第58話・対寺商高校、その参&牧谷大樹ストーリー
・森本京平side
迅一の様子がおかしい。
スパイクカーブを見た感想を聞こうと思ったら、何の反応も無かった。
何やらブツブツ呟いているのは分かるのだが、完全に上の空だ。
と思えば守備の準備をしてライトに向かって行った。
「どうしちまったんだアイツ……」
二回、三回と細かいヒットはあったが、両チーム無得点で四回を迎える。
国光さんは最初のオーダー通り、少ない球数でここまで抑えてきてくれた。
迅一は一回以降コミュニケーションを取れていない。
しかし指示したことはやっているので、強く言い難い。
とは言え、コイツが立ち直らないと牧谷攻略は進まない。
少なくとも、あのスパイクカーブを叩かないと、練馬を引きずり出せない。
「おい、おい。迅一!」
「……ブツブツ」
「ん、何?」
「オレハナニヲカンチガイシテイタンダソモソモカイブツタチトヤリアエルナンテオコガマシイニモホドガアルテンサイニハドレダケガンバッテモカテヤシナイッテアノトキサンザンオモイシラサレタダロウガオレノコレマデノセンセキダッテキョウヘイガイナカッタラナカッタモノダソレヲマルデワガモノガオシテタナンテ」
「迅一!!」
何か色々聞き捨てならないのが聞こえたぞオイ。
せめて、とか。とか付く位の間は空けろ、何言ってるか聞き逃すところだっただろうが。
「迅一、あの人と勝負して何を思ったか知らねぇけどよ。お前の勝利はお前のもんだ。俺がいなかったら手に出来なかった戦績だったかもしれない。でも、俺だって、お前がいなかったら手に出来なかった勝利だ。どっちか片方が欠けて良いなんて話は存在しない」
迅一の呟きは止まらない。
「今はそのままで良い。でもな、今見るべきは
呟きの速度は少し緩まる。
「とてつもなく高いところにいる天才に勝つ時は、何時だって仲間と一緒だ。お前一人で勝てなかったとしても、今は俺達がいるんだ。
言い終わると、迅一は少しの沈黙の後、無言で立ち上がり守備位置に走って行った。
「森本」
「国光さん……」
「菅原の奴、何かあったのか?」
「まぁ、どうやら、怪物やら天才関連であったみたいです。詳しく聞いたことは無いんですけど」
「監督、中継ぎで菅原出すつもりみたいだが、お前から見てどうだ」
「何とも言えないですね。指示は聞いてるみたいなんで、サインは分かると思うんですけど。どっか上の空なんですよね」
「様子見か」
「はい……」
四回はフォークの調子が上がる。
「ストライク!」
先頭打者の八番をツーストライクに追い込む。
続く球はストレート。
外に放った直球は、上側を叩かれる。
サード前に転がる。
山岸さんがしっかり捕球し、ファーストに送球……。
「セーフ!」
しかしボールが届く前に一塁に到達されていた。
(あれ、あんなに足速かったっけ……?)
九番打者。
外にストレート、スローカーブ。二球でカウントを取る。
三球目、低め真ん中のストレート。
一塁ランナーが走っている。
そしてボールは、力強いスイングに運ばれて国光さんの元に戻る、のだが。
「国光さん、避けてッ!!」
とても捌ききれない速度で突き進む、ライナー性の打球。
ピッチャーライナーだろうが、打球から逃げるのは、あるまじき行為だ。
この時の嫌な予感は、予感でしかない。
俺達は、当たり前のようなプレーで起こる
それによって、チームが受けるダメージは計り知れない。
一度目は耐えられた。しかし、二度目となれば俺も。
頼む、こんな運命外れてくれ……!
願いも、叫びも、予感がした時にはもう遅い。
その要因は既に動いており、気付いたその一瞬で止められるものではない。
マキの時も、嶋さんの時も、そして今も。
外れてほしい時の不幸は、当たってしまうのだ。
打球は、マウンドのすぐ手前に落ちて、止まる。
止まったボールの横には、人が倒れ込む。
この瞬間もプレーは続いているのに、それでも動き出すことはできなかった。
それだけ、目の前の光景は、受け入れ難いものだったのだから。
ボールは見えていない。
この時視界にあったのは、痛みに悶えることもなく、ただ静かに横たわる国光さんだけだった。
プレー中であることにハッとして、ボールを拾い、呆然とする九番打者にミットをタッチする。
アウトであることを確認する間もなく、マウンドに駆け寄る。
「国光、おい国光、しっかりしろおい!」
監督が必死に呼びかける。
反応が薄い。
頭部への直撃。
グローブに引っ掛かった事で減速したものの、打球の初速的に、無事ではない事はよく理解できた。
担架に乗せられ、マウンドから運ばれる。
エースとして初めて上がったマウンドで、この結末は、あまりにも残酷。
本人にとっても、仲間にとっても。
交代で、泉堂さんがマウンドに立つ。
迅一は外野で肩を完全にはしていないだろうから、ブルペンにいた泉堂さんを上げるように、監督に進言した。
「大丈夫か、森本」
「……正直、動揺してますよ。こんな短期間に二度もだと」
「気持ちは理解できる。バックも切り替えられてないからな……。まぁでも、ここで落ち込んでても、国光さんは喜んじゃくれないからな。今は勝負に集中しよう」
「……はい」
俺は小走りで戻る。
そうだ。引きずってても仕方ない。
まずはこの回を乗り切らなければ。
状況を整理しよう。
ワンアウト、ランナーは二塁。
打順は三巡目で一番。
八番は足が速く、一番は長打の可能性もある。
外野前でも突っ込んで来そうだな。
この回は四番の牧谷さんに回したくない。
失点したとしても、絶対に三番までに抑える。
いや……。
(失点したとしても?馬鹿垂れが。妥協すんな。しちゃいけねぇ。キャッチャーが、一番やっちゃいけねぇ)
この状況で失点なんかしてみろ。確実にチームは立ち直れなくなる。
今こそ、勝利への希望を。
この場面を抑えられたら、沈みきった心を上に向かせられる。
脳の回転を止めるな。
考え続けろ。
他者がどうであろうと。
『良いかい、京平。キャッチャーはね、チームの柱なんだ。試合中全てが見えるポジションだ。だから、どんな状況でも考えることを止めちゃいけないよ。常に仲間の状態を把握し、勝利を目指す為に、策を巡らす。味方を鼓舞し、心に火を点ける』
「『勝利を絶対に諦めない。最後までそれができる奴が、最高の、勝てるキャッチャーだ』……そうだったな、爺さん」
最高のキャッチャーになりたい。
野球に出会った時から、その気持ちだけは変わらない。
今折れれば、憧れた人には一生追いつけないんだ。
あの人に教わった心を忘れるな。
「スゥーッ、ハァーッ」
深呼吸して気持ちを切り替える。
霧城戦の迅一に倣うなら。
ここで、流れを取り戻す為の賭けに出る。
泉堂さんの武器は変化球。
牧谷さんに劣らぬ強烈な
去年の秋から、ずっと磨き続けられたこれだけは。
唯一無二、スパイクカーブ以上の個性。
「ストライク!」
寺商のエースと並ぶ、希望の切り札だ。
一番打者の顔を見る。
無表情。
まだ気付いてないな。
牧谷さんと二回対戦して、スパイクカーブを見た時。以前、似たような感覚に陥ったことがあるのを思い出した。
迅一が濱さんとバッテリーを組んで練習していた時、俺は泉堂さんとバッテリーを組んだのだ。
観客席から見ていた事はあるが、直接受けるのは初めて。
ストレートで肩慣らしした後、一番自信のある球を投げてもらった。
それが横カーブ。
それを、初球は捕れたのに、以降は何球か逸らしてしまったのだ。
この横カーブは他の投手の横カーブには無い、泉堂さんだからこその特性を持っている。
泉堂さんは指、手首、肩、腰など、あらゆる関節が、ボールジョイントのフィギュアのような可動をする。
関節一つ一つが柔らかい。普段の投げ方を基準に、関節の動きをミリ単位でずらすことで、変化を自在に変えることができる。
普段の投げ方が完璧できるから、そのズレをコントロールできる。しかも、意識的に。
厳密には横カーブではなく、基準になる球が横カーブだっただけで、ズラしまくれば縦カーブにもなる。
その事実に気が付き、ほぼ完璧に捕球できるようになるまでに実際に三日、約150球かかった。
その期間を頭で計算していたら、オーバーヒートしそうになった。
(あっ、やっべ、捕れねぇかも)
あの時も、こんな思考になるくらいには、驚いていた。
スパイクカーブを各打席で一球ずつ見た。微妙にだが、変化が違った。
思い返してみれば、一打席に対し一球しか投げてない。一球ずつしか見れないなら、この変化にも気付かない。
俺も泉堂さんのタネを知らなかったら気付かなかった。
結論。牧谷大樹は、自在にスパイクカーブの変化を操れる。
だがしかし、そのスキルに関しては、泉堂さんの方が一枚上手だ。
何故なら、カーブだけじゃなく、あらゆる変化球をズラせるのだから。
一番打者はセカンドフライ。二番打者はショートライナー。
スリーアウト。
同じ球を連続して投げてるように見えて、まるで違う球を投げているんだから、合わないのも無理はない。
この回を無失点で切り抜けられたのはデカすぎる。
少なくとも、これ以上の失速は食い止められた。
(とはいえ。ここから、さらに盛り上げないといかんのだよなぁ……)
・寺商高校、牧谷大樹side
「……」
ベンチで、無言で試合を見る。
試合というより、あの捕手。
練馬という後輩の投手が、警戒をするようにやけに口酸っぱく言ってきた選手。
この試合中、否、霧城戦からずっと観察していた。
正直、霧城が勝ち上がってくると思っていたもんだから、驚いた。
平業の大躍進の中心にいるのは、間違いなく奴だろう。
外野にいた菅原ではなく、泉堂が登板してきたのも奴の作戦。
大方、菅原は肩ができないとかか。緊急とはいえ、堂本ではなく、わざわざ泉堂を呼んだのも森本の作戦の内のはずだ。
恐らく、俺のスパイクカーブのタネに気付いたか。泉堂も俺と同じような技術を持っている。
……これは、森本からのメッセージということだな。(スパイクカーブの仕組みは分かった、あとは攻略するだけだ)ってか。
あー、やだやだ。
これだから、選ばれしプレイヤーみたいな連中と試合したくないんだ。
「俺、野球部辞めるわ」
「「「待て待て待て!!!」」」
高校に来てから、こんなやりとりを何度したか。
小学校では部活からハブられて一人ぼっち野球、中学校では部活には入れたものの結局補欠。
高校では辞めようかと思った。でも、中学での唯一の親友に言われた。
「俺も大ちゃんも西地区だろ?てことは、いつか甲子園を競って対戦できるよな!」
俺はその言葉で何となく高校野球を楽しみにしてしまった。
寺商に入学して野球部を見学したら、投手が圧倒的に少なかった。
一緒に入った同級生も、皆野手ばかりだった。
ウチの監督がスカウトした選手は軒並み四強に吸われたらしい。
唯一の一年投手だった俺は夏からベンチに放り込まれ、三年の先輩達がいる間に、強豪相手に一試合で短い登板をさせられて、実戦経験を積んだ。もちろん滅多糞にされた。先輩が取り返してくれたから、試合に負ける事は無かった。
夏の予選をベスト8で敗退。俺も先輩も、海王にボッコボコにされた。
新チームになり、投手はなんと俺一人残った。当時の二年の投手は、海王がトラウマになって退部した。
俺も波に乗って退部しようとしたら、部員総出で止めに来た。最終手段は、どこから入手してきたのか俺のお
秋は初戦から海王に当たり、しかもまたボッコボコにされた。
ストレート全叩きにされた。もう駄目だって部から夜逃げしようとした。が、また部員に捕まった。
バッテリーを組んでいる捕手にお説教を受けた後、スコアブックを見せられた。
「お前のスパイクカーブ、だっけ?あれ、海王は全然打ててなかったの知ってるか?」
俺が唯一覚えた変化球、スパイクカーブ。
実際は海外の投手の真似事でしかない。カーブを何種類か試して、その投手のが何となく性に合ったから投げていただけ。
それがどうやら、海王は打てないと判断してストレート狙いに絞ってきたようだ。
そして捕手に言われて気付いたことがある。
俺はカーブの軌道を無意識に変えていたらしい。
後逸が多いなと思ったら、いつもカーブの軌道が変わるから捕りづらくて仕方ないらしい。
何種類もカーブを投げていたのが、いつの間にかスパイクカーブと混ざり合って、多彩な変化に生まれ変わったらしい。
俺と捕手は、この変化の制御の特訓とストレートの強化を始めた。
一挙一動を分析して、カーブがどんな変化をするか記録した。
相変わらず投手いないから、スタミナ不足にならないように、オフ期間も走り込んだ。
比較的球速が安定している俺は、とにかく身体を作ることで更に球速を上げることを目指した。
それを一年のうちにやって、小さな大会に出ることで、結果を少し意識できるようになった。
まぁ、特訓が嫌で辞めたくなったことは何度もある。その度に待て待てと引き止められた。
二年の春になって、後輩がやってきた。
投手がいた。
俺含め皆、泣いて喜んだ。
ソイツは平業に、どうしても倒したい奴がいると言った。
それだけが理由ではないが、その発言をきっかけに、何となく平業を気にするようになった。
夏大会が始まって、霧城が負けたという知らせが入った。
どこが来ても凪のような反応をする俺達が、どよめいた。
一回戦から三回戦まで、平業のビデオを見て急いで研究した。
その時、気になる奴が平業マウンドに上がっていた。
(泉堂……?)
そう、唯一の親友が、投手として平業でプレーしていたのだ。
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