ」

「場違い、ね」

 近過ぎると、鈍くなるのかね。

 アンタを慕う、皆の顔。場違いな奴にする顔だったかな。


「日本代表!?」

「あぁ。去年の秋大から声を掛けててくれてな。今年の夏で終わらせるのは勿体ないってよ」

「なるほど、それで……」

「そんで、義弟がちょうどよく投手ってんで、良い練習になると思ってな」

「おと……?」

「おっと失礼。迅一君ね」

 しかし日本代表か。

 まぁこの人なら納得か。

「とはいえ、まだまだ補欠。激戦区と言えどベスト8止まりだからな。これからもトレーニングしないと」

「まさかとは思いますが、俺の球で?」

「当然。と言うか、森本君と組んでて気付かないのか?」

 京平と?何を?

「君のストレートを捕るの、彼は相当体力使ってると思うぞ。それこそ、投手がフルイニング投げるのと同等以上にな」

「アイツ程の捕手が?まさか……。中学ではもっと速いの捕ってた奴ですよ?」

「球速が全てじゃないんだよ。ストレートってのは」

 尾上さんは鞄からノートを取り出す。

「今日、実際に打席に立って分かった。君のストレートは、回転量がエゲツない上に、ブレ幅が大きいんだ」

「ブレ幅?」

「これを見てくれ。新宮のデータだ。隣は舘の」

 そこに書かれていたのは球速や回転量。それだけでなく、失投や対右、対左での変化、ランナーを背負った時の細かな変化。

 本題であるブレ幅についても書いてあった。

「ここまでのデータは同じチームだからこそではあるが、迅一君のブレ幅と比べてどうだい?」

「……何か、おかしくないすか?」

 新宮や舘さんのデータに比べて、ブレ幅の数値が大きすぎる。しかも、新宮や舘さんは数字が一つなのに対して、俺のは別の数字が二つ。

「そう。打者が変化を認識できる地点を過ぎてから、とてつもないブレが生じる。しかもそこは、キャッチャーも正確に認識できるか怪しい地点だ。並の捕手ならまず逸らすだろうな」

 え、マジ?

「それが一回だけなら良い。だが恐らく、ブレは一度のリリースで二回起きてる。だとしたらこれは、球速よりもずっと磨き上げるべき武器だ」

 ちょっと待って。これ、京平だけじゃなくて濱さんも捕ってんだけど。

 てことは京平、相当濱さんにキャッチング教えたって事になるのか?

 そういや濱さん、俺との練習の後しばらく部室にいたな。あれって俺のストレート受けて潰れてたのか?

「しかも、この大会期間でそのストレートが進化し続けてるんだ。神木君や牧谷君も、それを実感していたんじゃないか?」

「確かに、このコースだって思ったところからズレていました」

「今思い返せば、打席を追うごとに打ちにくくなってましたね」

 京平が言っていた、俺の暴れるストレート。

 その正体は、思わぬ人が暴いてしまったわけだ。

「でもこれ、俺らの前で暴いて良かったんですか?」

「そうですよ。来年菅原が不利になるだけじゃ?」

 そーだそーだ。

「いや。そもそも人の認識から外れるストレートなんか、分かってても打てないんだよ。このブレってのは条件が変わればブレ方そのものが大きく変わるのだから。迅一君にしてみれば、痛くも痒くもないよ」

 ただ、と尾上さんは付け加える。

「このストレートが、まだ森本君の制御下にある内は、海王やそれ以上の打者には通じないと思ったほうがいい」

 尾上さんの一言は、俺にとっては衝撃でしかなかった。



「今の森本京平のレベルの高さは、君の成長を阻害するものでしかない」

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