第77話・カッコいいじゃねぇか
・菅原迅一side
「おい、何やお前ら」
「「べっつにィ?」」
ベンチに戻ってくるなり
蹴っているのは俺と京平だ。
打席で一人百面相をし始めて、かと思えば今まで見たことない様なスイングで軽くホームラン。高校球児のくせに確信歩きまでしやがった。
ナイスバッティング、流石だぜ、やれんなら最初からやれ、心配させやがって、美味しいとこ持っていきやがって、カッコいいじゃねぇかこの野郎、等々エトセトラ。
一言では表せないような素晴らしいスイングだったが故に、尻を蹴るという行為で纏めて伝えたのだ。
尚、正確に伝わっているかどうかは考えないものとする。
「さて、次は俺の番だな。この回で決勝点貰っちゃうぜ」
「とか言って、軽く三振したら腹の底から笑ってやるからな」
「ランナーいないから決勝点取るにはホームランしかないで」
「フッフッフ。打たれた後の投手に追い打ちをかけるのは、俺の十八番よ」
前言ってたのと違くねぇか?
しかし。
新宮は最速の切り替えで、最速のストレートで、京平を三振に切って取った。
「ありゃー……」
「「ブハハハハ!!!」」
縁起でも無いことではあるが、俺と郷田は腹を抱えて笑ったのだった。
スリーアウトチェンジ。
・尾上信広side
「笑ってますね」
「同点になった事で、向こうサイドに余裕が生まれたらしいな」
ツーランホームラン。
嶋の代わりに四番を務めている以上、元々その素質は感じていたが、よりにもよって今その才を開くとは思わなかった。
だが、同点で止められたのは大きい。
平業の怖いバッターはもう出てこない。
九回表で再び勝ち越して、裏でトドメを刺す。
ウチの勝利はまだ潰えていない。俺から始まるこの回、俺が塁に出られれば確実に一点は取れる。
この試合、勝てるぞ。
『一番、キャッチャー、尾上君』
ここまでの投球を見れば分かる。菅原は自分自身が驚いてしまう程に調子が良い。
なら、自身を制御できていない部分もある筈だ。それこそが穴。
普段している微調整の癖が、調子が良すぎる故にかえって邪魔になる瞬間、甘い球が来る。
試合中に急激に成長する奴は、その成長に自分が追い付かなくて自滅するのだ。
(新宮含め、そんな奴何度も見てきた。
初球ストレート、アウトローのその球に、迷いなくバットを振る。
「ファウル!」
一塁線切れてファウルになった。
だが負けちゃいない。
どんなに良いコースだろうと、やはり遅い。
新宮の球を普段受けている俺が、この程度の球速に力負けする事は無い。
(来い。どんなに良いコースに投げようが、必ず捉えてみせよう)
二球目、同じコースにややズレたストレート。これも当てるもファウルに。
それが三球目から八球目まで続く。
(クソッ、ここまでやっても捉えきれないのか!)
だが、無様に三振などしてやらない。
何としても次に繋ぐんだ!
・森本京平side
(……ヤベェな)
正直、この人も大概化物だと思う。
この人はキャッチャーだから、なるべくストレートだけで押し込みたいと思っていた。
迅一の変化球は決め球として十分な力を持っているのだが、見抜かれる奴には見抜かれたその瞬間に効力を失うのだ。
尾上さんは多分もう見抜いている。
スプリッターもツーシンカーも、もう既に見せてしまっているので、恐らく捉えられてしまうだろう。
迅一の球質があるから、ストレートだけは何とか勝負できている。
だが、後一つ残った変化球だけは、新宮との勝負までとっておきたい。
だからこの場面は、ストレートと二種の変化球だけで終わらせたいのだ。
(もう既に八球粘られてる……。ボール球にしてでも、一度落差のある
ゾーンでの勝負を貫きたいが、外して空振りを誘えたなら儲けもん。見極められてもストレート待ちの
どうせ外すならインコース低め。
より近くに感じさせて、最後のアウトコースを遠くしてやる。
(ここだ、迅一!)
スプリッター。
「ボール!」
「スゥ……」
小さく息を吸う尾上さん。
一瞬振ろうとしたが、ボール球と見て堪えたらしい。
流石の選球眼……だが、これで勝負はもらった。
(今度はアウトハイ。この打席では、今まで使ってこなかったコースだ。ここは効くぞ)
ミットを構える。
(最高のストレートを、ここに投げ込んで来い!)
迅一が振りかぶって、投げようとしたその瞬間。
リリースの直前、腕が乱れた。
(は!?)
「ボール!」
何故か急に、それも極端に外した。
(どうした、迅一……)
・菅原迅一side
(今投げてたら、絶対ヤバかった……)
最後に構えたアウトハイ。
ゾーンに入るか入らないかの絶妙なコース。
俺も勝ちを確信していた。
だが、リリースの前に視界に入った尾上さんの目は、確実に獲物に狙いを定めきっていた。
その瞬間、頭を過ぎったのは、父の一言。
『アウトハイのストレートが……』
ヤバいと思って歯を食いしばって無理矢理コースを乱した。
調子が良すぎるのも考えものだ。そのまま投げていたら確実にあのミットに向かっていっていた。
俺は結果的にあの父親に救われた事になった。
忌々しい事だと思いながらも、何とか心を切り替える。
(京平、高めは駄目だ。低めに集めて詰まらせる方が良い)
(……分かったよ。その代わり、すっぽ抜けとか無しな!)
(はいよ)
京平は低めに構える。
高めでこれだけ外したのだ。恐らく低めに来ると尾上さんは読んでいる。
だが、読まれていたとしても、詰まらせれば関係ない。
ホームランでさえなければ、あのスコアボードに1の数字が刻まれる事は無いのだから。
(南無三!)
祈りを込めながら、ストレートを投げる。
これはもう賭けだ。どうしようもない強い打者相手に、自分の調子の良さ全賭けで投げた。
「ッ、ぬんッ!」
尾上さんの力強い声が聞こえたと同時に、打球の音も聞こえた。
弾道は低い。ホームランではない。
なら何処へ。その行方を追うと……。
一二塁間を抜け、ライト前ヒット。
長き一打席の決着に、球場、特に千治サイドが盛り上がる。
音を聞けば分かる。完全に詰まらせていた。
だが、それでも外野の前まで飛ばした。
単純な力で、押し返したのだ。
「あーあ。勝っても負けても、延長にでもならなきゃ、もうこの人とは戦えないのかぁ……」
何だか惜しい事したなぁ、と。そう思わざるを得ない打者だった。
だが、ここで燃え尽きるほど、俺は馬鹿じゃない。
ただでさえ怖いランナーが出てしまったのだ。
二番と三番を確実に抑えなければ、次に待っているのもまた怖いバッターだ。
なればこそ。
ストレート、そして変化球二種。
フルに使って二人打ち取る。
ツーアウト、ランナー走って二塁。
打席に立つのは……。
「今度は逆の立場だな」
「さっきとは違う。今度こそ、テメェを倒す」
さっきの勝負とはえらく様子の変わった、真の強敵、新宮煌雅との対戦だ。
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