第66話・新宮煌雅という投手
「こちら千治高校の四回戦までの映像になります」
試合前恒例、尾河さんの敵チーム解説。
準々決勝の対戦相手、千治高校の解説だ。
四強の中でもかなりの歴史あるチームで、海王に負けず劣らずの現役プロを何人も排出している。
今年のレギュラー入りしている選手は、海王の現レギュラーと中学から競り合っていたメンツらしい。
ビデオを見ても、四強の名に違わぬプレーを見せている。
しかし気になるのが……。
「一番、キャッチャー?」
これである。
リードオフマンがキャッチャーなのだ。
いや、確かに足が速い。
盗塁の判断など、明らかにレベルの高さが伺えるのだが……。
「この人が千治高校野球部主将、
「海王の主将、新橋とシニアでバッテリーを組んでいたキャッチャーだ。同年代の中では、東東京の比嘉くらいだろうな。コイツと競り合えるの。同じチームだった時は頼もしかったが、敵に回すと怖くて仕方ない」
嶋さんがそう言った。
そうか同じチームだったのか。
「尾上さん自身は三番や四番向きの打力です。しかし、この打力が先頭に来たことで、一番からいきなりホームランなんて事も珍しくないです」
今回は特に最初が肝心になりそうだな。
「この尾上さんとバッテリーを組むのが、この投手ですね。一年の新宮煌雅」
(来たか……)
俺は自分の中で少し力んだのが感じられた。
その名を聞くだけで、昔の恐怖が煽られてしまう。
「平均140のストレートに、フォークとパーム。フルイニング投げられるスタミナと、乱れぬ制球。一年生にして、神童の名を頂戴している投手です」
天才の森本、怪物の神木、神童の新宮。
これが、同世代で言えば西東京のトップクラス。
「ここまでの試合……シードなので試合数は少ないですが、全てこの二人でコールドを決めています。しかも失点は0」
もちろん他の選手も強力なのは間違いない。
しかし、圧倒的に印象に残るのはこの二人だ。
スタメン全員が同等クラスの火山に対し、一部がずば抜けているのがこの千治だ。
寺商に似ているだろうか。あそこは牧谷さんと相田さん、練馬がずば抜けて印象的だったな。
「ただこの千治、目立つ程の弱点があります」
弱点?
何だろうか。かつての新宮を思い出せば、弱点らしい弱点は無かったように思う。
尾河さんがビデオを早送りし、問題のシーンを流した。
「ここです。ここからタイムを取る回数が異常に増えます」
確かに、尾上さんが何度もマウンドに駆け寄っていって、何かを話している。
しかし、新宮側は聞く耳を持っていないように見える。
ここを境に、やたらサインに首を振ったり、尾上さんのキャッチングに迷いが出たり、頷いたと思えばそもそも構えた所に投げてなかったりし始める。
乱れたわけじゃなく、わざとやっているようだ。
「バッテリー間の意識がどんどん合わなくなっていきます。振り逃げやパスボールになりかけた事も何度か。これこそ弱点かと」
(尾上さんは嶋さんが太鼓判を押す程のキャッチャーだ。その人ですらこんな危うくなるのか。……あっ)
「そうか、尾上さんが良い捕手だからこうなるのか」
俺のボソッと言った言葉に全員がこちらを向く。
えっ怖い。
「菅原君。それはどういう?」
「あぁ、はい。中学で新宮と対戦した時、組んでいた捕手が新宮のイエスマンだったんですよ」
「イエスマン?」
「新宮の言う事は絶対、みたいな……。だからキャッチャーは壁で、新宮が自分で決めて勝手に投げるみたいなのが多かったんです」
「なるほど。ところが、尾上さんがリードするからそこで衝突してしまうんですね」
「基本自分以外を動く壁とか動くネットみたいにしか思ってないですからね、アレ」
そんな新宮を制御していた
「ん?新宮ってシニアだったよな?軟式のお前とどこで対戦したんだ?」
烏丸さんが思い立ったかのようにそう聞いてきた。
「あー、まぁ色々とありまして……」
話したくもないし、今となってはどうでもいい事だ。
あの時の俺はボロ負けだったし、先輩達に確かな情報をお届けすることもできまい。
「しかし新宮は間違いなく強いです。こういう怠慢こそ目立ちますが、それでも失点はありません。本調子の時なら手も足も出ないでしょう。実際、ここの場面までノーヒットノーランでしたから、フルイニングでフルコンディションなら、下手すればパーフェクトにされてもおかしくないです」
その通りだ。
奴は野球を始めた時からまともにヒットを打たれた経験はそう無かったはず。少なくとも、俺が新宮の存在を知ってからは失点したと聞いた事は無い。
「そんな奴が、準々決勝の相手に……」
「今のままで俺達、勝てるのかよ……」
「嶋さんも国光さんもいない、星影さんも離脱して、しかも一年の力に頼りっきりの俺らが……」
チームの空気が重い。
新宮煌雅という投手には華がある。
敵からすれば、そこにいるだけで戦意を喪失してしまうような。
味方からすれば、コイツなら勝てるんじゃないかと思うような魅力が。
その傲慢さを差し引いても、新宮は存在そのものに価値のある投手だ。
「何言ってんだお前ら!」
「そうだ、ここまで来たんだ!今更弱音吐いたって仕方ねぇ!」
「今まで一年に頼りきりだったなら、ここから俺達が頑張るしかねぇだろ!」
でも、そうだ。
だから何だってんだ。
ここまで凄いチームを、選手を越えて、俺達は準々決勝まで来たんだ。
段々と、チーム全体の士気が上がっていく。
そうして、嶋さんが立ち上がった。
「新宮がなんぼのもんじゃい。四強がなんぼのもんじゃい。俺達はそれに負けない為に練習してきたんだろうが!」
それにつられて、全員が立ち上がる。
嶋さんは椅子に足を乗せて高らかに叫ぶ。
「ここから先の試合は、全部四強だ!今更引くなんてことは許されねぇ!アイツらに勝てるのは、アイツら以上の野球馬鹿しかいねぇ!限界を何度でも超え、今よりさらに馬鹿になるしかねぇぞ!俺はアイツらに負けてねぇ!お前らはそんな俺に、最後までついてこれるか!?」
「「「応ッ!!」」」
「ならば迷うな!命を懸けろ!前人未到の四強制覇を成し遂げ!奴らの首を揃えて!!甲子園に行くぞ、馬鹿野郎共ォォッ!!!」
「「「ウォォォォォォッ!!!」」」
あんだけ落ち込んでたのに、こんなに盛り上げられるなんて。
やっぱ、この人カリスマだわ。
このチームなら、千治にだってきっと。
翌日。
球場到着。
舞台は、神宮球場だ。
「来たな……」
平業は準々決勝から全て、この神宮球場で試合が行われる。
開会式の時も来たけど、あの時とは違う感覚で降り立った。
俺が戦うのは、過去の新宮ではない。今の新宮だ。
奴と戦うのは、過去の俺じゃない。今の俺だ。
「迅一」
「……京平」
「多くは言わねぇ。準備、しとけよ」
「あぁ。……任せろ」
中学の時、奴に勝ったのは菅原柊古だ。
今度こそ、菅原迅一として、新宮煌雅を倒す。
「……行くぞ」
そう呟いて、俺は歩き出した。
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