第56話・対寺商高校、その弐
・森本京平side
(好投手、好打者。双方が多い西東京で、その両方に名が挙がる選手。牧谷さん、か)
そういう選手は海王の新橋選手くらいのものだ。
富樫さんや、笠木弟の鈴さんも、強打者としての打力は十分怖い。
しかしこの人はエースでありながら、四番に座している。
乱打戦が得意なチームでこれなのだから、前者二人よりも遥かに恐ろしい筈だ。
先制点を防ぐために勝負を避けるか、ツーアウトだからとアウトを取りに行くか。
俺の選択肢は多いようで二つしかない。
(国光さんの調子は悪くない。初打席の内に何球か見せて、二打席目以降の動きを決めるか)
球数は減らしたいが、それをするには打者が怖すぎる。
ストレート、スローカーブ、ストレート。
カウント、ツーボールワンストライク。
(微動だにしない……?)
見極めているのか、それとも手が出せないのか。
右打者相手の国光さんの戦績は、笠木兄の久実さんに対しての勝利もあり、かなり良い方だ。
投げ感、打者の様子を見ても、勝負を経験しておいて問題なさそうだ。
(国光さん、ストライク二つ目取りに行きます!)
フォーク、外いっぱいへ。
牧谷さんは振ってきた。
平凡な当たりの打球は、ファースト正面に転がり、ベースカバーに入った国光さんがキャッチしてスリーアウト。
(わざわざフォークで振ってきた……?)
変化球は、攻略するのにある程度の選球眼と慣れ、技術を要する。
どんなに速くとも、ストレートを狙ったほうが、飛ぶ事が多くなる。
(何か理由がありそうだな……)
……ここで、牧谷さんの狙いを正確に分析できなかったことが、俺の後悔を後半に強める事となる。
それを知るのは、もう少し先の話。
・郷田真紀side
一回裏。
烏丸さんが出塁。
藤山さんが送りバント失敗して、ワンアウト、ランナーは一塁。
三番の京平が打席に立ち、俺は次の打席の準備をする。
(牧谷さんの武器は安定。一本調子って事ではない。不調であっても、絶対に揺るがない勝負球。それによって……)
京平が食らいつくことしかできない。
牧谷大樹の代名詞とも言える、ウイニングショット。
(スパイクカーブ、か)
「ストライク、バッターアウト!」
あの京平が三振。
ツーアウトの場面で、俺。
「ヤバい。あれ、初見じゃ無理」
「そんなにか」
「少なくとも、海王を仕留めた球ってのは伊達じゃないらしい。ストレートに絞っといた方が良いぞ。どんなに詰まりそうなコースでも、アレで空振りするよかマシだ」
森本京平は、打撃においては俺や勇、修二らと比較しても、総合的にトップだ。
眼が良くて、芯で捉えられ、飛ばす力もある。
八代出身の四人のうち、俺と京平はパワーヒッター系。
勇と修二はアベレージヒッター系。
打撃技術、という点では勇が一歩先行っとるんやけど、あれは一番バッター向きやしなぁ。
打撃の軸になるのは、京平が多い。
そんな奴が、打てんと言った。
経験不足、と言われればそれまで。
だが、それ以上の何かがあったのだ。
その上で、俺は知っている。
森本京平という天才は……。
「初見じゃ無理。なら、あと何打席や」
「そうだなぁ……。三打席以内に、外野までだな」
「よっしゃ、なら、存分に見とけよ」
無理という言葉で、頭の回転を止められた試しが無い。
「よろしくお願いします」
一礼して打席に立つ。
嶋さんの代わりとは言え、このチームで四番を任された。
打てずとも、打者としての仕事はしなけりゃならん。
コラそこ、打者の仕事は打つことやって言わんといて。
とにかく、ストレートが打てるようになったとしても、スパイクカーブには手も足も出ないとなれば、練馬を引っ張り出すこともできん。
ならばやるべき事は、塁に出ること。
塁に出れば、アイツが打席に立つ。
奴に何とかあの球を見せてやりたい。
今、チームで最も視える奴や。
ともなれば。
(強打者対策、アウトローのストレート、ボール球!)
様子見の代表格。
打者から最も遠い所にボールは来る。
ましてや右投手に対して左打者の俺なら、カーブは内側に入ってくる危険な球。
様子見ならストレート一択。
野手転向にあたり、俺の磨いた武器は、元々のパワーと、ミートゾーンの拡大。
軽く外した程度なら、内野の頭を越える程度のリーチの伸ばし方を身につけた。
ただの悪球打ちなら、京平や勇の方が上手い。
せやけど、
ボール球でも、長打できる可能性を増やすことができた。
そりゃ、ボールと分かってりゃ見ておけば勝手に外れるけど、簡単には際どい所を外してくれない投手相手には、際どいコースを余裕持って打ってやる方が効く。
一二塁感を抜け、ライト前ヒット。
ほな、頼むで迅一。
・菅原迅一side
初球打ちってマジかよ。
しかもボールじゃねぇか、あれ。
スパイクカーブって、左打ちの俺に投げてくるかね。
……投げるよな、普通に。
「ボール!」
「ボール!」
二球連続でストレート、ボール球。
外したのはキャッチャーの作戦か、ピッチャーの不調か。
毎試合、毎試合。そんなこと考えていると、いつの間にか追い込まれていたから、何時からか考えなくなっていた。
捕手を見るのは、ベンチか、外野か、マウンドの時だけ。
捕手を考えないという癖のおかげか、せいか、投手の事を考える時間ができる。
(帽子の影になって分かり辛い、何で俺がみたいな、気怠気な表情。一々顎の汗を拭う仕草。調子が悪いだろうか、一々指を気にしたり、一球ごとに手首を回したり。あっ、大きく息も吐いてるな)
相手は、凄い投手。
でも、凄くても、凄くなくても、性格ごとの共通事項ってあるんだよな。
今日の気温は、思ったより高くない。
それでも、汗をダラダラかいていたり、普段の感触で投げられていないのを見ると。
(この人、普段から自信無さげで、その上ガチガチに緊張してんだな)
こんな予想ができる。
三球目、四球目、共にストレート。
スリーボール、ワンストライク。
うーん、際どい。
調子が悪くても、こんなにビシッと決まるかね。
結局、調子の良し悪しは、第三者の俺達から見れば大した差では無く。
打ちにくくて、見づらいことには変わらない。
これが、牧谷大樹。超安定の投手。
ストレートでこれなら、スパイクカーブともなればどうなるのか。
五球目。
ストライクゾーンから大きく外に放られたボール。
球速は落ちており、リリースされた瞬間から、それはストレートではないと分かる。
ボールはやがて、こちらに向かって曲がってくる。
アウトハイからインローまで。ストライクゾーンをぶった斬るような変化。
俺の打てるゾーンを越え、ミットに届いた音が聞こえた瞬間。
恐怖した。
富樫さんのフォークを、鈴さんのスライダーを見た時以上に。
この先、これ以上があるのかと疑う程の恐怖が、全身を駆け巡った。
実に、久しぶりだ。
圧倒的な力を目の前にして、本気で崩れ落ちそうなのは。
俺は稀に、圧倒的な物を見せられると、心が折れる事がある。
相手の心を折ろうと、ねじ伏せようとしてくる選手には、本当に心を砕かれた
新宮が良い例だ。
……あと、身内にもいたな。
牧谷さんは、その類だったらしい。
怖い。怖い。怖い。
恐怖心が思考を覆い隠す。
さっきまで見ていた物全てが、恐怖で上塗りされていく。
……あっ、駄目だこれ。
気付いたら、見逃し三振していた。
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