第59話・対寺商高校、その肆

「大樹」

「あ?……何だ相方か」

「これからファーストだ」

「なんで」

「テンション上がってんだろお前。泉堂出てきてから」

「……そんなにか?」

「あぁ。感情の起伏が少ないお前と、何年野球やってると思ってんだ。それに、俺もテンション上がってんだよ」

「類は友を呼ぶとはよく言ったもんだ。俺もお前もアイツに煽られてるってこったな」

「そういうことだ。だからファーストで頭を冷やして来い。練馬は確かに凄いが、チームを背負えるエースは、やはりお前だ」

「そんな柄じゃねぇって……」

「これはチームの総意だよ。監督には言ってあるから、ファーストミット持ってこい」

「……流石だよ相方。俺の扱い方を分かっておられる」

「お前、監督には逆らえないもんな」


 相方は渾名であり、本名は別にある。

 中学からの仲で、俺は補欠、奴はレギュラーだった。

 元々泉堂とバッテリーを組んでいたが、二人はよく俺の練習に付き合ってくれていた。

 おかげで、この時ばかりは、メキメキ上達していたのを感じた。

 俺は試合に出られず、野球を辞めようとした時に泉堂に止められたが、進学先にいた相方にも野球部に引っ張っられていた。

 何時だって、俺はコイツに見透かされる。

 心が折れた時も、最高にテンションが上がってる今も。

 俺は監督だけじゃなく、相方にも逆らえない。

「しゃーねぇ。ファーストやるか」


 肩を準備した練馬が、視界に入る。

 精密機械の名を語るに相応しいだけの制球力。

 ただ、高校野球での奴の武器がそれだけだと思っているなら、森本は練馬を超えられないだろうな。



 ・菅原迅一side


 四回裏。

 先頭打者、俺。

 投手がマウンドに立つ。さっきまでどんな投球してたっけ。

 まぁいいや、どうせ打てない。

 俺程度が、この試合を動かせるわけがないんだ。

 俺は、あまりに脆い。

 折角、京平が、野球で、勝つ希望を、くれたのに、なぁ。

 あれ、なんか、前が、見えない、や。

 ……。


 パァァン!!


 ッ。

 そこで意識を取り戻した。

「ボール!」

 キャッチャーミットが俺に近い。

 顔面スレスレの、インハイストレートだった。

「あんにゃろ、わざと顔の近くに……!」

「危険球だろ……」

「すっぽ抜けって感じでもないな。ありゃ狙ったな」

 ベンチからか、スタンドからか。

 どこから聞こえてくるのかは分からないが、球場がザワついている。

 俺は呆然としている。

 マウンドを見る。

 いつの間にか、練馬が上がっていた。

 その顔は、鉄仮面という評判が確かなものであると示していた。

(残念だよ。森本京平が選んだ投手というのは、この程度か……)

 その口からハッキリと言われたわけでもないのに、でも、確かにそう言っているのが感じられた。

「……フゥ」

 ずっと乱れ続けていた呼吸を整える。

 恐怖に呑まれていた思考が、途端にクリアになる。

 五感で感じて、脳が拒絶していた、せき止めていた情報が、ようやく入ってくる。

 牧谷さんの投球、国光さんの退場、練馬の登板、京平の言葉。

 ゴチャゴチャした頭を振る。

 やるべきことを思い出した。

 色々言うのは、その後だ。


 練馬の情報を思い出す。

 精密機械と呼ばれるコントロール。

 高校に入って増した球威。

 その武器は。


 外角の、ストレート。


「サードォ!!」

 誰かが声を出した。

 俺の手に、バットから伝わった衝撃が余韻を残す。

 こんなに威力が……。

「アウト!」

 俺がベースを踏む直前に、ファーストミットはサードからのボールを掴んでいた。


 ベンチに戻る。

 京平が待っていた。

「目ぇ覚ましたか」

「さぁな……」

「牧谷さんにビビってる場合じゃねぇぞ。六回から登板だからな」

「そうか……」

「肩作っとけよ。練馬と投げ合うのは面倒だぞ」



 ・泉堂大地side


「泉堂さん。この回は牧谷さんとの対戦です。怖いバッターですが、いつも通り投げられれば勝てないバッターじゃない」

「……分かってるよ、奴の事は」

「え?」

「森本。俺は牧谷に勝ちたい。その為には、俺一人の力じゃ足りないんだ。力を貸してくれ」

 その表情は、敵対心剥き出しの表情とは別物の、何かを楽しみにしているかのような表情だった。

「分かりました。どんな球でも絶対受け止めますんで、思いっきり投げてください!」

「あぁ!」


 森本が戻った後、俺はマウンドで大きく深呼吸した。

 暑さを忘れさせるほどの緊張が緩んでいくのを感じる。

 緊張が解れるほど、球場の気温が高いことを実感する。

 気付いたら終わっていた三番打者との勝負は、キャッチャーフライでアウト。

 四番、牧谷大樹。

 遂にこの時が来た。

 勝負だ……大ちゃん。

 約束の勝負、ここで果たそうぜ!!


 まずは初球。

 外に外すストレート。

「ボール!」

 見てきたな。

 二球目、今度は内側で外すストレート。

 これもボール。

 ボールカウントを先行させる。

 三球目、アウトローストレート。

 今度は入るか否かのスレスレ。

 牧谷は振ってきた。

「ファウル!」

 今日はいつになく調子が良い。

 森本の構えた所にドンピシャでボールが行く。

 今、牧谷は振るかどうか迷った筈だ。

 そんなスイングではボールは飛ばない。

 如何に優れた打者であろうとも、迷いは枷にしかならないのだ。

 四球目、ストレート空振り。

 これで、追い込んだ。



 ・牧谷大樹side


 俺の中の記憶の泉堂は、こんな球を投げる投手ではなかった。

 ストレートにこんな力があったか?

 こんなコントロールがあったか?

 何より、こんなに意思の強さを感じる球を投げたか?

 これではまるで、直球型の投手だ。

 軟投派だったこれまでの泉堂とはまるで別人。

 いや、しかし。

(ワクワクが止まらねぇなぁ……。高校で進化した、新しいお前と戦えるなんてよ……)

 相方の指摘通り。

 俺は気分が上がりまくってるらしい。

 次はどんな球が来る?またストレートか、それとも得意の変化球か?

 あるいは……。

(俺に投げてくるか。その伝家の宝刀を!)

 かつて俺より上だった泉堂大地が、当時唯一俺に勝てなかった変化球。

 すなわち、カーブ。

 泉堂大地の、横カーブだ。



【以下、作者より】


前回の投稿から何やかんや一ヶ月以上。

その間にも色んな方が読んでくれたこと、評価してくれたこと、本当に嬉しいです。


私自身、昨年の夏に比べて明らかに苦しくなっております。

この四回戦、書くのは本当に苦しいんです。

しかし、ここを書かなければ、主人公である菅原迅一の物語を進めることができないのです。

この四回戦はどうしても長くなります。

どうか今しばらく、平業と寺商の試合にお付き合いください。


これからもよろしくお願いします。

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