第60話・対寺商高校、その伍

 ・泉堂大地side


「おい聞いたか?寺商と海王の試合」

「あぁ。一年がボコボコにされたって。一回コールドだろ?」

「怖いよなー。俺だったらもうマウンド立てないぜ」

「分かる。つーかコールド前に降参するわ。寺商も酷いよな。投手不足だからって一年一人をマウンドに立たせ続けるなんてよ」

 先輩達が話しているのが耳に入る。

 厳密には一回6失点でリリーフ登板し、それ以降打たれまくった。彼一人が打たれ続けたわけではないと訂正したかった。

 20対0。

 満塁ホームランが続き、終いにはわざとアウトを取らせ。

 一回裏でわざわざ満塁にして三者三振で締めるという。

 海王高校が圧倒的すぎることが、世に示された試合だった。


 牧谷大樹とは中学からのチームメイトだった。

 彼は当時控えで、俺はエース。

 だが、俺自身は、彼以上の投手にはなれないと思っていた。

 そのきっかけとなったのが、一打席勝負だった。


 何を理由で始めたかは忘れたが、牧谷とはよく勝負をしていた。

 彼は野球に対してやる気がない方で、その態度に、当時の俺は憤っていたからだったような気がする。

 彼をマウンドに上げて、俺が打席に立つ。

 最初は俺が勝っていた。

 負けるはずないとも思っていた。

 だが、ある日を境に勝てなくなった。

 牧谷があの技を修得したその日から。


「……!?」

 俺は、いや、その球を受けた捕手も。

 衝撃を受けた。

 その球に。

 当時はまだ名もなき変化球カーブ

 今ではスパイクカーブと呼ばれる変化球。

 俺もカーブが得意だ。

 だが、このカーブだけは超えられないと思った。

 彼は自在に変化を操るのだ。

 このスパイクカーブを。

「どうだ泉堂。驚いたか」

 彼は習得したのだ。

 絶対無敵のウイニングショットを。


 何種類と変化球を習得しても、たった一球種をウイニングショットにしている投手には勝てない。

 だから、俺は勝てない。

 他の変化球で勝てても、このカーブがある以上は、俺は奴を超えられない。

 超一流の変化球投手であっても、自分の中に軸となる変化球は存在していて。

 俺にはそれは無かった。

 だから、俺は。

 この瞬間、牧谷大樹に負けた事を、痛感したのだ。


 それからというものの、牧谷の成長は凄まじいものだった。

 球速、制球、スタミナ、打撃、守備。

 プレイヤーとしてのスキルがグングン上がっていって、やがて、事実上のエースのような存在になっていった。

 彼自身がどう思っていたのかは知らないが、少なくとも、当時のチームメイトは彼をそう言っていただろう。


「牧谷君!野球しようよ!」

「どこ行くんだ大ちゃん!リトルの時は逃げられたが、中学から強制入部だからな!野球部を選んでもらうぞ!」

「同じ地区だろ?いつか、甲子園を争えるよな!」


 フッフッフッ。

 笑いが止まらない。

 ずっと野球に誘ってたのは俺なのに、遠いところまで行っちゃったよな。

 片やエース、片や控え。

 かつては逆の立場だったのに。

 俺も寺商行けば、今でも大ちゃんの前を走れてたのかな。

 無理だったろうなぁ。

 きっと、どれだけ努力しても。

 俺はいつまでも半端者だ。

 ウイニングショットも無い。

 投手としての特別な強みも無い。

 ただいっぱい変化球を投げられるだけの投手。

 本当は野手に専念してるほうが、自分に向いてることも、気付いている。

 それでも、諦められないんだ。

 あの時エースだった自分に、まだすがっていたい。

 例え、上に行けないとしても。

 マウンドに立たせてもらった以上は、負けたくない。

 誰にも譲りたくない。

 今だけは、俺がエースなんだ。

 牧谷大樹との、寺商との戦いでは、俺がエースなんだ。

 国光さんの事は心配だし、チームはピンチだけど、俺にとってはチャンスでもあるんだよ。

(……菅原)

 凄い後輩。

 弱いチームから平業に来て、三ヶ月でウチの主戦力になった投手。

 俺には眩しすぎる奴だ。

 アイツはきっと、国光さんの後継に、エースになるはずだ。

 俺はこの先、菅原の支えに、影に立つことになる。

 でも。

 だからこそ。

 今だけは、譲らん。

(今のお前には、譲りたくない……。このマウンドを奪いたけりゃ、納得させるだけの気概を見せてみろ!)

 牧谷大樹化け物の壁を超えようとしてるのは、お前だけじゃないんだよ。



 ・森本京平side


「ストライクツー!!」

 四球目を空振って、追い込んだ。

 今日の泉堂さんはやはり良い。

 ここで代えるのは勿体ないとすら言える。

 特に、牧谷さんとの勝負に入ってからは今日一を常に更新し続けている。

 ボール球ですら、ベストの威力。

 それを超えるストライクの威力。

(今日のこの人は凄まじい。今の迅一を上げるより良いのは明らかだが……)

 明らかなんだ。

 それでも。

 この人はこれ以上寺商に通用しない。

 この試合のエースにはなれない。

 二巡目になれば、もうボコボコにされる。


 暗黙の了解的に、誰もが察している。

 泉堂さん自身も。

 野手の方がプロレベルって、チームでは誰もが思ってるし、本人がそう言ってるのだ。

 投手としては中途半端だから。

 変化球たくさん投げられるだけの投手。

 特別凄い変化球を投げられるわけではなく。

 ただ身体の柔軟だけで、誰かが投げた変化球を再現するだけ。

 泉堂さん自身にオリジナルは無い。

 横カーブという基本軸は、牧谷さんのスパイクカーブによって既に超えられている。

 しかも、何でも投げられる投手になったが故に、それだけで投手として完成してしまった。

 だからこれ以上の成長は、もうできないだろう。

 この先、どれだけ凄い変化球を投げられるようになったとしても、結局は変幻自在の延長線にしかならないから。


 そのトリックは、牧谷さんが知っている以上はもう寺商にも伝わっている。

 乱打戦で勝ってきたチームの選球眼なら、既に泉堂さんの変化球は見たことあるものだって気付ける。

 それに、泉堂さん自身、ズラして投げた変化球のコントロールは、良いわけではない。

 しかも投げ方完璧だから、完成度自体にムラはない。

 それこそが、泉堂さんの隙。

 どんな球かを見抜かれた時、どんなコースでも打たれる。

 同じことがかつて、去年の秋でも起こっていた。

 その時は長打こそなかったが。

 今回は相手が相手だ。

 どんな凄い変化球でも、その隙だけは。


 この寺商は、牧谷大樹は見逃してくれない。


 カッキィィィィンッ!!


「ヒュッ」

 この時の俺は戦慄した。

 一瞬、俺の呼吸を奪った打球音。

 笠木兄の時ですら、こんな感覚にはならなかった。

 多分迅一は、誰よりも早くこれに陥ったのだと、今気付いた。

 五球目。

 ここで決めようと要求したのは、一番勝率のある、泉堂さんが比較的得意とする、横カーブ。

 ここまでボルテージが上がりきっていて、カウントもあり、追い詰めている。

 最高のコンディションで投げた球だ。

 当たったとしても、飛ぶはずないと。

 そう思っていた。

 火山戦での笠木兄との対決では、単純な力勝負に挑んで負けた。

 そもそも玉砕覚悟で挑んだ勝負だったからな。

 今回は?

 コースも、カーブの変化も良かった。

 だが。それでいて尚、牧谷さんのバットは、折れることは無い。

 掴んで離さない。

 今、泉堂さんは、牧谷さんに喰われた。

 勝利を確信して投げたその一球を、何の迷いも無く振り抜き。

 やがて打球は。


 誰もいないレフトのスタンドに、静かに落ちた。



 五回表。

 寺商、牧谷大樹のホームランにより、先制点。

 これまでも先制点を取られることはあったが、今回はそれまでとは意味が違う。

 完全に勝利を確信し、その為に放られた球を、あまりにもあっさりとスタンドに運んだ。

 泉堂大地のウイニングショットとも言える横カーブを。

 これこそが牧谷の作戦。

 国光だろうが、菅原だろうが、他の投手であったとしても。

 勝てると確信して投げられた球にのみ、全力のフルスイングをし、しかも芯に当て、飛ばす。

 これが着火剤。

 寺商の乱打は、ここから一気に加速する。

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