第76話・応えたい


 ・郷田真紀side


 京平に野手転向を勧められて以来、得意な方だった打撃を磨き、実質レギュラーと張り合える程になった、三年の夏。

 大会に出るには、最後の治療を終えるという条件をクリアしなければならない。

 打撃は良いが、守備、特に送球は駄目。

 故に、ノックを受けても守備の練習がほとんどできなかった。

 しかし腐っても元投手。フィールディングには多少なり自信があったので、大会前の追い込みで何とかなった。

 問題は治療日だ。

 大会前と大会中に治療があり、それまではベンチで大人しくしていなければならない。

 つまり、野手デビューしても、チームが大会で負けたら、そもそも出られない可能性すらあるのだ。

 しかし、頼もしいリーダーの一声で、その心配は杞憂であると分かる。

「任せろ。お前をまたグラウンドに立たせるまで、俺達は負けねぇからよ」

 森本京平。

 自分がいざ同じ野手の立場になってみると、また違った視点から、しかしこれまでと同等以上に頼もしいものだと思う。

「あぁ、頼むわ」


 結果として見れば、八代中は平然と勝ち上がっていった。

 勝てる試合に勝ったというだけの話だ。

 だが、一つだけ可笑しな試合があった。

 二回戦の、秦野中戦だ。

 特別強いチームではない、むしろ弱い方のチームだ。それこそ、二回戦に来るのが奇跡とも言えるレベルの。

 ただ、あまりにも楽しそうに野球をするもんだから、周辺の学校ではそこそこ話題になる。

 どうせ負けるのだから目一杯、という諦めのようなものかと思っていたがそうではないらしい。

 心の底から野球が好きな奴らが集まり、楽しく野球をやっている。

 ただそれだけだ。

 だからこそ、皆羨ましいのかもしれない。

 多かれ少なかれ、入った以上は、勝つ為の練習を強いられるのが部活動というものだ。

 その過程では、大きな苦しみを味わう事になる。その競技が嫌いになる程に。

 その苦しみもいつかは良い思い出になるとは言うが、ライブでその苦しみを味わう立場からすれば、早く解放されたいというのが正直なところだ。

 だから、本当に信じられない。

 奴らとて苦しい事はあったはずなのに、何故そんなに楽しそうにプレーができるのか。ミスを笑いあえるのか。励ましあえるのか。

 こんなにも必死に、命懸けで勝とうしているチームが周りに大勢いるのに。趣味でやっていると言わんばかりのプレーができるのか。理解できなかった。


「ハハハ、アイツ面白ぇな!」

 試合が終わった後、決着をつけた当の本人、森本京平は、バスの中で笑っていた。

 最後は相手投手の真っ直ぐをスタンドにぶち込みゲームセット。

 速いわけでもないあのストレートを、ウチの打線が捉えきれなかった。京平ですら三打席かけてやっとスタンドまで飛ばせたのだ。

 この試合だけだ。ウチが苦戦らしい苦戦をしたのは。

 だから、より一層印象に残った。あの投手は何者なんだろうか、と。

 負けても涙を流すどころか、清々しい顔で終わっていた。

 その引っ掛かりが、しばらく消えなかった。


 最後の治療を終え、準決勝で遂に出られるようになった。

 とはいえ、準決勝までレギュラーを張ってきた奴がいる以上、代打スタートであった。

 準決勝で投手に代打を送るタイミングで、俺が出された。

(まさか、代打を送られる側から、代打に送られる側になるなんてな……)

 打席に立つ。

 野手転向して、その力を証明できるチャンスは本当に少ない。

 この一度きりの勝負、無駄にしてなるものか。

 だが、バットに当たらない。

 ボール球は見えているのだが、ゾーンの球を捉えられない。

(目測が合ってないのか?投手時代より下手になってる気が……)

 それもその筈。

 長らく実戦から離れていたのだ。

 ましてやここは準決勝。

 本当に実力のあるチームが生き残っていて、とても打者に専念したばかりの奴の打撃が通用する場面ではない。

(……やっぱ、甘くないか。野球で勝つってのは)

 勝つ。勝ちたい。勝つしかない。

 そんな感じで野球をやっている。

 だから、一回詰まると苦しいのだ。

 しんどいのだ。

 それで何度も野球を嫌いになりそうになる。

 今までと同じなら、そこで諦めが入ったのだが。

(あれ、野球ってこんなんだったっけ……)

 ある光景を見てから、自分がかつて忘れていたものを思い出しかけていたのだ。

 それは自分が野球に感じていたもの。野球を始めたきっかけになった光景。

(そうか、俺は……)

 憧れの選手が、本当に楽しそうに野球をやっている姿に感動して、野球を始めたんだ。

 いつしか、楽しく野球をやる為には勝つしかないと、そう思うようになっていた。

 違う。勝敗はあくまでも結果であって、野球の楽しさに直結するものではない。そりゃ勝てれば嬉しいが、野球を楽しくする手段とは全く異なるものだ。

 まさか、話したこともない、これから先も会うこともないような投手に、それを思い出させられるとはな……。


 時は戻って。

「おい、大丈夫かアイツ……」

「何か笑ってね?顔に似合わず不気味な奴だな……」

 周りのヤジが聞こえてくる。

 おっと、回想が長すぎたか。

 まさか、ここであの場面を思い出すなんてな。

 また俺は野球を楽しめなくなってたか。

 確かに、迅一や京平を助けてやらないと、って固くなりすぎてたわ。

 それで縮こまって、本来のスタイルを見失ったら元も子もないわな。

 アイツらも立派なプレイヤーなんや。俺が面倒見てやる必要は、もう無かった。

「ちょっとくらい、はっちゃけてもええやろ」

 新宮のストレート。

 確かに速い、コースも完璧。

 だが。

「こんなもん、俺の球速や練馬の制球に比べりゃ屁でもないわぁ!!!」

 実際に叫んだわけじゃないが、そういう思いをバットに込めて振り抜く。

 重い感触を手に残し、白球はアーチを描いて飛んでいく。

「ホームランってやっぱ気持ちいいなぁ、ホンマ」

 全力スイング。

 俺が憧れた選手のと、中学での打者デビューの時と、全く同じライト方向へのホームランとなった。


 7対7、平業ついに同点。

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